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Crackers:How to go  作者: 吉田一味
2話「ルーキー」
17/73

ルーキー 04/14

 表情のゆらぎはすぐに消え去り、無表情に戻った牧は次の話題に移ろうとする。イツキは慌てて、


「待ってくれ、質問がある」


 今度は牧が無言で続きを促す番だった。


「記憶……ええと、記憶削除だったか」


「抹消な」


「そう、それ。あれはつまり、《クラックワーク》で俺の記憶を消してしまおうって話だったのか」


「それは……そうですね。直接の目撃者でもなければ信じる者は多くありませんが、拡散の芽はつみ取っておきたいので」


「申し訳なさそうな顔してるけど、ポーズだからな。どうせさんざんっぱら消してんだから」


 どちらの言葉も真実なのだろうと思った。《クラッカーズ》は自衛のために痕跡を消す必要があるのだろうし、彼女はそれが良くないことと認識している。きっと罪悪感もあるのだろう。それでも隠す必要がある能力だということは、イツキにも理解できた。


 その気になればいくらでも悪用できる異能だ。


 ……今、こうして二人が懇切丁寧こんせつていねいに説明してくれているのが、『どうせ最後は全部忘れさせるから』という理由でないことをひっそりと祈る。


 質問はもう一つ。


「俺はさっき……心臓を貫かれたのに、こうして生きている。あれも《クラックワーク》なのか?」


 牧の表情に苦みが走った。


 歩道橋から墜落しながらのキスの話だと理解して、まず彼女が感じるのが照れや何やではなく、その話題にならなければよかったのにという本音。


 彼女は答えあぐねて、口を開きはしたが何も言えない。そこに割り込む声。


「違ェな」


 まだ右目を押さえている傳だ。


 余計な差し出口をするなとにらまれてもどこふく風、


「狙われたのはイツキなんだろ? 話してやれよ」


「では黙っていてください、私が話しますから!」


「必死だね。そんなに大事か」


 彼女は問いに答えない。その顔には当然だと書いてあった。


 牧は彼女らしからぬ感情のたかぶりを抑えるためふーっと息を吐く。


「……まず、貴方の心臓を治したのは“核”と呼ばれる代物です。私が持っていましたが、あのとき……貴方に受け渡しました」


「コアとかそういう意味の核だよな?」


「ええ。魔術の核になります」


「───魔術?」


 急にオカルトなワードが飛び出してきて会話が交通事故を起こした。


 いや待て、落ち着け、イツキ。さっきから話していた内容も《クラックワーク》という名前でラベリングしただけでよく考えれば超能力だ。ならば魔術が実在してもおかしくはない。


 よし聞こう。きっと魔術についても《クラックワーク》のように説明があるはずだ。ならばきっと聞けば概略がいりゃくくらいは掴めるはずだ。


「魔術の儀式の核が貴方の命を救いました」


「魔術って何だ?」


「……ごめんなさい。私はその分野については詳しくないのです。そういう、《クラックワーク》よりも融通ゆうづうの効かない現象があるとしか……」


「よくそれで大口おおぐち叩けたな!」


 伏人傳の沈黙は三十秒と保たなかった。しかし今回ばかりはイツキも同感だ。自分の命を繋いだ現象についてくらい理解できる説明を求めてもいいはずだ。先端医療とて名前だけで説明終わりということはあるまい。


「変われ、俺が説明する」


「できるのですか」


「お前、俺を何だと思ってんだ」


「……テロリスト?」


「本職は魔術師だよ俺は!」


 住居不法侵入者じゃなかったのかと思ったイツキは、それが犯罪であって職業ではないと気づかない。


「余計なことは言わねえよ。魔術についてだけ説明すっから、オメーも聞いとけド素人」


 牧はぐうの音もなく、すごすごとイツキの横に座って生徒その二となった。


 さて、と前置き。


「ここにゴムボールがある。何の変哲もない、種も仕掛けもない」


 手品マジックの前口上のようなことを言いながら、傳はデスクの上から軟式テニスで使うようなボールを手にとる。


「これを空中の一点にピタリ固定したいと思ったら、《クラックワーク》なら『不可視ふかしの糸で吊す』『不可視の台座に置く』『重力に釣り合う逆方向の力を加えて相殺する』『ボールの時間を止める』などのアイデアが出てくる。どれも新しい描写を付け加える方向性だな」


 ぽーん、ぽーんと発話の間もボールは上下を繰り返す。


ひるがえって魔術は、この世界の穴をつく。───この世界には重力っつールールがある」


 あらゆるモノは常により大きく重いモノに引かれている。運動エネルギーを加えられ宙に浮かぶゴムボールとて例外ではなく、地球に向けて落ち続けている。


 だが、と続けながら、青年《傅》はゴムボールを人差し指の上で綺麗に回転させ始める。


「この世界には『ジャスト八十九回転で停止した物体は重力を無効化する』って抜け穴がある」


「何言ってんだ、あるわけないだろ」


「あるんだよ。確かめたことないだろ。誰も知らないから確かめないだけで、世界にはそういう“偶然以外では知り得ない例外処理イースターエッグ”が無数に埋まってる」


 超高速で回転していたゴムボールを掴んで止める。


 手を離しても、ボールはその位置から動かなかった。


 それはまさしく語源通りの秘されたもの(オカルト)。カエルやトカゲやコウモリを粉末にしてまき散らし、謎めいた魔法陣まほうじんを描いて、奇天烈きてれつな格好をして、意味不明な呪文を唱えるのは、世界に定められた状況を整えるため。古くは人工的に人間を造るにあたって、精液を元にあれやこれや弄くりまわして加工する秘技が用いられたという。果たしてそれが成功するかは確かめなければ分からない。知っている者にしか分からないやり方、狂的にも見える条件を満たし、複雑な工程を経て、常識の抜け穴をつくすべ───それが魔術。


「《クラックワーク》は世界を変えるが、魔術は世界の知られざる法則に乗っかるだけだ」


 だから中には魔術と知られないまま行使される魔術も存在する。それもまた、《クラッカーズ》と違う点だった。

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