新しい世界 09/09
奥入瀬牧は意識を取り戻す。……どうやら失神していたらしい。
片腕がもげたままの彼女は半壊の工事現場の衝立にもたれて座り込んでいた。
雨水でぐちゃぐちゃの泥が不快なはずだが、脳を苛む負荷にそれどころではない。
───眩しい。
意識を失っている間に夜が明けたのか、世界は光に満ちている。
組み立てられた足場から滴る滴、反射してキラキラと輝く景色は祝福されているようで、奥入瀬牧のままここにいるのは分不相応だ。
さっさとさっき見ていた夢のような新世界に生まれ変わろう。
立ち上がる。ふらつく。
普段なら一っ跳びで越えられるような窪みから、えっちらおっちら歩いて脱する。
……どこかでそんな予感がしていた。
少し離れたところに、イツキが立っていた。
少年は彼女の生きているのが不思議な負傷を見て痛ましげに顔を歪め、すぐに表情を洗い流す。自分だって右腕が包帯ぐるぐる巻きのくせに、と牧はぼんやり思った。
彼はゆっくりと近づきながら、懐から左手を出す。
その手には拳銃が握られている。
今の弱り切った奥入瀬牧であれば一撃で殺傷せしめる凶器が、ゆっくりと、
手を伸ばせば届きそうな距離で、奥入瀬牧に向けられた。
……どこかでそんな予感がしていた。
奥入瀬牧はどこまでいってもこの世界にあるべきではない異物であり、毒物であり、危険人物だ。その正体を知られてしまえばきっとこうなると分かっていたから隠していた。それを、どこぞで暴かれてしまったのか。
この期に及んで、彼を取り押さえて武器を奪い、しかるのち息の根を絶つのに最適な流れをシミュレートしている自分を嫌悪する。そんなことをする必要はない。彼が人差し指を引き絞ればそれで終わらせてくれるのだ。
関わった人間を散々傷つけておいて烏滸がましいだろうか。けれど、一目惚れをした少年くらいは傷つけたくなかった。
諦めに瞼を下ろす。
世界が終わる音がした。