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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
6話「新しい世界」
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新しい世界 03/09

 市営バスに乗って、向かう先は牧の潜伏先───団地の三四四号室。


 ドアノブに手をかける。


 鍵は、やはりかかっていない。


 開けた先、室内には今になって感じ取れる濃密な呪いの気配があった。こうして踏み込めるだけ中和済みなのだろうが、これだけ濃いと居るかもしれない、と思って入る。廊下を抜けてリビングの扉、聞き耳をたてても物音はしない。


 ───開ける。


 誰もいなかった。


 奥の部屋と洗面所まで確かめてももぬけの殻だ。呪いは残滓ざんしに過ぎず、にも関わらず儀式核に守られていない伊月は長く居られはしないだろう。


 ざっと物色する。この段に至って期待はしていなかったが、伊月はベッドのヘッドボードに備え付けられた棚に、思わぬものを発見した。


 剥き身の煙草が一本と、それと百円均一のライター。煙草には噛み痕が残っている。


 あの日、伊月顕と奥入瀬牧が初めて出逢った日に、彼女が持ち去ったものだ。


 それだけがぽつんと棚に仕舞われていることに、何の意味も見出さないのは逆に難しい。だが彼は、そこに意味を見出していいのか、迷った。見出すことが許されるのかどうか。


 今更取り戻したところで何かが変わるわけでもないから、彼は煙草とライターをそのままに三四四号室を後にした。




 次に向かったのは繁華街はんかがい


 秋分の日に牧と並んで歩いたコースを辿る。


 大型ショッピングモールを歩く。フードコートで、小腹も空いているのであのときと同じものを食べる。


 ゲームセンター、入ってみればあの日ほどには人がいない。ガラの悪いニイちゃんにガンを飛ばされたので退散する。


 映画館に入る。といっても今日はゆっくりと観ていく意味はないので、入り口のホールだけ見渡してUターン。


 そういえば、あの日は周囲で体調不良になる人は見なかったように思う。その後の経過までは把握していないが、ある程度呪いを抑えられていたのだろうか。


 ───歩く、歩く、歩く。


 途中からは探しているのを半ば忘れて、ただ、彼女と一緒にいたときの足跡を一歩一歩踏みしめて確かめるような道行き。


 何を思い返しているのかは彼の表情から伺い知ることはできない。


 噛みしめるように。


 そうして歩いて、足が棒になるまで歩いて、瓦木市を一望できる丘まで歩いて。


 観光の名所、県営細戸(ほそと)自然公園。


 泣き出す直前の空の下、瓦木市には何の価値もありはしないように見えた。


 一筋の黒煙が立ち上っているのは天雄ビルだろう。不発弾の爆発による火災は一晩明けてもああして惨劇の爪痕つめあと色濃い。先刻、市営バスの中で確認したネットニュースでは被害多数とのことだった。詳細な死傷者の数は、彼は怖くて見れずにいる。


 加賀美条の死は記事になっていないかもしれない。彼以外にどれだけの犠牲者が出ているのか、伊月が見ずとも変わりはしないとしても見る勇気はどうしても出ない。


 天雄ビルに足を運ばなかったのも、同じ理由。


 あと残っている場所はたった三カ所。


 伊月が一度死んだ高架。


 牧と二度目に出逢った路地。


 どちらも何もなく、彼は最後に残ったオーバードーンにやってくる。


 結界は変わらず伊月を素通しし、正面に立って愕然とした。


 正面入り口のドアノブがねじ切られている(・・・・・・・・)のだ。


 どれほどの力を加えればこんなことが起きるのだろうか。とはいえこれで鍵がかかっている場合を心配せずに済んだ。これでは閉じるほうが難しい。


 中に入る。


 ロフトに上がる階段までは廃車が点在していて真っ直ぐに行けないようになっていたのに、何かとんでもない力で横に除けられたように道が開けている。元々そこにあったと思しき障害物《廃車》は別の廃車に突っ込んでひしゃげている。……きっと牧だろう。


 ロフトまで上がった伊月は息をのむ。


 大きなデスクは真ん中から真っ二つに割れている。ただでさえ整理整頓がなされていなかった机上はぐちゃぐちゃになって床にたたきつけられ、工作機械やレコードプレイヤーはその際の衝撃で壊れてしまっているようだ。


 デスクだけではない。ロフトにあるものはどれもぐちゃぐちゃだ。


 ソファは一個足りないと思ったら、一階に投げ捨てられていた。ガラステーブルも粉々だ。


 ハンモックのあった場所には焼け焦げた残骸がつもっている。


 モビールに至っては、完全に影も形もなかった。


 くまなく探す。


 そこは、ただの廃墟だった。


 伏人傳も奥入瀬牧も居るはずのない、完膚かんぷなきまでに打ち捨てられた地。ここには二人に繋がるようなものは何もない。


 妖怪に化かされた旅人が目覚めると、いおりが跡形もなく消え去っていたような、夢の終わり。


「ぁ、ぁあ、ああァああア───」


 世界に取り残された伊月顕はロフトの手すりにすがりつき、それでも自分自身を支えきれず、うずくまって絶叫した。

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