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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
5話「Fire Cracker」
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Fire Cracker 08/09

 奥入瀬牧の破壊、インクヴィーズの突入と治部佳乃の奪還、そして伏人傳の儀式起動はほぼ同時に発生した。


 感知圏内に突如として複数の《クラックワーク》反応が発生し、対応のキャパシティを超えてパニックを起こした杜月杏が悲鳴を上げる。敷島励威士は伊月顕いっぱんじんと彼女の保護を優先した結果、加賀美条を助けられずにいた。


「励威士さんッ、これ、下───!」


 爆発が来ると報告する暇すらなく、不発弾一発目で床がたわんだ。


 ひっくり返らないようにするので精一杯だ。すぐに第二波、第三波が来ると杏の感知能力は警報を鳴らし続けているが、彼女にそれをどうにかする能力はない。どこまでもサポート特化の彼女は絶望したその直後、さらに別の反応を感知して愕然とする。


 なぜならそれはもう二度と感知できないと思ったはずの反応。


 死んだはずの加賀美条の《斬光》の反応だからだ。


 バランスを崩し膝をついている奥入瀬牧の背後。軋んでいるのが骨だかバイクのフレームだか分からず、頭部の左半分を喪失した状態で立ち上がる彼は死んだまま動いているとしか形容できない。しかし振り上げた白刃の煌めきは確かに彼が思考を保ち演算で世界を書き換えている証だ。


 それが、振り下ろされる。


 奥入瀬牧もそれに気づき、しかし防ごうとする腕は間に合わない───




 加賀美条の手から離れた刃が床に突き立った。




 奥入瀬牧に振り下ろされることはなかった。瀕死の彼の、最期の悪足掻き。それが、握力がなくなってすっぽ抜けて終わりだというのか。そんな無情があっていいのか。




 ───あるはずがない。《クラッカーズ》は不可能を可能とする魔人たちだ。


 加賀美条は分かっていた。奥入瀬牧の血の籠手、命の灯火まさに消えんとしている自分では断ち切れないこと。そして、誰かは知らないが彼女と別に、何者かが天雄ビルの全員をまとめて葬り去ろうとしていること。


 そして、どうあれ自分は助からないこと。


 床につき立つ刃が、第二波───ついに四階に殺到した炎を反射して光の壁を展開する。


「加賀美さん!」


 励威士の悲痛な叫びが途切れた。


 伊月と杏を身をていして庇おうとしていた彼を、その上から包むように正八面体の白光が展開される。一部の隙間もなく閉じたのを確信して、加賀美条は残った顔の半分でどうにか笑った。


 光と熱が床を砕いてすべてを白に染め上げ、彼もまたその中に消えていった。




◇◇◇




 敷島励威士に押さえつけられるまま、光の中に伊月顕はいた。


 外圧に軋む光壁───加賀美条の《斬光》が砕け散れば、彼も励威士も杜月杏も、全員まとめて超高熱にまかれる。死の領域と彼らとを分かつものは薄っぺらい一枚だけだ。


 光壁に亀裂が入る。もう保たない、外気は致死の熱量を孕んでいる。


 このまま留まれば熱気に呼吸器をやられるかこんがり焼かれてくたばるかだ。


 励威士は決断した。


 両脇に抱えた二人にもまとめて強化を施して、障壁が完全に崩壊するより前に内側から突き破って大跳躍。衝撃波が走り去って焦熱地獄と化した業火の中では、奥入瀬牧も加賀美条も判別などできはしない。数瞬前までは廃屋の壁だったものを突き破って脱出する。


 一帯も酷い有様だった。天雄ビルのみならず、爆炎と衝撃は周辺にも甚大な被害をもたらしている。天雄ビル近隣数件は倒壊し、炎にまかれて崩れ落ちたものもある。広い範囲のガラスが悉く砕け散って降り注いだ。


 彼方で救急車だか消防車だかのサイレンが鳴っているほかは、ものが崩れる音と燃える音のせいで何も聞こえない。


 きっと上がっているはずの悲鳴も、何も。


「───思い知ったろうがよ」


 這いつくばっている伊月に乾いた声が投げつけられる。


 爆心地から離れて着地した励威士は、炎を見上げながら───天雄ビルだった残骸を凝視していた。


「あの女が何を目論もくろんでるかは知ったこっちゃねえがな、こういうことをする女だってことだよ」


 伊月は顔を上げた。予感があったのだ。


 地獄の一角で業火が奇妙に吹き払われた。


 ちゃちな物理的破壊がうろちょろするのが目障りといわんばかりに、呪いが吹き荒れている。


 奥入瀬牧の呪いだ。


「あのアマの持ち込んだ儀式、術式名は《新生式》。生まれ変わりだ」


 加賀美条の遺骸が跡形もなく焼却されてしまうほどの焦熱地獄の渦中にあってすら、奥入瀬牧は健在だった。気化きかした血液を操ってか、それとも純粋な肉体強化のなせる業か。熱も衝撃も破片も、何一つとして彼女まで到達できはしなかった。今もこうして炎熱の中に仁王立ちして、宿縁たる再編局を殺意に満ち満ちた眼で睥睨している。


 彼女に届いたのは、伊月顕の怯えきった視線だけ。




「───ぁ」




 その感覚には覚えがあった。


 錆び付いた機械人形であるかのように関節という関節がきしむ。


 そんな季節でもないのに震えが止まらない。


 燃えさかる惨状で熱いはずなのに寒くてたまらない。


 猛烈な吐き気に襲われて、我慢しようと思考するより早く、伊月の肉体は催吐感に屈服してくの字に折れた。


 自分自身をひっくり返すような嘔吐。


 顔中の穴という穴から体液を垂れ流しながら、その感覚をいつ感じたのか思い出す。




 ───奥入瀬牧に初めて逢った日。


 彼女が伊月の煙草を盗って去った時の残り香。


 牧が天雄ビルに突入した時にも、励威士に抱えられて天雄ビルから脱出した時も、彼は同じものを嗅いだ。


 あれは呪いの残り香だったのだ───

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