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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
3話「Curse Of Mine」
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Curse Of Mine 08/08

 強烈な跳び蹴りが巨人型《虫喰み》の肩にめり込む。


 奥入瀬牧と校舎よりも巨大な《虫喰み》、二者の体格差と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいスケールの違いを彼女は物ともしない。


 クレーンのような腕を振るう。噛みつこうとする。すべて空を切る。


 不可視の足場を作り出して空中で移動方向を変え、あるいは滞空し、時には殴り返す。巨体が弾かれて尻餅をつく。


 図体ばかりデカいから呪いの巡りが遅いようだが、ならばその分だけ攻撃を加え続ければいいことだ。いさぎよく割り切って、巨体のど真ん中めがけて拳を引く。


 命中、


 した部分がくり抜かれたように(・・・・・・・・・)すっぽ抜けた。


「な、」


 牧の一撃の威力が強すぎて衝撃が伝達しきらなかったのか? そうではない。


 もともとそう分かれるようになっていたものが分離したのだ。すっぽ抜けた部分はあれで一個体の《虫喰み》であり、巨人は一匹の《虫喰み》ではなく複数の《虫喰み》が集合してそれらしく見せていた群れだった。《カース・オブ・マイン》が思うように効果を発揮しなかったのも、攻撃が命中した個体でなければ呪いの効果を受けないだけの単純なひっかけ。


 完全にたばかられた。腕を伸ばしきった体勢を待ち構えていた周囲の《虫喰み》が押し包んで殺すべく覆い被さっている。ここから暴れてもすべては撃ち落とせない。


 ───ならば。


 四方八方、隙間なく《虫喰み》が押し寄せる。


 奥入瀬牧の身に触れるより先に、その包囲の内側で爆発(・・)が巻き起こった。


 圧力が解放されて拡散され、《虫喰み》たちは衝撃波に圧されて吹き散らされていく。爆発にさらされた箇所は黒ずんでいるが、焦げではない。ぐずぐずと腐食するのはやはり彼女の呪いによるものだ。


 牧の右肘部、籠手に覆われた部分から円筒形のパーツが排出された。銃火器発射後の排莢はいきょうにも似て、地面に跳ねたカートリッジは塵と消える。


 “血砲けっぽう”とだけ名付けられた、奥入瀬牧の籠手に仕込まれた機構である。


 あらかじめ余剰よじょうな血液を採取しておき、籠手の展開時にカートリッジの形で取り込んでおく。並外れた血液操作によって高圧状態で充填じゅうてんされたそれは、彼女の意思ひとつで手の甲から衝撃波を放つのだ


 今回は高圧状態のカートリッジをそのまま解放・散布することで範囲攻撃に転用したが、他にも射程の延長や貫通力の向上に使い分けられる、彼女の奥の手だ。


「……すげえ」


 餌木才一はぽつりと呟いた。


 彼女の獅子奮迅の活躍で、《虫喰み》は残らず消滅した。加賀美条と敷島励威士が《バガー》治部佳乃を確保したこととあわせ、彼女の引き起こした惨禍さんかは収束したといっていい。


 彼はそのことについて、きちんと礼を言っておくべきだと思った。敵同士であっても、同じ『人を守りたい』という目的を共にし、力を貸してくれたことに謝意を示したかった。


「ありがとう。助かった」




 彼女は、そんなことはどうでもよかった。




 餌木才一の鳩尾みぞおちを貫いて血色の拳が飛び出した。




「……お」


 敵の気が緩んだと判断した《カース・オブ・マイン》による、最大強化で背後を取っての貫手だった。


 気力をかき集めて振り返った才一の口から滝のように溢れる動脈血。───井澤渓介や治部佳乃に加えられた一撃とは違う、明確な殺意から加えられた致命傷。


 それでも。


 《クラッカーズ》のしぶとさならば、あるいはまだ可能性はあったかもしれない。


 そして、戦い続けてきた彼女が、誰よりもその生き汚さを知らないハズがなかった。




 “血砲”炸裂。


 餌木才一の肉体が、突き刺さっていた左手を中心に爆ぜた。


 ボトボトと散らばっていく肉体に紛れて、カートリッジが地面に落ちる硬質な音がした。


 血で出来た籠手が手首の傷跡から体内に戻っていく。傷跡は血液操作の《クラックワーク》で止血されて一瞬で瘡蓋かさぶたになり、それを確認した彼女は手袋をつけ直して手首を隠す。


 そして、餌木才一を振り返らぬまま県立絡川高校から姿を消した。




◇◇◇




 ばたん、背後で音がした。


 伏人傳がトランクを閉じた音だった。


「傳……、一体どうなってんだ!?」


「ああ、そういやお前、そこにいたのか」


 彼は車体をぐるっと運転席まで回り込むと乗り込んでどっかりと腰を下ろし、慣れた手つきでエンジンをかける。


「撤退だ。これ以上は残っても何にも得られない」


 告げた彼の服や手や口元は血に汚れて、イツキがここで震えているだけの間に激しい戦闘をしてきたのが見て取れた。ならば、彼女は───


「牧は、彼女はどうなったんだ」


「無事に決まってら。あいつは勝手に帰るだろうさ」


 リアガラスから県立絡川高校が見える。淡々と遠ざかっていく。


 こんな呆気ない幕切れなのか、とイツキは思った。先輩だった《クラッカーズ》に声をかけられたと思ったら《虫喰み》が湧いて、走って逃げて跳んで逃げて、牧に助けられて、傳の自動車に逃げ隠れて。それで終わり。幼いころ、隠れん坊で必死になって隠れていたら日が暮れて、鬼役の子も他の友達も全員帰っていたような、すべてから取り残された気分。


 ───何も知らないからだ。


 奥入瀬牧がどうして戦っているのか、疑問に思うところから始めよう。


 彼女はイツキを守っている。それはつまり儀式核とやらを守るためで、じゃあその儀式がうまくいったらどうなるのか。傳は世界を変えるものが儀式と言っていた。どう変わるのか。


 《クラッカーズ》たちに異能で以て世界を変える命題りゆうがあるのなら、奥入瀬牧のそれは何なのか。伏人傳の、ダークスーツの男性(井澤渓介)の、高校の先輩(餌木才一)の、彼らの命題は何なのか。


 知らねばならない。この無力感が、それで少しはどうにかなるかもしれないから。

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