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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
5話「Fire Cracker」
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Fire Cracker 07/09

 ……ごぷ。


 条の口腔こうこういっぱいに血が溢れる。


 彼とて近接戦に長けた《クラッカーズ》、破裂した内臓を再生して命を繋ぐ経験はこれが初めてではない。この程度ならばまだ戦える。




 だから、奥入瀬牧も止まらない。




 牧の膝蹴りがバイク越しに突き刺さる。


 もはやどこからが加賀美条の肉体で、どこまでがバイクの破片なのか判然としないほどぐちゃぐちゃだ、それでもまだ息がある、意識がある。命題に執着する《クラッカーズ》はゾンビの如く、




 だから、奥入瀬牧は止まらない。




 真っ直ぐ放たれた右拳が、条の頭左半分を穿うがった。


 眼球から眼窩がんか、その奥の奥まで破壊が抉りとり、


 加賀美条はようやく止まった。


 牧が拳を引き戻すとぐちゃりと崩れ落ちる。


 すべては一瞬の交錯。


 伊月顕はそれを見ていた。


 憤激ふんげきの奥入瀬牧と、彼の視線が絡まる。


 そのときそこにあった関係性を、果たして何と表現すべきか。




◇◇◇




 伏人傳の、聞く者なき軽口は続く。


「名詞crackerの複数形でcracker-sじゃないんだ。そうじゃあない」


 かつてイツキに解説した際も、複数形ではないと彼は語った。《クラッカーズ》は決して、不正に世界を(クラッ)改竄する者(カー)たちではない。


 彼らの行いは世界に許されている。


「元は形容詞crackersさ。何かに狂っ(be cra)てる(ckers)お前たちにはピッタリだろ?」


 インクヴィーズと呼ばれた子供が戻ってくる。手には治部佳乃の生首をぶら下げて、なお無表情。成果であるところの治部佳乃の顔に浮かんだ死相とは対照的だ。


 傳は満足げに頷いてスーツケースを指さす。インクヴィーズは感慨もなく、死者に対する尊重もなく、作業として生首をそこに仕舞って閉じる。


 傳を見上げた視線は、“これで問題ないか?”と問いたげだった。


 伏人傳はサムズアップで応える。


 その手の内には、すべてこの瞬間のために組み立てられた装置───起爆スイッチが握られている。


「だからこれは、俺なりの餞別せんべつってやつさ。楽しんでくれよな、折角の(fire cr)(ackers)だ!」


 親指が赤のスイッチを押し込む。


 開かれていた回路は閉じられ、電流がその上を走る。


 大気を越えて信号が放たれる先は、天雄ビルわきに駐車したままの黒のワゴン。


 正確には、その後部座席いっぱいに積み込まれた儀式機械。


 魔術を行使するのは何も人間でなくともよい。条件さえ満たせば機械でも発動できるならば、そちらの方がよほど正確だ───そんな考えのもと構築されたそれは、内部に十一体の《虫喰み》を格納している。どれも小粒、封入されているシリンダーから飛び出したとしても二メートル程度のそれらはすべて《バガー》治部佳乃が作り出したものであり、九月二十二日、月曜日の夜にその存在反応が失せたはずだった。


 始末などしてはいなかった。すべて捕らえていたのだ。


 能力を制限された伏人傳に、一騎当千の武将のように《虫喰み》を蹴散らせる道理などなかった。彼は捕獲の間だけ自分自身を“自分は《バガー》であり、命令権を持つ個体である”というように改変。治部佳乃の命令に従うようインプットされた《虫喰み》をだまくらかしておりに導いただけなのだ。


 《虫喰み》は習性として、自分たちがもたらした被害を一般人にそれと察知させないよう改変する。“ならす”と表現されるそれは、被害をなかったことにするのではなく、何か別のそれらしい原因をでっち上げてそちらに押しつけるという点で都合が良かった。


 儀式機械に組み込んで《虫喰み》に実行させれば、傳がわざわざ隠蔽に奔走せずとも勝手にごまかして置いてくれる。


 ならば、何をさせたいのか。


 儀式機械が唸りを上げる。


 レトロなディスプレイに表示されるのは、時間だ。


 現在時刻。


 そして、その下に表示されるのは───




 ───かつて、二度目の大戦の折。


 瓦木市と後に呼ばれる一帯は、大規模な空襲にさらされることがなかった。


 それが伏人傳には不都合だった。


 必要とされたのは不発弾。


 ガス爆発ではよほどの確率を引き当てなければそうそう大きくなることはないし、チンタラと火事を待てば《クラッカーズ》を一網打尽にできない。だからといって瓦木市のような地方都市で爆弾テロを実行すれば、それこそ余計な勘ぐりから大物を招き入れかねない。


 甚大な被害をもたらすかもしれない、潜在的可能性。


 現場に居合わせた《クラッカーズ》を一網打尽にできる、影響の迅速さ。


 そして《虫喰み》の認識干渉性で誤魔化せる程度の妥当性。


 それらすべてを追い求めて、《虫喰み》が限界まで酷使させられる。


 時間をさかのぼり、可能性を巡覧し、空爆を受けたものの不発弾だったため事なきを得た世界を検索させるまでが儀式の第一プロセス。


 第二プロセスは、見つけた世界を現行世界にオーバーラップさせるのだ。


 《虫喰み》一体につき一発、計十一の不発弾が天雄ビルの地下に存在していたことになる。地中深くではあれど、建築の準備段階で見つけられないはずがない場所、建造物に致命的な打撃を与えることは間違いなしの位置。


 第三プロセス、最終段階。


 不発弾にスパイスが振りかけられる。


 “劇性”と呼ばれるその《クラックワーク》は、ものごとを良かれ悪しかれより華々しく、より毒々しく、悲劇的あるいは喜劇的どちらかに極端に偏るように改変する性質を持つ。埋まりっぱなしの不発弾に使えば、『複数の不発弾が爆発する相乗効果で、尋常でない大爆発となる』か『信管がイカれて不発だった爆弾が爆発するはずもなく、肩すかしに終わる』かの二択だけになる。行使者ですらどちらに転ぶか分からない丁半博打、好んで使う者は大概がどうなろうと構わない、面白ければそれでいいという破綻者ばかりという代物だ。


 伏人傳にはそういうところがある。


 勝つことを喜ばず、負けることを恐れず、純然に五分と五分の勝負を楽しむような危うさというべき稚気。結果を求めるのではなく勝負そのものを嗜好するように賭けを持ちかける癖は、その一つ。


 ここで不発弾が不発のままでも、大爆発しても構わない。そうなったらそうなっただ。




 伏人傳がこの賭けに勝ったのは、まさか日頃の行いが良かったわけではあるまい。


 悪運が良かったというには、その惨状は悪い冗談だった。




 順繰りに不発弾が爆ぜる。


 ダース(12)マイナス()ワン()、十一発の花火。


 炸裂、衝撃波、粉塵と業火。あかの地獄。


 発散されたエネルギーは天雄ビルを土台から粉砕し、周辺の建造物すらも粉砕し、立ち上った炎は不燃性のはずの外壁を駆け上って内部を焼尽せしめる。


 夕闇を昼日中のごとく染め上げる鮮烈な赤を背に、シルエットの伏人傳が嗤う。


 嗤う、嗤う、楽しくて仕方ないというようにただ嗤う。


 本当はそんなことこれっぽっちもないのに、必要だからやったことでしかないのに、嘲るように、嗤う。


「じゃあな、イツキ、それと牧! 生きてるか死んでるか知らねえけど、生きててもまた会うことはないだろうよ!」

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