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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
1話「Ghost In The Rain」
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Ghost In The Rain 05/13

「……チッ、また雨かよ」


 敷島しきしま励威士れいじは空を仰いで顔を歪めた。


 ガシガシと不機嫌に頭を掻く。ドレッドロックスの髪束が揺れた。


 励威士は雨が嫌いだ。


 雨ともなれば励威士自身の調子も悪くなるし、愛車も不機嫌になる。路面が濡れれば事故にも気を配らねばならなくなる。大型二輪バイクで風になるのが好きな励威士にとっては、だから雨という天気は気にくわないものだった。


 無論、今の励威士は間違っても事故など起こさないし、仮に起こったとしても昔のようにどうにか(・・・・)なることはない(・・・・・・・)。それは励威士とて分かっている。


 だが、だからといって事故が好きということにはならないし、こうして目の前で(・・・)起きていれば、見ていて気持ちのいいものではない。


 ───黒煙。


 怒号と小規模な爆発音とサイレン。


 雨の匂いより強い、嗅ぎなれてはいけない人体の焼ける臭い。


 凄惨な現場だ。爆発炎上した自動車が突っ込んで、街路樹や商業ビルまで延焼している。消防車は現着げんちゃくしているが、放水しようと直ちの鎮火は見込めまい。


 上柄東駅前の二車線道路は封鎖され、その外を雑踏が取り囲んでいる。


 敷島励威士は、その人垣から悠々と歩み出た。


 必死に消化活動中の消防士たちも、危険な現場に立ち入る人がいないよう見張っている警察官たちも、カメラを事故現場に向ける報道陣や一般人たちも、そうして撮られた写真も、動画も。


 すべては敷島励威士の存在をなかったもの(・・・・・・)として扱っている。


 励威士は自前のスマートフォンを取り出すと架電かでんする。


「……励威士ス。今、現場います」


 通話相手にもそれで通じたらしい。励威士は人垣を見返る。その向こう側、事故現場でみた情報を余すことなく報告していく。


 事故の原因は一台のセダン。上柄東駅前ロータリーから発進してすぐのタイミングで、走行中に突如爆発した。車体は慣性によって速度を維持したまま右によれて中央分離帯を乗り越え、対向車線を走っていた軽トラックに横っ面を弾き飛ばされた。街路樹をなぎ倒しながら道路脇の商業ビル一階につっこみ、それでようやく停止したものの炎上中。


 死者はセダンの運転手の一名。重軽傷者は軽トラックの運転手を始めとして暫定十二名だが、重態の人間はいない。


 事故の原因である、セダンの走行中の爆発炎上の理由は不明。


「───ってハナシで進んでますが、まあ《虫喰み(バグ)》でしょう」


 奇妙な物言いだった。自動車爆発の原因が虫けらであるかのように断定する。確かに、飛行機のエンジンに鳥が入り込んでエンジンが停止するバードストライクという現象はあれど、同じように自動車に虫が混入していきなり爆発するとは考えにくい。ましてや、そういった事故原因の究明きゅうめいは事故後に落ち着いて調査・検証をして明らかになるものであって、今まさに炎上している車体を外から見て分かるものではない。


 あるいはバグという言葉から、コンピュータのプログラミング的なバグを意味しているようにも聞こえる言葉である。だが、それはそれで意味が通らない。自動車の組み込みコンピュータにバグが存在したとして、やはり事故車を一瞥いちべつして分かるはずがない。


 隠語の類だ。通話相手は理解しているのか、短く根拠を問うた。


「一つにはフレームのあちこちに穴があいてたんスよ。車内から外に向かってあけたモンで、天井には出てったと思しき大穴がポッカリと」


 彼の視線の向こうでは未だセダンが燃えていることを示す黒煙が上がっている。励威士はそれをとっくり観察してきたように語る。


「二つ目、目撃証言がありました。ビルに突っ込んだあと、燃え盛るセダンから何か黒い塊が飛び出してどこかに逃げてったっつって」


 電話越しに見えるはずもないが、励威士はつい指でその何かが飛び出していったという軌跡を描いた。


 どう見ても、立ち並ぶビルを蹴って足場にして、人々の頭上を跳躍していった軌跡だった。


 幼い子供が走行中の車内で、過ぎゆく風景を何かが追い縋る存在を妄想するような荒唐無稽。


 それを、煙草の購入に年齢確認するのもはばかられるような励威士が大真面目に語っている。


「大きさ的には熊くらいだそうで。話してる間にどんどん内容に自信がなくなって、終いには勘違いって全否定ス」


 ならされたか、と呟く声に、励威士も「でしょうね」と頷く。


「爆発原因はそういうワケで《虫喰み》でいいとして、気にかかる点が一つ」


 励威士は上柄東駅の駅舎へと視線を移す。ロータリーには監視カメラが設置されていて、励威士の姿も捉えているはずだがやはりレンズには移っていない。


 その監視カメラに、


「セダンに乗り込む“誰か(・・)”が残ってまして」


 セダンは十二時十一分からちょうど十分間、駅前のロータリーに停車していた。運転手は監視カメラに映っていない。上柄東駅に上りの電車が停まり、改札を抜けて降りてきた一人が真っ直ぐセダンに乗り込むと、セダンはそのまま発進した。ロータリーに繋がる二車線へ出るまでの一部始終を監視カメラは記録していた。


 爆発したのは、監視カメラから外れた直後のことだった。


 セダンに乗った“誰か”と表現したのは、それが彼なのか彼女なのかも不明だったからだ。これは監視カメラの問題ではない。監視カメラの画質・画角・位置から考えれば映っているはずなのに、“誰か”は人影としか表現できないぼやけた像しか残っていなかった。


 今の励威士が人々の認識から逃れているのと、同じである。


 期待していたわけではなかったが、情報はあるにこしたことはない。励威士はため息をつきたいのを抑えつつ報告し、相手は励威士に引き続き調査するよう伝える。


 調べるべきは二つ。


 励威士が《虫喰み》と呼称した事故原因。


 そして、爆発したセダンに乗っていたはずなのに、事故後の車内に影も形もない“誰か”。


 励威士はスマートフォンをしまい込む。


 雨足は通話の間に強まっていた。


 停車してあった愛車バイクに跨がり、ヘルメットの内側で舌打ちを一つ。


「絶対ェ逃がさねえぞ、クソったれめ」

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