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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
6話「新しい世界」
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新しい世界 02/09

 敷島励威士は伊月顕を監視して(みて)いた。


 《カース・オブ・マイン》奥入瀬牧は、“金言集”にも属していない伊月顕に執着していた。彼の中に儀式核がなくとも、再び接触してくるかもしれない。彼女の行方を見失っている今、その可能性は見逃せない。


 感知能力者である杜月杏に行方を探らせながら、励威士は伊月の監視のみというのは彼のコンディションの問題もある。戦闘にあたれる《クラッカーズ》がもはや彼一人である以上、最終決戦に向けて彼は温存しなければならないのだ。


 だからこれは、その休息の合間。


 励威士はある一室を訪れていた。


 伊月と同じ病院の、集中治療室《ICU》。


「……わりィな、こんなぎりぎりまで来れなくてよ。つっても忙しくなったのはお前が一抜けしたからか」


 絶対に返ってくることがないと確信している以上、これは独り言ということになる。


 生命維持装置に繋がれて、生きながらドロドロに腐り落ちつつある餌木才一。


 励威士は彼の最期の見舞いに来ていた。


 彼は《《助からない》》。


 殺すという意志、純粋な呪いを流し込まれた彼の命は尽きていないのが奇跡だ。四肢の末端部から壊死えしは進行する一方で、眼窩は涙の代わりに血とうみを際限なく垂れ流す。心臓はスキップしている。皮膚はひきつり、ついぞ雨の降り注がない岩石砂漠のように罅割れている。かすかにでも動けばばりばりと音を立てて裂けて、重油のような血をにじませるだろうが、そんな日は二度と訪れない。筋繊維が溶けだしているからだ。


 あらゆる症状が彼は死ぬべきだ、死んで当然と訴えている。それでも生き永らえているのは一重に彼が《クラッカーズ》ゆえ。本能的な生への執着が彼を此岸しがんに繋ぎ留めている。


 治部佳乃の延命然り、加賀美条の最期の《斬光》然り、《クラッカーズ》たちは誰も彼も諦めが悪い。


 その気になればあらゆる全てを書き換えられてしまう世界で、彼ら彼女らは命題にしがみつかなければ正気を保てない。不安定な世界の中で、せめてこれだけはと信じられるよすが。


 故にその執着は人並み外れて、己の全て、存在価値、誕生した意義と見なすことも稀ではない。


 それしかないのだ。


 だからそれに縋るのだ。


 奥入瀬牧にもそれはある。


 敷島励威士にもまた同じく。


 絶対に譲れない一点。そこがブレればすべてが狂う魂の軸。それが交叉してしまえばもう、命の取り合いにしかならないのだ。


 これは確信である。奥入瀬牧と敷島励威士の命題は二律背反、決して相容れることはないと。


 ここを去り、牧と出会えば殺し合い。そうなったとき、励威士が生きているかは怪しい。命が続いたとしても、ここにこうして会いに来れるとは限らない。


「ちょっくら行ってくるから、そこで寝てろ」


 最期の見舞いは、ぶっきらぼうな一言であっさりと終わりだった。


 伊月が動き出した。




◇◇◇




 奥入瀬牧を探さねばならない。


 奥入瀬牧を知らねばならない。


 彼女がこの世界の様相をどのように変化させてしまうとしても、伊月顕はそれを肯定も否定もできない。彼女に対して答えを出せるほど彼女のことを知らないと思う。


 敷島励威士によくあんな啖呵たんかを切れたものだと恥じた。伊月のほうこそ、知ったフウな大口を叩いて、彼女の儀式が何を為すのかすら知らなかったのだ。


 彼女と話したい。


 どこにいるのだろう。


 気配を探知するなんてことができない一般人の伊月には、思い当たるスポットを一つ一つ巡っていくことくらいしかできない。


 まずは手近なところから。伊月の通う県立絡川高校。たった二日前、彼女はここに伊月を助けに来た。


 ───甘かった。


 高校は立入禁止キープアウトの黄色テープで封鎖された上、門前には見張りの警官が立っている。原因不明の集団体調不良があったのが原因だ。


 病院を脱走した身分である伊月が警官と接触して、連絡が行っていれば捕まって連れ戻される。伊月は慌ててきびすを返し、適当な道に逃げ込んで一息つく。


 いつかもこんな感じで隠れ潜んで歩き回ったな、と懐かしくなる。


 あのころ、煙草を吸おうなんて考えていたころは何も知らなかった。


 ……今も同じか。何も知らないから、こうして歩き回っている。


 果たして同じ空の下にいるのかどうかすら見当がつかない。できることは足で稼ぐことだけだ。


「……よし、次だ」


 近いのはオーバードーンだったが、そこは最後に回すことにした。そこに居なければ他の場所を探すまでもなく奥入瀬牧は本当にどこにもいないと思ってしまいそうだったから。心が折れてしまう予感がしていたから。

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