ルーキー 06/14
餌木才一は困惑している。
瓦木市在住の十七歳。彼は自転車で十分の市立高校に通う男子高校生である。部活は剣道部。
それだけならば普通の高校生だ。けれど彼は、特別な存在だった。
《クラッカーズ》になって三ヶ月。求めていたわけでもないのに目覚めてしまった異能に困惑していた彼は、しかし正しく“師匠”と呼べる人物と出会えた点で幸運だったのだろう。力を持つ者はその力を正しく扱わねばならないと師匠は言い、才一はそれに共感した。彼は師匠と共に一つの事件を解決し、そして導かれるままに師匠の組織に属することとなった。
今日こうして捜し物をしているのも、その一環である。
数日前、師匠から連絡が入ったのだ。
曰く瓦木市に敵がやってくる。師匠はそれに対応するために組織のエージェントを選りすぐってチームを編成し、瓦木市入りして敵の目論見をくじかねばならない。ついては瓦木市に土地勘のある才一にもチームに加わってもらいたい。
才一は燃えた。瓦木市に思い入れがあるつもりはなかったが、いざ街の危機となれば本心が出るものだ。生まれ育った街のために戦えることに、彼は武者震いすらした。
翌日にはチームが現地入りし、顔合わせも恙なく済んだ。幼少より武道に打ち込んできた才一は目上の者への礼儀作法をたたき込まれていたのが功を奏したのだ。
うまく回っていたのはそこまでだった。
チームが始動して数日後の今日の正午、瓦木市内の駅前のロータリーで爆発事故が発生。死者一名、重軽傷者多数。チームの解析担当によると、事故原因は《虫喰み》と推察される。
敵の仕業だ。
───止めるべきだった。止めなければならなかった。
チーム全員で手を尽くして探しても元凶《敵》の行方は杳として知れず、宵闇が町を覆い始めたころ、ある歩道橋の付近で一体の《虫喰み》反応が観測されたのみ。現場では完全に破壊された《虫喰み》が発見されたが、破壊した何者かについてはさっぱり不明。
事態は彼らに斟酌することなく混迷を極めんとしていく。
瓦木市西区全域に、無数の《虫喰み》反応を検知。その数、二十以上。
連絡はチームのメンバーからだ。師匠は全員の出動を命じ、才一にも最寄りの反応地点に急行するよう告げた。才一は一も二もなく駆けつける。当然だ。《虫喰み》は人類の敵、撃滅すべき怪物に他ならない。放置すればした分だけ犠牲者が増え続けるのだから、一分一秒でも早く。
けれど現着した才一が見たものは、ビルの壁面にへばりついて何かを探すようなそぶりを見せるばかりの《虫喰み》だった。眼下の街並みには通行人がいるというのに、才一の知る限りの《虫喰み》ならば嬉々として襲いかかり食い散らかすのが当然なのに、そうしていない。
得体は知れないが不幸中の幸いと割り切るしかない。そう判断して彼が抜刀したのが五分前。
そして現在、才一は荒い息を抑えられないままビルの屋上に座り込んでいた。
「はァッ、はァッ、はッ、は……!」
敵から認識されないようステルスの《クラックワーク》を施して、強化した身体能力で突っ込んで一刀両断。それで片付けられるはずだったのに、《虫喰み》が身体の周囲に揺らめかせていた触腕に接触したことで存在が露見し、奇襲に失敗したのがケチの付き始めだった。そこから先は泥仕合で、迫る触腕を斬って斬って斬りまくってもう限界だと思った瞬間に敵が倒れた。
こんな敵があと二十体以上いるというのか。
酸欠と《クラックワーク》の負荷でなしに、目の前が薄ら暗くなる。とても現実の出来事とは思えない絶望感が押し寄せてくる。
けれど立ち止まるわけにはいかない。彼の師匠は持てる者の義務を説き、彼はそれに共感したのだから。
「杜月さん、終わりました……。次はどこですか」
「それが───」
索敵担当の、通信機越しの声は揺れていた。
最終的に二十二を数えられていた《虫喰み》反応は、才一が交戦している五分の間に、その殆どが消失していたのだ。
《虫喰み》と交戦している何者かが存在するのは分かっていることだった。だが、才一が一体なんとか撃破している間に、───それは、どれほどの力なのか。
餌木才一は困惑している。
「くそっ、蚊帳の外かよ、俺は───!!」
力に目覚めたてのルーキーの出る幕ではないと言外に宣告されているようで、才一は不甲斐なさに強く歯噛みした。