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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
3話「Curse Of Mine」
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Curse Of Mine 04/08

「───イツキっ!!」


 完全に停車するより先に車外に転がり出た奥入瀬牧が叫んだ。


 校舎最上階の壁がばっくり剥がれて、前門の虎、校門の狼状態のイツキがそこにいる。


 H&K USPを抜く。


 視力強化───片目だけに限定。


 射撃姿勢補助───不要オミット。そこに回すリソースが惜しい。


 意識加速───極短時間。


 消音化───弾道を覆うチューブ状に空間を断裂させ(ズラし)て対応。


 軌道演算───対象をイツキ・牧・《虫喰み》二体・銃弾のみに限定。


 切り詰めに切り詰めての同時行使。それでも、指輪のろいで衰弱した伏人傅にとっては死にそうになる重負荷だ。


 脳を針山にされたような気分を噛み殺す。


「跳べ!」


 二人とも、彼の言葉の意図を機敏に察知して動き始める。


 イツキが振り向いた瞬間に《虫喰み》は殺到している。彼が跳躍しても攻撃は空中で命中する。自由落下よりも《虫喰み》の方が速い。


 そしてそれよりも牧の方が速い。


 彼女が自由にできる《クラックワーク》のすべてを身体強化に回した。限界まで引きあげられた彼女が姿勢を低くしたのを、傳は強化視力と加速した意識の併せ技でも知覚できなかった。


 彼女の足下が爆発した。


 踏み込みの反作用で石畳が吹き飛んだのだ。普段ならば足場の耐久性を操作して破壊の痕跡が残らないよう細工しているが、そんな配慮は今はありはしない。


 音の壁を極めて強引にぶち破った牧だが、そのままイツキと接触すれば彼も今しがた通り過ぎた校舎の窓ガラスたちと同じ末路を辿る。そうならないよう手段問わずで加速を殺す。急加速と急制動で毛細血管が破裂する───関係ない、血液操作でねじ伏せて、細心の注意を払いイツキを受け止めた。


 攻め手からすれば絶好の好機。


 速度ほぼゼロの二人めがけて四方八方から迫る攻撃───それを、撃ち落とす9×19ミリのパラベラム弾。


 何の《クラックワーク》的加工も施されていないそれは、本来であれば全く害にはならないはずのものだ。事実、破壊された部位はことごとくく瞬く間に修復されている。


 瞬く間さえあれば、牧はその空域を後にできる。


「イツキ、大丈夫ですか!?」


「ああ、牧───助かった!」


 あとは着地するだけ、そう安堵したイツキはまだ甘かったことを思い知る。体育館の屋上を乗り越えて現れた超大型《虫喰み》が、蠅でも払うように無造作に手を振り抜く。


 かばわれたイツキが感じるのは風のみだ。牧が空中でぐるんと体勢を入れ替えてその身を盾にしたからだ。骨が砕け内蔵が破裂する地獄のような感覚を味わうが、抱えてるイツキに吐血などするわけにはいかないと気合いで耐える。着地してイツキを地面に下ろしたときには、すでに負傷は癒えていた。


「いいですか、イツキ」


 少年の背中を押して前に出す。


「全力で走って、まっすぐ正門まで走って、あの赤い車の後部座席に乗り込むんです」


 ゴールは体育館と第二校舎の間に垣間見えている。普段なら三十秒とかからない距離だが、三体の《虫喰み》が舌なめずりをしている。無策で突っ込めば人生の終わりまでかかってもたどり着けまい。“三十秒”と“人生の終わり”、どちらが長いかは議論の余地はあるが。


 それでも臆することはない。一人でないから、背中を押してくれた手があるから大丈夫だと思える。


「貴方の走る先は私が守ります」


 頷く。


 走る。


 走る。


 今度は、後ろを振り向く必要なんかない。




◇◇◇




「参ったな、邪魔しないでくれないかな」


 奥入瀬牧からすればこちらの台詞だと怒るだろう言葉を吐きながら、治部佳乃は給水塔の端に座って足をぶらぶらと遊ばせている。


 そのまま仕込み済みの《バグ・バグ・バグ!》を起動する。追加で創造された《虫喰み》たちが上げる禍々《まがまが》しい咆哮は、産声と呼ぶには不吉すぎた。


 《虫喰み(かれら)》に追加された命令は一つのみ。生来持っている『人間を襲って殺す』本能に加えて、『治部佳乃の命令に従う』主従契約。余裕があればもう一つ追加の命令を組み込むのだが、今回は負荷軽減のためにオミットしている。


 念話テレパシーを飛ばして各個体に命令を下していく。一体は正門に飛び込んできた自動車の破壊、残り全部はイツキを狙って儀式核を奪わせる。餌木才一の方へ増援させるのも考えるが、それには及ぶまいと───


「───危なぁ!」


 反射で給水塔から飛び降りる。間一髪、首に絡まんとする鉄鎖の回避に間にあった。


 四つん這いから立ち上がって向き直る。


 相対するは敷島励威士。


「チッ、避けんなよ」


 瓦木市でチームを組んでからの短いつきあいの中でも、特等の不機嫌顔だ。当然か、と佳乃は考える。俗にヤンキーとか半グレとか言われる部類の敷島励威士とて、再編局に属して《カース・オブ・マイン》のような連中を取り締まる側に立っている。さしずめ縄張り(テリトリー)を侵された怒りあたりかな、と分析。


 見逃してくれるとは思えない。密かに指示を出しながら、


「バレちゃったかあ。いつから?」


「話す必要あるかよ」


 有言実行、彼女が口を開く前に鉄鎖が予期できない軌道で迫る。


 たとえるなら鞭よりも蛇、励威士の意思を完璧に反映している。とはいえこれが彼固有の《クラックワーク》とすれば地味だから、捕らえられれば何か別の付加効果を受けるかもしれない。


 ……などと、考えていたら。


「あ、ヤバ」


 分析は必要だったが、それよりも回避に専念すべきだった。考えている間に目前に迫っている鎖を避けられない。


 避けられないなら防ぐしかない。だが自分の身体で受けられるほど佳乃は肉体派ではない。何かを盾にして凌ぐのがベター。


 では何を盾に?


 決まっている。


 作って作って作り続けて、目をつぶっていても作れるモノ。


 《バグ・バグ・バグ!》ではいだけ創造クリエイト。それを鎖に押しつけて自分は難を逃れる。


 屋上を転がる。飛び起きると胚がぶちりと潰されたところだった。無様でも生きていればいい、生きてさえいれば知りたいことを知れる目も、戦いならば勝ちの目も出てくるというもの。


 身を起こす。頬に鈍い痛み。


 手の甲で擦過傷を拭いながら佳乃は不敵に笑う。


「痛てて……。今のが最後のチャンスだったね」


 ほんの一瞬だけ時間を稼げればそれでよかったのだ。


 呼んでいたものが来るだけの時間。


「一対一なら───ああうん、違った。一対一じゃないから、勝ち目ないよ励威士くん」


 ぞりぞりと這いずる音も高らかに、生みの親を守るべく大型《虫喰み》たちが鎌首もたげて励威士に狙いを定めた。

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