ルーキー 03/14
傳が手を突き出す。
指折り、四本。
「異能の行使に必要なものは四つ。命題・権限・想像・演算」
人差し指。
「命題は先の例で言うところの『煙草が吸いたい』っつー想念、願望だな。世界を書き換える理由と言い換えてもいい。ライターがあるならそっちで済ませればいいことを、あえて《クラックワーク》するのは馬鹿げてる」
「……いつまで煙草の譬え使うんだよ」
「そもそも、未成年の前では禁煙すべきですよ」
初対面のとき同様、未成年の喫煙には───受動喫煙も含めて───妙に厳しい牧からの横槍。まさかそんな指摘をされると思わなかったのか傳が面食らっている間に距離を詰めると、彼が咥えている煙草を指で弾いて飛ばす。キャッチして開いた掌には煙すら跡形もなく消え失せていた。
「……まだちょびっとだったのに。まあいいか、えぇと何だっけ」
「《クラックワーク》の四要素の話です。次は権限」
「ああ、そうそうそれそれ」
「権限───素質と呼ぶこともありますが、これがなければ《クラックワーク》は使えません」
「えっお前話引き継ぐの?」
「権限は“ある”か“ない”かのゼロイチです。後天性なのか先天性なのか、何らかの発現条件があるのか等は未だ解明されていません」
「牧? 牧さん?」
「俺にはあるのか、その、権限は」
あれば儲けものくらいのつもりの質問だったのだが、自分で思っていたより食いついていたらしい。牧の申し訳なさそうな表情が鏡となって、イツキは自分の切実さを感じ取った。
「……その質問をするということは、ない、ということです。《クラッカーズ》という呼称を知らないことこそあれ、能力に無自覚であることは殆どありません」
「……そうか」
「気落ちすんなよ。そのうち目醒めるかも知れんぜ? 知らんけど」
無責任な言葉に二人揃って眉間にしわをよせる。知らないなら黙っていろ。
「……三番目は想像。これは言葉通り、『どのように世界を書き換えるか』の具体的イメージです。ライターを知らない人間にライターを創れないように、知らないこと、思いつかないことは叶いません。《クラッカーズ》にできないと思っていることも同様に」
「その関係で、誰かに《クラックワーク》権限を与えることはできない。どうすれば覚醒するか、誰もその条件を知らないからだ」
「四番目、最後は演算。これがある意味最も重要な部分で、想像した《クラックワーク》をどのように実行するかが該当します」
「どのように……とは?」
「煙草の例だと敵がいないので、私の右腕を例にしましょう。あの腕は切断されたものですが、私が《クラックワーク》であれを繋げようとしたとして」
牧は両手に何かを持ち、合わせようとするジェスチャーをしてみせた。合わせようとした何かは阻まれているようで、ジョイントにうまく嵌らないように動いている。
「切断した敵が、切断面に『接合できない』という改変を施している可能性があります」
「それはその……敵の《クラックワーク》か」
「はい。その場合、私は『接合できない《クラックワーク》を突破して接合する』という《クラックワーク》を実行します」
「それって、敵も同じことをしてくるんじゃ?」
「はい」
まさかそんなことはあるまいと、否定されるつもりで投げかけた質問にあっさりと肯定が返ってくる。
「ですから場合によっては、『接合させない《クラックワーク》を回避して接合する《クラックワーク》を封じる《クラックワーク》を破壊して接合する』という繰り返しもあり得ます。……これは極端な例ですが」
それは際限のないいたちごっこ、子供の遊びの如き言ったもの勝ちだ。ぜったい倒すビームを防ぐバリアを破壊できるビームすら無効化できるバリア……というやりとりは公園で見れば微笑ましいが、それを命懸けでやられればひきつり笑いすら浮かばない。
「面倒だろ? 簡単じゃねえんだぜ、世界を書き換えるってのは」
「……ホントにそんなことしてんのか?」
「お?」
イツキは向き直る。率直な疑問だった。
「さっき、牧と怪物の戦いは本当に一瞬の出来事だった。あの一瞬に、いくら《クラッカーズ》とはいえそんな一々考えながら《クラックワーク》して戦えるとは、悪いけど思えない」
何かカラクリがあるはずだ。そう信じたかった。
イツキには《クラックワーク》権限があってもそんなことはできない。であるならば、本物の《クラッカーズ》も実際はそこまで考えてはいないはずだと思わなければやってられなかった。脳みそで走らせる思考のレベルから別物の化物だとすれば、恐れないことは難しかった。
果たして。
「……バレたか」
「時間的余裕があれば、慎重かつ入念な演算を行いますが」
牧が右拳を左掌に打ちつける。
次の瞬間、風切り音とともに彼女は構えをとっている。練達の武道家でも不可能な速度。人体が科学的に不可能な瞬発力を発揮したのは、奥入瀬牧が得意とする肉体強化の《クラックワーク》があっての奇跡だ。
「戦闘中はそういう煩雑な処理は行いません。ですから、慣れたものを使うことが多いのは事実です」
「って言うと……」
「私ならば、反射神経や衝撃耐性などの肉体性能の強化、物理破壊力の増減、あとはちょっとした軽度の念動……といったところです」
「脳筋だろ」
ストレートな揶揄にはシンプルな反撃を。牧が空中をデコピンのように指で弾くと、念動力で固められ弾かれた空気が傳の右目を直撃した。
悲痛な叫びを環境音であるかのように無視して、彼女は話を続ける。
「《クラッカーズ》については、多少なり理解できましたか」
「あっ、ああ。イメージだけは、できた」
「そうですか」
そのとき、奥入瀬牧を去来した感情が何なのか、イツキには分からなかった。