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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
2話「ルーキー」
26/73

ルーキー 13/14

「舐めてたなア。覚醒めざめたてのルーキーだってあんなヘマしねェや」


 全盛の伏人傳ならばあの程度の《クラックワーク》にいいようにされるはずもない。発動させないし、発動したとしても破れるし、破らず即座に空間転移し直して戦線復帰してもいい。どうとでもできるはずの彼がしかし、こうして家庭用ゴミ袋をクッションにしてひっくり返っているのは、それほどまでに彼が弱体化していることを意味している。


 右人差し指に嵌っている指輪を街頭にかざす。これがある限り、伏人傳は伏人傳として不完全、不整合な存在のままだ。この指輪はそういうしゅだ。


 これまで散々っぱら試してダメだったのだ。今更抜けないか試すような真似はしない。


 別の手段を考える必要がある。


「……ま、今ここでじゃなくてもいいか。帰ろ」


 重力制御で飛翔するか、肉体強化で跳躍するか、空間操作で転移するか、時間操作で復元するか、物質創造で自動車を作って乗って帰ったっていい。劇性操作であっという間に戻るか。以前ならよりどりみどりだった選択肢も、現状では絵に描いた餅を並べるに等しい。彼はずるずるとゴミの山から這い出ると、二本の足で歩き始めた。


 呑気に夜の散歩と洒落込しゃれこみたいがそうもいかない。


 あの男に見つかれば、伏人傳に命はないのだから。


 負け犬はすごすごと犬小屋オーバードーンに逃げ帰る。




◇◇◇




 瓦木死某所に存在する廃屋。

 入口には『私有地 立入禁止』の看板がかかっているが色が落ちて判読は難しい。とはいえ複数の南京錠で施錠されているし、柵には有刺鉄線がびっちり張り巡らされているしで、看板がなくとも立ち入ろうとは思えない。


 そんな廃屋の四階。


 五人の男女が集っている。


 ドレッドロックスのバイク乗り───敷島励威士。


 瓦木市在住の高校生剣士───餌木才一。


 彼の師匠にしてチームのリーダー───加賀美条。


 そして未成年の女子二人。


 つまり、再編局の特務編成チーム、その全員である。

 奥入瀬牧との交戦後、索敵担当である杜月とげつあん───未成年女子の片割れ───の観測で、瓦木市西区に大量発生していた《虫喰み》反応のことごとくが消滅したことが確認された。親個体の死で子個体も命をつなぐことができなくなったと判断され、情報をつきあわせる目的もあり合流したのだ。


「状況はかんばしくない」


「例の《クラッカーズ》───《カース・オブ・マイン》とは接触できたんでしょ?」


 もう一人の未成年女子、治部おさべ佳乃よしのが砕けた口調で問いかける。顔合わせからこちら、年齢や性差を感じさせないフランクな態度でチームの人間関係の円滑化に一役買っている少女だ。


「彼女は《虫喰み》増加には関与していないと言っていた。頭から信じることはできないが、一考には値する」


 奥入瀬牧が親個体と激突し、その手で殺したのを男性陣は確かに見ている。彼女が飼い犬に手を噛まれただけの話かもしれないが、彼らが得ている情報から考えるとわざわざそんなことをする必要性が感じられない。反逆される危険を冒してまで《虫喰み》を使役するくらいなら、彼女は自力でどうにかするタイプの《クラッカーズ》と聞いている。


 ───そう、《虫喰み》は使役できるとされている。


 俗に《バガー》と呼ばれる《クラッカーズ》の類型は、その異能で《虫喰み》を作りだし操ることができるという。自然発生《虫喰み》ではありえないほどの被害偏差の裏には、しばしば彼ら《バガー》の暗躍が確認されているというのが再編局の認識だ。


 そして瓦木市もまた偏差の現場だった。ここ一週間の《虫喰み》の出現回数は以前と比べて明確に増加している。自然発生ならば月に一回あるかないかだったのが、今週はすでに先の触腕の《虫喰み》を含めて四体目だ。《バガー》が存在するのは間違いなく、牧の仕業かと予想していたのが、直接接触してみるとどうも雲行きが怪しくなってきたと言える。


 奥入瀬牧は《バガー》でないとすれば、一体誰が?


「別の、まだ明らかになっていない《クラッカーズ》がこの街にいる可能性……。厄介だね」


 佳乃の言葉に頷いて条が口を開く。


「情報筋によると、彼女の他にも別の“金言集きんげんしゅう”エージェントが瓦木市入りしたという話がある。敵は《カース・オブ・マイン》だけとは限らない。十分注意してくれ」


「《カース・オブ・マイン》についてはこっちで解析進めます」


「任せた、励威士。その間にぼくらで彼女の行方の捜索だ」


 つと手が挙がる。この輪の中で一番のルーキー、餌木才一だった。


「彼女の件で、報告したいことがあるんですが」


「なんだい、言ってごらん」


 餌木才一は自分に集中した視線の中、ひとつ息を吸う。


 会話を聞きながらゆっくりと整理していた思考をゆっくりと口に出していく。


「彼女が来るより前に、《虫喰み》が狙っている人物を、ちらと見まして」


「きみの方が先に現着していたのか……!」


「どんな人だったかとか見えなかった?」


「暗かったのと、《虫喰み》が強くて観察はできなかったんですけど。ただ、自分と同年代の男子だったようには見えました」


「そうか……。そっちのセンからも調べてみよう。ありがとう、才一。ただ見つけても、接触はできるだけ避けてくれ」


「何故ですか?」


「その“彼”は、《カース・オブ・マイン》にとって重要な人物なのは間違いないからね」


 牧が認識阻害の《クラックワーク》をイツキに優先して行使していた事実。


 上柄東駅で目撃された際は自分に施していた警戒心の高さ。


「素性がバレればそこから情報漏洩の恐れがある。にも関わらず“彼”を隠したということ」


「あの女にとっちゃ、そいつが儀式に必要なんだろうよ。《虫喰み》が狙ってたってのもそういうこったろ」


「つまりその“彼”を押さえちゃえば、儀式はオジャンってことかなー?」


「その可能性は高い。裏を返せば、そうならないよう彼女は死守する」


 そのときは総力戦となるだろう。


 だから気をつけてくれ、と条は締める。奥入瀬牧カース・オブ・マインとの激突に向けて、彼らは力を合わせる必要がある。敵は彼らを超えて強大で、彼らはそれでも負けられない理由がある。


 話すべきことは話し終えたとみて、リーダーである条は最後に喝を入れ直す。


「ぼくらはこの街───ひいてはこの国を守るためにここにいる。それを忘れないように」


 五人の瞳にはかけらの恐れもない。全員がそのためにここに集ったと理解する《クラッカーズ》たちだ。


「政府直轄機関・再編局。その一員として、責務を果たすんだ」




◇◇◇




 加賀美条が喝を入れてから少し後のこと。


 治部佳乃はまだ廃墟に留まっていた。暇つぶしに操作していたスマートフォンが振動する。待っていた連絡に、まだ幼さの残る顔がほころんだ。


「もしもし井澤さん? よかった、無事に来られた?」


 遠距離に行ってしまった友人と久しぶりに会うようなほがらかな声。応答するのが《逃がし屋》井澤渓介で、内容が市内のホテルに落ち着いた知らせであっても、彼と彼女の関係性を考えなければありきたりの通話だった。


 再編局が秩序と安寧を希求する国家的秘密組織であるのに対して、彼の属する“金言集”とは悪なる自由を追求する反社会的ネットワークである。


 本来ならば敵同士。


 不倶戴天の間柄のはずである。


「井澤さんにはごめんなんだけど、ちょっとだけ待ってくれない?」


 それがこうして親しげに談話を交わすということは───


「どうしても確かめたいことができちゃって……。えへへ……」


 申し訳なさげにしながら、裏切りの《バガー》治部佳乃はそう言って、わらった。

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