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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
7話「The End of the World」
64/73

The End of the World 02/10

「ゲームをしよう」


 こいつ正気か? と伊月は思った。


「そうさな───まず先攻が質問をする。後攻はそれに正直に答える。後攻が質問をする。先攻が答える。これを交互に繰り返していくってのはどうだ」


 ルールは四つ。


 一つ、質問しなければならない。


 二つ、質問者は知っていることを問うてはならない。


 三つ、嘘偽りなく答えなければならない。


 四つ、必ず答えなければならない。無回答は認められない。


「どれかを破れば負け。俺が負けたら、そこのドアを開いてやるよ」


「あんたが勝ったら?」


「朝焼けまでドアは開けない」


「───いいぜ」


 厳正げんせいなるじゃんけん一本勝負の結果、先攻は伊月となった。


 ゲームに仕立ててまで知りたいことがあるのか、それとも時間稼ぎか、はたまた単なる暇つぶしか。傳の思惑が何であれ、賭けているものがものだけに負ける気はないし、無駄にするつもりもない。伊月とて聞きたいことは山ほどあるのだ。洗いざらい吐かせてやる。


 質問、質問───


「あの術を使って、牧が生まれ変わろうとしてるってのは事実か?」


 は、と傳は笑った。さぞや質問だらけだろうに、吟味ぎんみした上で真っ先に口にのぼる質問がそれとは。これは筋金入りだ。


「事実だな」


 ゲームとしてはこれで手番終了、次は傳が質問する流れのはずだが、饒舌じょうぜつな彼が一言で終わりにできるはずがなかった。


「正確には、あれは夢を実現する世界改変式。奥入瀬牧から抽出された命題を世界に布き、覆い被せ、理想的な配役キャストを配置する虚構の具現化」


 世界を一編の物語と捉え、行使者をその編者へと押し上げる位階上昇の儀式。


 つまりは神へのきざはしだ、と結ぶ。


 伊月はスケールの飛躍に呆然としているが、『神になる』というのは魔術の世界ではありふれた話だ。何かを思うままにしたいのならば、必然それそのものよりも高次に至らねばならない。世界をべたいのなら、その世界を飛び越えて神にならねば話にならないのだ。


 問題は、魔術師たちの言う“神”が、世間一般で信じられるそれと本質的に異なることだが───その話をするには夜は短すぎる。伏人傳はそう判断してゲーム進行に戻ることにした。


「それじゃあ次は俺の番だ。昨日……もう一昨日か、天雄ビルの爆発でよく生きてたな。牧のお陰か?」


 その言い草、さてはお前の仕業か───と反射的に叫びそうになって、ゲームのルールを思い出す。『四つ、必ず答えなければならない。無回答は認められない』だ。質問していいのは回答してからだ。


 こんなところで負けられない。努めて冷静に言葉を選ぶ。


「……違う。あのとき俺は、牧と敵対してる連中に拉致されてたんだ。そいつらに助けられた」


「再編局か。放っておいてもよかろうに、律儀な奴らだぜ」


 聞かれてもいないのに明かすのはいいのだろうか? 話したがりの傳にこのゲームはそぐわないらしかったが、そもそもが彼の提案したルールだ。気にせず続ける。


 聞きたいことは幸いと言うべきか、話の流れで湧いてきた。


「あれは……天雄ビルの一件は、あんたの仕業か?」


「そうだが?」


 “今日の夕食は昨日の残りか”と聞かれたかのように自然体に、あっさりと。


 伏人傳はそう返した。


「お前が再編局に拉致されたのは俺が奴らに教えたからで、天雄ビルが吹っ飛んだのは俺の仕掛けで、……腕がまた折れてるのは知らねえな。転んだか? だとしたら悪い」


 ───いかるべきだ。

 伊月顕も、奥入瀬牧も、再編局の連中も、誰も彼も。全員を虚仮こけにしている。何か一つでも間違えればあの場の全員が死んでいてもおかしくなく、事実《クラッカーズ》にも一般人にも犠牲者が出ている。


 へらへらと笑わせていい訳がない。


 嘘でも何でも、こんなことを言われたら怒るのが自然というもの。


 伊月は身を乗り出して傳の胸倉むなぐらに掴みかかる。バランスを崩したガラス瓶が床に激突して砕ける音がする。折ったばかりの右腕を使うのは予想以上に痛かったが、それを無視して叫ぶ。


「なに考えてんだ! ふざけんなッ、あんな、あんな……イカレてんのかよあんた!」


「やっと分かったのか。そうさ、正気のつもりだったのか? 俺だけじゃない、牧だって再編局だって皆んなみんな、こんな世界で真っ当を気取るほうがおかしいんだよ」


 今のはお互いノーカンだぜ。そう嗤いながら傳はあっさりと伊月を振り払う。伊月は肩で息をしながら、自然と距離を取る。───上手くいった(・・・・・・)


「さて、次は俺の番だな」


「いいや、そうはならない。ゲームは終わりだ」


 つとめて落ち着いた声で告げ、伊月は伏人傳に拳銃を向けた。


 傳は見れば分かる、それは彼愛用のH&K USPだ。懐を探るとジャケット裏(そこ)に挿していたはずのものがない。当然だ、今や伊月の手の内に渡っているのだから。


「───ったな? 掴みかかった時か。気づかなかったぜ」


 銃口を突きつけられても余裕の態度を崩すことのない、笑みを深めるばかりの伏人傳は彼の言うとおり正気ではないのだろう。突きつけている伊月の方こそ、引き金を引けば命を奪えてしまうという重圧に押しつぶされそうなのに。早くも腕が震えているのは、筋肉に過度の力が入っているから。


 撃てば死ぬ。


 加賀美条がってしまった向こう側に送ってしまうことになる。


「撃つなら撃てよ。俺は言ったぜ、『俺が負けたらドアを開けてやる』って」


 ただ笑っているだけなのに、撃てないと思わされてしまった。この男は脅しても言うことを聞かせられない。撃たれても笑ったまま、本当にドアを開けないで死ぬだろうと思わされてしまった以上は伊月の負けだった。


「撃たないなら俺の手番だ」


 銃など最初からなかったかのように流して平然とゲームを続ける傳に、伊月は腕を下ろさざるを得なかった。

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