36話 赤裸々
「リューイ、僕が悪かった。実は、彼女を洗脳していたんだ……」
「せ、洗脳だって……?」
かつて俺を追放したパーティーリーダー、魔術師のウォーレンがそう申し訳なさそうに切り出したことで、周囲が俄かにざわめき始める。もう俺たちの四方は野次馬たちでほぼ埋め尽くされてしまってる状況だ。
「あぁ、そうだ、洗脳さ。君たちの仲があまりに良かったから嫉妬して、つい魔が差しちゃってね……。それで惚れ薬をレビーナに作ってもらったんだけど、一時的なものですぐ元に戻ってしまったんだよ……くっ、僕の純粋な片思いだったとはいえ、とんでもないことをやらかしたんだって、今更かもしれないけど凄く反省してる……」
「……本当なの、リューイ。ウォーレンの言う通り、私なんにも覚えてなくて……」
「……」
なるほど、洗脳したことにして、本物のアリーシャを返す素振りをして俺に詫びを入れ、それで許してもらおうってことか。まあどうせ腹黒いこいつらのことだから、俺のおかげでボスを早く倒せたことがわかったからパーティーに呼び戻そうって魂胆だろうな。
「洗脳が解けてウォーレンから話を聞いたときね、私、彼のこと本当に憎んだんだよ。でも、私たち幼馴染だし、そこまで好きだったならしょうがないって、許してあげたの。だから、リューイも彼の切ない気持ちをわかってあげて。お願い……ひっく……」
アリーシャのやつ、うずくまってわざとらしい涙まで浮かべて必死だな。お、ほかのメンバーまでひざまずき始めた。何考えてんだか。
「頼むよ、リューイ……あたしはさ、確かにあんたに色々口うるさく言ったかもしれないけどね、それはあんたのためを思ってのことなんだよ」
「そうそう。なあ、リューイ、俺たちいい大人だろ? 追放されて悔しかったのはわかるけどよ、もう子供じゃねえんだし、いつまでも過去のみみっちいことにこだわるよりも、建設的な未来思考で語り合うべきなんじゃねえの?」
「カイルさんの仰る通りです、リューイさん。私だって悔しい思いは沢山してきましたよ。けど、それで相手をいちいち恨んでたらきりがないでしょう。誰か親しい人を殺されたとかならともかく、追放されたからっていつまでも根に持って恨み続けるのは……正直、子供染みてると思います」
「……」
盗人猛々しいとはこのことだな。やつらの主張に対してはシグたちもそうだが、今にも前に出そうになっていたルディさえもすっかり呆れ果ててしまって声も出ない様子。ん、周りにいる野次馬たちがヒソヒソと何か言い合ってるな。なんだ……?
「おいらよく知らないけどさあ、彼らを許してやるべきじゃないかな?」
「そうね。追放っていっても人を殺したわけじゃないんだし」
「しかも幼馴染同士でしょ? 仲直りするべきよ」
「うむ、嫉妬は人を狂わせるものだ……」
金でサクラでも用意していたのか、ウォーレンたちに同情するような声が野次馬たちの一部から次々と上がり始めた。これで相手を許さない場合、こっちが悪者にされてしまう格好ってわけだ。用意周到だな……。
「わかった、許そう。俺は今からそっちのパーティーに戻るよ」
俺の言葉に、敵も味方も色めき立つのがわかる。
「リュ、リューイ氏!?」
「リューイさん? どうして!? サラ嫌だよう、行かないでっ!」
「リューイさん、行っちゃダメですうう!」
「ダ、ダメだ、リューイさん、おでを置いていくなんて……」
「嫌よ嫌よ嫌よ! リューイ様どうして!?」
「これはきっと罠です。なのでおやめください! ご主人様ぁっ!」
「……もう決めたんだ。済まない……」
俺のあきらめたような言葉に、周囲から怒号やら歓声やら溜息やら、様々な感情を乗せた声がこれでもかとぶつかってきた。
「リューイ、よかったあ。私たちのこと信じてくれて……。さ、本当の居場所へ帰ろっ?」
「よく決心してくれた。君は今日から僕に代わって、『ボスキラー』の新たなるリーダーだ!」
「リューイ、あなたの復帰を心から歓迎するわよ」
「かー、器が広くて見直したわ。新たなリーダー、よろしく頼むぜっ!」
「おかえりなさい、リューイさん。私は補欠として陰から見守らせてもらいますね」
「ただし、条件がある」
「「「「「えっ……?」」」」」
「俺としても、一度追放されたパーティーに戻るのは抵抗があるからな。それで本音を知りたくて絶対に嘘をつけなくなる薬を開発したんだが、これをアリーシャに飲んでほしい」
この薬は元々、レアアイテム等の重要な取引をする際に相手側に飲ませるつもりで作っていたものだが、まさかこんなときに役立つとはな。
「ちょ、ちょっと、リューイ? 私が嘘なんてつくわけない。酷いよっ……」
「じゃあ飲んでも大丈夫だろ?」
「え、えっと、今お腹の具合が悪くって――ひゃうっ!?」
俺は有無を言わさず、逃げようとするアリーシャに『アンチライアーボトル』を投げた。飲ませなくてもこれで充分だからだ。
「ひ、酷いよ。私、嘘なんてつくつもりなのに……あれっ!?」
はっとした顔で口を押えるアリーシャ。もう絶対に口を開かないつもりだろうが、無駄だ。
「アリーシャ、お前は何をしにここへ来たんだ?」
「え、えっと……」
俺の問いに、アリーシャは信じられないといった様子でおのずと口から手を外し、喋り始めた。それもそのはずで、この薬は嘘をつこうとすればするほど、口を閉ざそうとすればするほど雄弁に語り始める作用を持つ。
「私は、リューイを騙すためにここへ来たのっ!」
やっぱりなあ。アリーシャの叫びで周囲のどよめきが一層加速するが、それでも掻き消されるか不安にならないくらいの声量だ。ウォーレンたちがさすがに焦ったのかこっちに来ようとしたが、全て察したのかシグたちが壁になってくれた。グッジョブだ。
「それで、何をするつもりだったんだ? 正直に話してくれ」
「はいっ! まず洗脳されたと嘘をついてリューイを新リーダーとして迎え入れたあとね、ボスを倒す劇薬の作り方をみんなで煽てて聞き出したら、用済みとして毒を飲ませて始末するつもりだったのっ!」
「はあ……」
とんでもないことを叫ぶアリーシャの目は真っ赤で悪魔のようだった。
「――お、おいっ、そこをどいてくれ!」
ウォーレンの悲壮な声がして見ると、メンバーのありがたい演説の影響か、冒険者の中でも特に怖そうな連中に取り囲まれていた。
「ふざけやがって、お前ら人間じゃねえよ」
「そうだそうだ! 何が『ボスキラー』だ!」
「んだなあ。お前らのほうが人間に狩られる側で、それもボスっていうほど強くねえから『モンスター』でいいよなあ?」
「へへっ。『モンスター』なら何をやってもいいよなあ?」
「バ、バカかっ! 塔の中で僕たちに手を出したところでペナルティを受けるだけだぞっ!?」
「へっ。乱暴するとは言ってねえよ。ただ、盛大に恥をかいてもらうだけだ」
「「「「へ……?」」」」
呆けた様子のウォーレンたちの前で、ヤバそうな連中が顔を見合わせてニヤリと笑った。これは、ある意味ボコられるより辛い目に遭いそうだな……。
「ほら、おめえもこっちだっ!」
「あ、いやっ! 放してっ! 助けて、リューイッ……!」
アリーシャも悪意の渦の中に引き摺り込まれていく。彼女にしては珍しく正直な気持ちだったのか、随分と声が小さめだったなあ。
「「「「「――どっ……!」」」」」
やがてウォーレンたちは衣服を全て剥ぎ取られ、なんとも惨めな姿で大勢の冒険者の前に晒されることとなった……。




