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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
3話「Curse Of Mine」
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Curse Of Mine 06/08

 奥入瀬牧は手袋に包まれたままの拳を振るう。


 一昨夜に見せた、あの“籠手”は形成されていなかった。


 《カース・オブ・マイン》と呼ばれる所以、《虫喰み》の爆発反応装甲をすらねじ伏せて死に至らしめるだけの摂理を持つソレを、今は展開しない───できない(・・・・)理由がある。


 彼女の目前をイツキが走っている。ギプスが窮屈そうだが、目標地点───伏人傳の真紅の自動車まではあと僅か。


 ここまで来る間に知ったことだが、あの自動車も《クラックワーク》で改造された遺物だ。オーバードーンには隠蔽と干渉排除の結界、H&KUSPの特定のマガジンには《クラックワーク》行使の負荷増大の追加効果があるように、自動車に施されているのは空間歪曲と内部存在の隠蔽。


 オーバードーンから県立絡川高校まで文字通り“一直線に”駆けつけたのは空間歪曲によるもの。


 牧がイツキに「車内へ逃げ込め」と告げたのも、匿えば《虫喰み》から狙われることはないと伏人傳が語ったが故である。


 特異性はそれくらいのもので、物理的耐久性能は弄られていない。


 つまり巨大な《虫喰み》が殴りつければひとたまりもない。後部座席のドアにとりついたイツキごとぐちゃぐちゃになるのは必然。あの振り上げた拳を振り下ろさせれば、イツキの保護は泥沼になる。


「そのまま行って、イツキ!」


 踏み込み、一気に十数メートルを駆けて飛びかかる。直立する《虫喰み》の喉頸に掴みかかると空中という事実を無視して投げ飛ばす。苦悶くもんにうち震えて《虫喰み》の振り回した手が牧を払い飛ばす。


 ドアが閉じる音を確かに聞いた。


 地面に擦られる最中にも関わらず手袋を外す。無数のためらい傷が露わになる───最新の傷跡から血が滲む。記憶合金のように定められた形状を目指し、瞬間的に赤黒の籠手が形成された。


 追撃せんと打ち下ろされる怪物の前肢に真っ向から籠手が激突する。《虫喰み》が第二校舎の外壁に叩きつけられ、腐食する前肢にのたうち回って絶命する。


 病でもない。


 毒でもない。


 これこそが《カース・オブ・マイン》───奥入瀬牧の抱える呪い。


「ここから先は容赦しません。───残らず殺します」


 肘までを覆う血色の籠手を構えると、《虫喰み》たちがその殺気に怯んだ。彼ら現象生命体には存在しないはずの感情であるというのに、震撼せざるを得ないほど。


 それは余りにも死に満ちていた。


 そして彼らにできたのは震撼しんかんすることだけだった。


 一陣の風が吹くが如く奥入瀬牧が《虫喰み》たちを走り抜ける。すれ違いざまに殴り、手刀で斬りつけ、ラリアットのように打ち据え、一匹につき一発ずつだけ攻撃を加えていく。


 それだけで《虫喰み》たちは悶絶し、痙攣し、泡を吹いて絶命していく。


 もはや戦闘行為ですらない。格が違いすぎて、サンドバッグと表現するのですら烏滸がましい。


 牧は体育館の屋根の上まで軽く跳躍する。生徒たちが一階の渡り廊下から直接グラウンドに避難しているのが見えた。第二校舎が下駄箱を含めて半壊したことを受けての措置だろう。


 《虫喰み》たちは避難生徒たちの方に流れつつある。イツキの存在を見失って手当たり次第餌を求めての動きか。


 放置するつもりはない。目につく端から殴り殺していけば、最後に残ったのは超大型───校舎よりも背の高い巨人の《虫喰み》だ。


 牧の表情に脅威の色はない。大きかろうと何だろうと、他の《虫喰み》と同様に殺すまで。


 ゆっくりと校庭へ闊歩かっぽする《虫喰み》に斜め後方から飛びかかる。速度と位置、完璧な奇襲で頭部を潰す───はずだった一撃はしかし空を切る。


 避けられるはずのない一撃を避けられた。気づかれていなかったはずだが、何らかの感覚器官センサーで感知していたのか? 困惑しながら見ると、ちょうど巨人の《虫喰み》の片足を切断した少年───餌木才一と目があった。


 ───こいつ(・・・)か。




◇◇◇




「───痛ぇな」


 伏人傳の口からは血が溢れ、彼の腹部にはビニール傘が真ん中まで突き刺さっている。……突き刺さっているという表現は正確ではない。ビニール傘を突き刺したならば石突側かハンドル側、どちらかは血でべっとりと汚れているはず。ところが傘はどちらも汚れていない。まさに今この瞬間に突如その場に出現したかのように、一筋の血が流れてぽたりと床に落ちたばかりだ。


 そんな不可思議な状況を作り出せる男は、傳の目前に倒れている。


 否、作り出せる男だったもの(・・・・・)と言うべきか。


 渡り廊下にうつぶせる井澤渓介の背、肝臓のあたりに《虫喰み》を素材とした短刀が突き刺さっている。それは接触部分の輪郭りんかくを融解させ、渓介に融合・侵蝕を試みていた。完全に同化しきれば、最終的に井澤渓介でも《虫喰み》でもないナニカ新しい一個体となるだろう。無論そんなことを望んでいない渓介は必死に抵抗し、自我を保つことで異物を防いでいる。浸蝕と排斥はいせきの間には均衡が生まれているが、それはつまり彼にそれ以上の抵抗の余地はないことを意味していた。


 そしてそれを黙って見ているほど傳に時間があるわけもない。


 自分の腹部に刺さっている傘を掴む。バチバチと《クラックワーク》を発動させる音がして、掴んだところで傘がぼろぼろと崩壊する。残りを反対側から一息に引き抜くと声にならない絶叫を上げて膝をつく。


 奥入瀬牧に比べるべくもない緩慢さで負傷を癒すと、H&Kを抜き放つ。


 通常弾倉のまま、井澤渓介の四肢───動脈を避けて致命傷にならない位置に銃弾を叩き込んでいく。


「がッ───」


「要らん怪我までさせられて、この上お前に使ってやるリソースはもうねえからな」


 《虫喰み》侵蝕に抵抗するだけで手一杯の渓介に銃弾を防ぐ余地はない。普通の人間のように喰らい、普通の人間のように激痛と失血が襲ってくる。脂汗が全身に浮かぶ。


 ほんの一瞬、井澤渓介の心は銃創への対処に傾いた。


 その一瞬を待っていたと言わんばかりに《虫喰み》の侵蝕が加速する。自分という存在に異物が混交こんこうするの恐怖と苦痛に、井澤渓介でなくなりつつあるものは絶叫した。


「出しゃばるからだ、バカ野郎」


 吐き捨てた傳が見上げる。視線の先、第一校舎屋上からは《クラッカーズ》の気配が複数感じられた。足下のコレ(・・)に執着したのはコレの依頼主たる《バガー》が主目的だから足がかりにしようとしただけであり、素直に通せば見逃してやったというのに。


 傳からすれば無意味につっかかってきたコレの相手をしてやったせいで、


「終わっちまったじゃねえか」

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