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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
5話「Fire Cracker」
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Fire Cracker 09/09

 伊月を丸三日間苦しめていた原因不明の変調。原因は分かってしまった。分からない方が幸福だったかもしれなかった。


 あれは、奥入瀬牧と接触して、呪いをその身に受けたのだ。


 たったあれだけの短時間の接触で、一般人だった伊月にあれだけの苦しみを与える呪い。伊月があの時以外は無事に済んでいたのは、彼を───保有者を───有害なものから保護する儀式核の自己保護機能か、


 もしくは彼女自身が呪いを押さえ込んでいる、あの雨の路地のような場合か、だ。

 県立絡川高校で彼女が血の鎧を解禁し、大立ち回りをしたことで血に乗った呪いは拡散された。儀式核に保護などされていない生徒たちの体調不良はそれが原因だ。


 彼女に殴られた《虫喰み》ことごとくが血泡を吹いて悶死したのも、呪いの仕業。


「どうしてそんな願いを抱くに至ったかはしらねえ。興味もねえ。あのアマに気にくわないところがあって勝手に死んで生まれ変わるってんならどうでもいい。……だが、それに世界まるごと巻き込むってんなら話は別だ」


 生まれ変わるということは生まれ直すということ。


 転生ではなく新生。


 奥入瀬牧という人生を全く否定して、完全に異なる新たな人生を欲すれば、必然───世界は巻き戻され、やり直されることとなる。


 あの呪いの塊を突きつけられれば、その願いを理解せざるを得ない。近づく者すべてを呪い苦しめる、そんな自分自身から決別したいと願うのは自然なことだろう。怨嗟えんさを武器にして、その手を血で汚すことに躊躇ためらいがないのは、新生してそんな罪と罰を捨て去るつもりで生きてきたから。


 ───伊月顕は涙を流し続ける。


 こうして彼が地べたに四つん這いになってゲボをまき散らしている構図そのものが、彼女がそう願う理由に他ならないと理解できてしまったから。


 敷島励威士の身体に漲っていた緊張感が抜けてゆく。


 牧が火中に姿を消したのだ。この期に及んで焼け死んだなどと無駄な期待はしない。


 単にこの場に留まるだけの理由がなくなって撤退したのだろう。儀式核を奪還すれば再編局を根絶やしにする必要はない。現に、


「───発芽はつがだ」


 爆心地から幾本もあちらこちらへと伸びていくのは白く輝くケーブルのような脈だ。儀式が次のステップに進んだことで、手の届く概念結晶からより高次元的な事象へと遷移せんいしてゆく。


 世界と直結し、書き換える準備を着々と進めてゆく。


 ああなった儀式に打てる手は一つだけ。儀式行使の権利保有者、牧から権利を奪って儀式に自壊アポトーシスを命じるしかない。


 彼女が穏便に権利を手放すことはありえない。争奪戦はより熾烈しれつになる。


 つまり。


「───あのアマを殺すぜ」


 伊月の肩がびくりと跳ねた。


 すがるように励威士を見上げる彼には何の力もない。説得できるだけの言葉も、制止できるだけの力も、どちらも持ち合わせはない。


 彼にはもはや、儀式が世界と接続する霊脈線レイラインの幻想的な光景すら視認できていないのだ。


 彼は真実ただの一般人。


「行くぞ」


 励威士と、彼に促された杏が去る。後には世界の終わりのような地獄絵図と、反吐をぶちまけて座り込む伊月と、近づいてくるサイレンの反響だけが残される。




◇◇◇




 車内に上機嫌な鼻歌が流れてゆく。


 宵闇の瓦木市が車窓を通り過ぎてゆく。


 赤の自動車をぶらりぶらりと当て所なく転がす伏人傳。


 オーバードーンに戻らず、彼はその時までドライブで暇を潰していた。認識阻害が施されたこの自動車ならば、いかれる奥入瀬牧にも追跡は困難だ。


 ステアリングを握る右手を見やる。人差し指の金指輪は変わらずそこにあるが、刻まれた異能抑制術式の解除は着々と進んでいた。


 類似した術理、同じ理論で組まれたものを見れば解法の見当くらいつく。伏人傳はほくそ笑んだ。


 ───奥入瀬牧(・・・・)


 彼女にも同様の術式が付与されていた。瓦木市入りのとき、最重要であるところの新生式・儀式核は彼女自身が持ち運んでいた。その際に儀式核を保護するために科せられた制約がそれだ。彼女は異能を抑制された状態で《虫喰み》に襲われたことで深手を負い、伊月と出会ってオーバードーンに転がり込んだ。


 何故そんな抑制が必要だったのか。儀式核が《クラッカーズ》の体内にあって、《クラックワーク》が行使されると壊れてしまうという問題があったとすれば、そんな事態を防ぐために異能抑制術式を一緒に授かっても不思議ではない。ならば自分で持って来ずに誰か容れ者を用意しろだとか、伊月に預けるぶんにはいいのかとか、穴はあるが、それは奥入瀬牧の心情の問題で傳が推測する範囲ではなかった。


 とにかく異能を縛られた牧は《虫喰み》に苦戦した末、伊月に儀式核を移植することで不要となった抑制術式を破棄はきし、《クラッカーズ》として全力を行使できるようになったのが歩道橋から転落した一瞬の顛末だ。


 伏人傳はその、破棄された術式を回収していた。


 《虫喰み》狩りに出た夜、彼は密かに歩道橋を見分していた。物質的に存在するものではないが、彼の魔術師としての知識と少々の《クラックワーク》があれば、残骸くらいは手に入る。あとはそこから『何を媒質に作用する術理なのか』『何を封じることで《クラックワーク》を抑制する術理なのか』をリバースエンジニアリングし、それを自分の拘束封印にマッピングして解読する。


 誰かと話しながら、何かの作業をしながら、常にその解析を進めて。


 解呪の時はすぐそこまで近づいている。


 だが、その時が来たとして。


 檻の鍵を破り、扉が開いたとして、その中に囚われている獣が息絶えていれば問題などはないのだ。


 運転中の伏人傳、彼の両目に一切の光沢のない杭が一本ずつ、突き立った。


 苦悶すらさせず、同じものが全身くまなく現れる。


 着弾するまで視認されないよう隠蔽したのか、空間を割ってその場に出現したのか、それとも伏人傳の肉体の一部を杭に変換したのか、はたまた全く別の手段か。いずれにせよ車内を出血で真っ赤に染め上げたときにはすでに、伏人傳は死亡していた。


 コントロールを失った自動車が、信号機に激突する。

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