第二話 麗しきユリーシャ女王による腕試しの試練(その4)
「わかりました。では、是非お願いいたします」
「よくぞ引き受けて下さいました。リオン君の勇気に敬意を表します。では、腕試しをはじめます。〈封印の壺〉のモンスターを解放してください」
機人宰相の命令を受けて、女神戦姫が古風な壺の白い蓋を開いた。途端にモワモワ~ッと白い煙が噴き出し、巨大な影が謁見の間に現れた。
獰猛で勇ましい爬虫類の顔立ち、鋭い爪を持った太い四肢、丸太のような立派なシッポ、そして、真紅の艶に光るウロコが、巨大な体躯を覆っていた。
何と〈封印の壺〉に封じられていたのは、ドラゴンの成獣だったのだ。しかも、気性の荒さで有名な火焔の赤竜レッドドラゴンである。
真紅の目に獰猛な光を宿し、口や鼻の穴から、チラチラと赤い炎を噴き出している。
その重量感のある巨体は、見る者に畏怖の心を抱かせる。数十人の戦士が一斉にかかっても、とても敵う相手ではない。まさしく、幻獣の王と名乗るに相応しい威容である。
ただ、特別な個体なのか、空を悠々と翔けるための翼が背中に付いていなかった。
「さて、リオン君、腕試しのはじまりです。どのような手段を取っていただいても、構いません。そのレッドドラゴンに、何とか対処してください」
クオォォォォォッン!
レッドドラゴンは猛々しい咆哮を上げると、ゆっくりと大きな顎を開いた。そして、次の瞬間、真紅に煌めく爆炎の奔流を吐き出した。
リオンは咄嗟に疾風の如き身のこなしで距離を取り、超高熱の吐息をかわした。
「まさか、壷の中にレッドドラゴンの成獣が封じられていたなんて……」
リオンは真紅の巨竜の姿を間近にして、驚きに目を見張った。しかし、その表情は優秀な魔法学院生らしく落ち着いている。
魔法師のタマゴとして、持てる知識と精霊魔法を駆使して対処するだけだ。
「リオン君、怖くなったら、いつでも降伏してくださいね。腕試しは不合格となりますけれど、怪我をするよりはいいですからね」
横合いから、ユリーシャ女王が優しい口調で補足した。しかし、その言葉は、レッドドラゴンの重々しい足音で掻き消されてしまった。
真紅の巨竜は、魔法学院生の少年に向かってドドドドドッ!と突進し、前足の鋭い爪で襲いかかってきた。凶悪な鉤爪がブゥゥゥンッ!と風を切って目の前に迫ってくる。
リオンは軽快な動作で横にステップしつつ、魔法ワンドの先端で魔法陣を描き出し、防御魔法の〈風神の盾〉を発動させた。
詠唱を省略した高速魔法を使用したのだ。
杖の先端に、風の精霊力のシールドが展開し、ドラゴンの鈎爪を跳ね返した。レッドドラゴンは姿勢を崩したものの、今度は四肢を踏ん張って、巨大なシッポを叩きつけてきた。
丸太のような超重量のドラゴンテイルの一撃が風を巻いて迫ってくる。リオンは後方に高くジャンプし、宙返りしてかわした。
ゴオォォォォォンッ!
着地した途端、レッドドラゴンが猛烈な爆炎のブレスを噴きつけてくる。
その瞬間、魔法ワンドが美しい弧を描き、真紅の炎を薙ぎ払った。爆炎のブレスが杖の先端に宿る〈風神の盾〉に触れて、両側に拡散したのだ。
「おおっ! 何という見事な魔法さばきだ!」
「詠唱なしの高速魔法で、あれだけ強固な防御シールドを展開するとは……」
「あの魔法ワンドの霊晶石の輝きも素晴らしい。本当に魔法学院生なのか?」
謁見の間にいる人々から、驚嘆と称賛の声が次々と上がっていた。
リオンは少し距離を取ると、魔法ワンドを突き付け、正面から焔の赤竜と対峙した。
魔法技師が丹精込めて作った杖のうち、高性能なモノには銘が存在する。
リオンの魔法ワンドの銘は〈風の守護者〉。風タイプの精霊魔法に適性がある。
レッドドラゴンは立て続けに攻撃をかわされたからか、不機嫌そうに鼻を鳴らした。真紅の瞳を窄めて、魔法学院生の少年をにらみつけている。
一方、リオンは落ち着いた様子で、眼前の幻獣の王を冷静に観察していた。
ドラゴンの成獣は確かに恐怖の象徴である。しかし、リオンの目には、恐怖の色や焦りの様子はなかった。この状況に違和感を抱いていたからである。
〈封印の壺〉は非常に希少かつ強力な魔法のアイテムとして有名だけれど、成獣のドラゴンを封印したという事例は、さすがに聞いたことがない。
謁見の間でレッドドラゴンを解放したのも変だ。封印の呪文を使用して、いつでも〈封印の壺〉に戻せるとはいえ、危険過ぎるのではないだろうか。
また、謁見の間にいる人々の様子が落ち着いているのも不思議である。
彼らはリオンと真紅の巨竜の対決を注視しているけれど、幻獣の王たるドラゴンへの恐怖は全く抱いていないようなのだ。
(幾ら封印タイプの魔法の縛りがあるといっても、何かのキッカケで魔法の呪縛が解けてドラゴンが暴走したら、大変な事態になるのに……きっと何か事情があるんだろうね……)
魔法学院生の少年は冷静に観察しつつ、レッドドラゴンの爆炎のブレスや凶悪な鉤爪、そして、重厚かつ大威力のシッポの一撃をかわし続けた。