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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
4話「Insomnia」
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Insomnia 03/09

「あいつは、やっぱり……っすか」


「才一かい。うん、容態は悪化する一方だ」


 病院前ロータリー、愛車に跨がったまま敷島励威士は加賀美条を迎えた。揃って表情は暗い。


 ここには現在、餌木才一が入院している。


 症状は高熱・脈拍の増加・血圧低下・多臓器不全。昏睡状態から回復する見込みはなし。ショックを起こせばそれが最期の可能性すらある。原因は不明だが、尋常なものでないことは確認済み。《カース・オブ・マイン》によると考えられ、その根拠としては加賀美条が《クラックワーク》で治療を試みても効かなかったことが挙げられる。


 ……ほんの数時間前、県立絡川高校の事件の終わり際の話だ。《バガー》治部佳乃を制圧・拘束した直後、彼ら二人は餌木才一の一人と合流できた。だが一言二言交わしたかと思うと彼は苦悶し、昏倒し、痙攣した後に跡形もなく消滅してしまった。驚愕した二人が校内をかけずり回って探すと、校舎一階の廊下で同様に倒れている餌木才一がいたのだった。


 大きな外傷は見当たらず、しかし彼は危篤きとく状態だった。二人はその場で対処を試みるが失敗し、せめて悪化しないよう救急搬送した。《クラッカーズ》に対処できない異変を一般の病院がどうにかできるとは思わないが、二十四時間つきっきりでいるわけにもいかない彼らの苦渋の選択だ。


 ───加賀美条と敷島励威士は知り得ないことだが、二人の目前で消滅した餌木才一も、奥入瀬牧が無惨なバラバラ死体にした餌木才一も、どちらも彼の《クラックワーク》によるコピー体だった。本来ならばコピー体が攻撃を受けても観念上のイデア、ひいては現実の餌木才一オリジナルにまでフィードバックされることはない。奥入瀬牧の貫手もコピー体には致命傷だったが、それでオリジナルが致命傷を受けることはない仕様となっている。


 物理的な破壊力ではない。餌木才一のイデアを経由してオリジナルにまで波及はきゅうしたものは、


「───呪い(・・)?」


「大手テレビにも、夜のニュースにゃるかもしれませんね。あの高校の生徒が何人も倒れてるんす」


 足の早い報道機関ならばすでに報じていることだが、県立絡川高校の生徒が複数人、原因不明の体調不良を訴えていた。餌木才一ほど悪化しているものはいないが、頭痛・発熱・吐き気・悪寒と症状は類似している。


 敷島励威士は、その原因を掴んでいた。


 奥入瀬牧が大暴れしたことで、彼女の《クラックワーク》───《カース・オブ・マイン》にてられたのだ。現場に残留していた血液からは濃密な呪詛が検知されており、これは月曜夜に彼女に撲殺された《虫喰み》の死体からも検出されたものだ。


 そして、昏倒した餌木才一からも。


 奥入瀬牧の《カース・オブ・マイン》とは、血液操作で構築した籠手に呪いを纏わせるもの。強化された肉体だけを警戒すれば呪いにやられる二段構えの戦法だ。触腕の《虫喰み》が爆発反応装甲で物理的破壊にのみ対処したのはまさに術中にはまっていたのだと、今になれば分かる。


 徹底的に“殺す”ことに注力したおぞましき《クラッカーズ》。それが奥入瀬牧の本質だ。


「───解呪ぶんせきを進めてくれ。才一の復帰・復調に間に合わないとしても、戦闘中に呪いをレジストできるようになれば有利に立ち回れる」


「うっす」


 ヘルメットを受け取りながら、律儀に自分もかぶっている励威士をみて、条はちょうど良かったと思った。ヘルメットをかぶれば自分がどんな顔をしていても彼に見えることはない。彼の在り方は痛ましく、しかし彼自身が選んだ道だから条が口出しのは正しいこととは思えない。


「やっぱ俺が一番相性良さそうっすね」


「そうだね」


 だから励威士がそう言ってもありきたりな返事にとどめる。


 奥入瀬牧の呪いは病性だ。血液(・・)という有機的な媒体であることを鑑みても、無機物や純粋な現象には通りが悪くなることが予想される。佳乃が生物系の《虫喰み》ばかりつくらず、もっとバリエーションを持たせていれば鎧袖一触がいしゅういっしょくということはなかったはずだ。


 励威士はエンジンを入れようとして、伝え忘れを思い出した。


「……そういや、渡り廊下屋上にも血痕があったんすよ。結構な量」


「それも、彼女の?」


「いえ、呪われてはいなかったっす。《虫喰み》のものでもなく」


「回収は?」


「一応しました。治部の移送ついでに本部に回そうかと」


 国家鎮護(ちんご)の任に対して背信はいしん行為を働いていた《バガー》治部佳乃は、再編局本部へと移送され査問・処罰の対象となる。この場にいない杜月杏は現在、本部エージェントに佳乃の引き渡しの真っ最中である。探知に長けた彼女ならば、単独であっても尾行されず引き渡しが可能だ。


 チームに欠員を出しつつも、彼らは彼らなりにできることをしていく。

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