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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
2話「ルーキー」
24/73

ルーキー 11/14

「無事ですか。無事ですね、良かった」


「ま───」


 つい名前を呼びそうになったイツキの唇を指二本で押し止める。


 血を見て沸騰した子個体の群れ、その先陣がまたも一撃でぐちゃぐちゃになった。牧は片手間でイツキを認識できないよう《クラックワーク》。搦め手を不得意とする彼女は同時に複数対象の身元をくらますことはできない。自分かイツキか、どちらかしか隠せない状況で躊躇なくイツキを選んだのだ。


 牧が走る。一陣の風となる。


 子個体は文字通り蹴散らされ、親個体を射程に入れた牧がその拳を───


 そこに、降り立つ影二つ。


「師匠!」


 白刃が閃く。


 一太刀で子個体がまとめて二体、水平に両断されて黄血を迸らせる。才一が師匠と呼んだ男───加賀美かがみじょうの古刀は美しさすら纏っていた。その傍らで、ドレッドロックスの青年───敷島励威士がメリケンサックをめると《虫喰み》の群れの触腕を正面から打ち落としてゆく。


「よく耐えた、才一。励威士、雑魚は任せていいか?」


「勿論ス。加賀美さんも気ィつけて」


 歴戦たる励威士と条は、参戦エントリーより前に身元隠しの《クラックワーク》をかけている。仲間には適用されないそれは会話を阻まない。チームとして動くにあたって、リーダーの条が予め準備しておいたものだ。


 再編局所属の剣士二人は、自分たちと牧の間に親個体が挟まれるように足を運ぶ。同じ《クラッカーズ》とて背は預けない。


 《虫喰み》がどちらを警戒するか迷うように頭部を振ると、その顔がひとりでに裂け始めた。二股に分かれて双頭を構築する。


「まるでプラナリアだな」


 条は冷静に観察しながら触腕をカウンターで斬り落としてゆく。才一が同じことをしたとしても筋繊維の鞭に弾かれて表皮までしか届かないのを、軽々と断ち切ってしまうのは剣士としての腕前の差だけではない。何らかの《クラックワーク》が介在しているのは牧にも分かったが、今分析すべきは《虫喰み》の方だ。


 励威士はどこからともなく太い鉄鎖を取り出し、それで子個体の手頃な一匹を雁字搦めに捕らえる。そのまま振り回す───即席の連接棍モーニングスターだ。他の《虫喰み》と激突した衝撃に耐えきれずぐちゃぐちゃになると捨てて次の子個体を分銅代わりに捕獲する。手足よりも自由自在にうねる鎖は子個体を早くも半数まで減らしていた。


 白刃に押されて攻撃の比率が偏った隙をついて牧の拳。直撃したように見えても、親個体の胴体は鱗に覆われている。ただの装甲であればそれでも貫くが、これは衝撃を受けると爆ぜることで分散・軽減する、謂わば生体で再現された爆発反応装甲。環境にあわせて短時間で劇的に進化する現象生命体の面目躍如だった。


「───っ」


 このままでは埒があかない。


 アレ(・・)を使うしかない。決断する前に背後に視線を送る。


 イツキとは十分に距離が離れているし、夜の薄暗さもあればはっきりとは見えない。


 できればそれでも使いたくなかったと思いつつ、しゅるりと右手袋の留め紐をほどいた。


 左手首を握ると、その手の内から溢れ出る赤黒いナニカ。


 一呼吸する間に手首までの籠手を形成する。片手な上に完成はしていないが、長々と見せびらかすものではない。


「───《カース・オブ・マイン》」


 子個体をあらかた殲滅した励威士が籠手を睨んで吐き捨てる。その言葉を置き去りにして放たれた右ストレートは予定調和のように《虫喰み》の爆発反応装甲に突き刺さり、鱗が予定調和のように爆発する。やはり本体にはほとんどダメージが通っていない。


 だというのに、奥入瀬牧は残心をとったまま動かない。


 《虫喰み》の触腕たちが鎌首をもたげる。すべては牧に殺到する。


 才一が動こうとする。《虫喰み》と敵対する同士、ただ見過ごすのは“違う”と感じたからだ。だが一歩を踏み出す前に、隣の条が手を広げて止める。表情は険しく、視線は《虫喰み》を無視して牧に注がれている。決して『そのまま触腕に貫かれればいい』と考えているような姿ではない。心底からの警戒がそこに表れている。


 《虫喰み》の触腕は一発たりとも奥入瀬牧に命中しなかった。


 彼女が回避行動をとったわけでも、再編局のエージェントたちが何かしたわけでもない。《虫喰み》の攻撃が勝手に外れたのだ。


 双頭が困惑するように自らの触腕を見る。


 その触腕は震えていた。


 《虫喰み》の二つの口、その両方からどろりと黄血が垂れる。


 蛇口を全開にしたように溢れて止まらない。ホースがのたくるように体液をぶちまけながら、双頭が、胴体が、触腕のどれもが───


 どう、と《虫喰み》が倒れ伏し、アスファルトに広がっていく液体以外に動いているものはなかった。




 ───絶命している。

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