Fire Cracker 01/09
架電。
『もしもし』
「もしも~し。毎度おなじみ情報屋の《ギルデンスターン》だよ」
『毎度思うが、どうしてその名前で情報屋をやっていこうと思ったんだ』
「聞きたい? 有料だけど」
『いやいい。それよりどうしたんだい、きみの方から連絡してくるなんて珍しいが』
「ああ、それはね。君たちの件に関係ありそうな新着情報があってね、買わない?」
『きみが言うなら関係があるんだろう。いいよ、買おう』
「毎度あり~! 振り込みはいつも通りね。それじゃ早速本題、《カース・オブ・マイン》の儀式、核は伊月顕って高校生に埋め込まれている。ほら、昨日県立絡川高校でドンパチあったじゃん。そういえばあれ、君たち?」
『おいおい、今のぼくは買う側のはずだ。答えてほしいのかい?』
「いあ、ごめんごめん。軽口さ、流してくれたまへ。で、続きだけど」
『ああ』
「あのドンパチがあった高校が、その伊月くんの通う高校だよ。ドンパチの直前・直後を含めて、ここ数日奇妙な動きを見せてるところから調べてみたら、ビンゴ! って訳」
『そうか。彼は《クラッカーズ》なのか?』
「確定はしていないけど、違うみたい」
『そうか。……それにしても、その情報をどこで手に入れた?』
「おいおい、提供者については他言無用に決まってるじゃないか。金を積まれてもそればっかりは答えられないなあ」
『そうか。……実は』
「あ、もう切るよ。ぼくは今稼ぎたい気分なんだ、そっちからの情報提供は期待してないのさ。それじゃまた~」
終話。
架電。
「もしも~し。《ギルデンスターン》だよ」
『言った通り伝えられたか?』
「ちゃんと伝えたよ、伊月くんについて」
『助かる。今回のぶん、もう振り込まれてるはずだ。確認しといてくれ』
「そこは信頼してるけどさ。嘘じゃないんだよね? 君の流した情報」
『嘘じゃねえし、自前でも調べてんだろ。というかお前こそ、本当に再編局のアジトの位置は分からないのか?』
「分かんないってば。君の言った通り、瓦木市には入れないんだよ。直接行けないと調べられることは限られる」
『それだけど、たぶんそろそろ大結界はなくなるぞ。あと二、三日もすれば』
「それってどうせ、そのころには一連の事件は終わってるってことでしょ。それじゃ金になるネタはないし、面白味もないし~」
『そもそもよく電話口で情報収集できるよな』
「口が堅くて大変だったよ、伊月基子とか。懐に入り込んじゃえばやれ息子の様子が妙だ、彼女でもできたんじゃないかってそれはそれで大変だったけど……どうしたの? やけに静かじゃない《ワイルドハンター》」
『今なんつった? 伊月基子?』
「うん。伊月顕の母親。……っと、なんだ知らなかったのか。しまったなぁ。情報屋失格だ。ただで教えちゃうなんて」
『情報一口分追加で振り込んでおく。またな』
終話。
《ギルデンスターン》と名乗る情報屋は、顧客ごとに分けているスマートフォンをじっと見て、
「なんだ彼、慌てて……。ちょっと興味あるな。調べてみようかな」
◇◇◇
目覚めてまず確認したのは、自分が服を着ているということ。
学生服ではなく無地のTシャツと七分丈のズボンは、ちょっと探せばコンビニエンスストアにも売っていそうなシンプルなもの。この家に元からあったとは思えないが、いつ準備したのだろうか。
……そこまで考えて、イツキは考察するのがバカらしくなった。
奥入瀬牧は彼女が言うとおりの《クラッカーズ》だ。その気になればこの程度、買いにいかずともどうとでもできよう。『かくあれかし』と望めば叶う彼女を相手に、準備がどうと考えるほうが滑稽だ。
当の彼女はどこだ?
ベッドに寝ていたのはイツキだけだ。
耳を澄ませてみると廊下に続くドアからかすかに水流の音がする。音量から察するにシャワーのようだ。入れるくらいには恢復したようで、何よりだと思う。
しかしシャワー。シャワーである。
何とも言えずなまなましい感じがして、イツキは赤面した。
気を紛らわせるためにスマートフォンを取り出す。ネットニュースを確かめると、やはり昨日の県立絡川高校事件は記事になっていた。設備の老朽化による倒壊、幸いにも重傷者はなし。ただし気分が悪くなった生徒が多数出ており、原因は不明とのこと。ライターは校舎が倒壊した際に化学物質が舞ったのを吸い込んだのではないかと書いているが、どこまで当てになるのやらだ。
一晩のうちに溜まっているメールと着信をざっと見る。ことごとくが親からで、どこをほっつき歩いているのか、連絡を入れろと書いてあるのが読まずとも見て取れる。
うんざりしてホーム画面に戻ったところでドアが開いた。
「おはようございます」
「おはよう、牧」
シャワーから出てさっぱりした牧が、髪をタオルで拭きながらやってきた。部屋着にゆったりとしたワンピースを着て、両手首にリストカット痕を隠すリストバンドをつけて、きっちり編み込んでいた髪の毛は下ろしている。そうしていると途端に成人もまだのように見えてくるから女性は不思議だ、とイツキは思った。
瞳の潤みと頬の紅潮。どちらも、倒れる前と変わりない。
イツキの胸に新たに刺さった“棘”がチクリと自己主張した。
「調子良さそうだな。よかった」
「お陰様で。珈琲くらいしか出せませんが、飲んでいきますか」
「ごめん、カフェイン弱くてさ。今日は帰るよ」
「……そうですか」
親に叱られるとは言わずにおく。
昨夜のあれが本当にあったことなのか、それとも欲求不満の青少年が陰のある美女の熱に中てられて見た一夜の夢だったのかは定かではない。自分から昨夜の話をするのは憚られてつい何もなかったように振る舞ってしまったが、あれの真意を確かめたくてずっと考えながらの受け答えになっていた。
考えても上手な切り出し方は見つからず、勝手に居心地が悪くなって、
「泊めてくれてありがとう。それじゃ、また」
「……ええ、また」
たたきから表に歩を進める前に、玄関ドアを見て思い出したことがある。これだけは言っておかねば。
「牧、ちゃんと戸締まりしろよ。いくら……牧でも、危ないだろ」
彼女は透明に笑って、
「ありがとう。でも、大丈夫ですから」
そう告げられた言葉に嘘は含まれていない。それ以上何も言えない彼の目前で、ドアがばたんと閉じる。
鍵の音は、しなかった。