第二話 麗しきユリーシャ女王による腕試しの試練(その3)
ユリーシャ女王は二人の姫君の発言に頷きつつ、温かい微笑を浮かべて言った。
「……確かに魔法を探究する魔法師らしい知的な目をしていますし、ルヴィニアの愛弟子という事実は間違いないようですね。それはともかくセイランが戻るまでの短い間となりますが、よろしくお願いしますね。いま何かあるというわけではありませんが、やはり、魔法師の方がいてくれた方が何かと心強いというものです」
「はい、心得ております。修行中の学院生ですが、しっかり務めさせていただきます」
「ええ、頼りにしていますよ。では、セイランの使っている宮廷魔法師の執務室の鍵を渡しますから、よろしくお願いしますね」
「かしこまりました」
リオンは臣下の礼に則って膝を付くと、恭しい仕草で頭を下げた。
宮殿に務める宮廷魔法師は、天空に瞬く星々の位置から天候の異変を察知したり、重要な国家の記録に魔法の封印を施したり、宝物庫の魔法のアイテムを鑑定したりと、魔法の技術と知識を活かして、国政を補佐するのが務めである。
また、国政の方針を審議する王宮会議においては国王の左隣に座り、審議事項について魔法師の見地から意見を述べることになっている。
とにかく、宮廷魔法師はとても偉い存在なのだ。
ふと、玉座の隣に直立していた魔法機械人の宰相がソッと玉座に近寄った。そして、何やらひと言ユリーシャ女王に耳打ちした。
機人宰相ゼフィランサスは女神王国の政務を取り仕切る魔法機械人である。魔法機械人とは、超高度な魔法技術によって生み出された人型の魔法ゴーレムだ。この機人宰相は古代魔法文明の大賢者が製作した最高クラスの魔法機械人と言われている。
しなやかな長身の背丈に高位の大臣職の衣装をまとったこの機人宰相は、美青年風の容姿とユーモラスな知性の持ち主だった。魔法機械人の知性と見識を存分に発揮し、女王の右腕として内政・外交・軍事の全てに渡って敏腕を振るっているのだ。
機人宰相の耳打ちを受けたユリーシャ女王は愉しそうに微笑すると、小さく頷いた。
女王の了承を得て、機人宰相は畏まっているリオンに向かって、話しはじめた。
「リオン君、この国の宰相を務める魔法機械人のゼフィランサスと申します。以後お見知りおきを。早速ですが、リオン殿にひとつ提案があるのです。実は、ルヴィニア学院長から臨時代理を務めるのが魔法学院生と伺いまして、王宮内で少し不安に思う声が上がっていました。無論、ルヴィニア学院長の人選を疑うわけではありません。ただ、もしよろしければ、少し魔法師としての腕を試したいと思うのですが、いかがでしょうか」
「はあ、腕試しでございますか? それはいったい
どのような?」
リオンが訝しげに尋ねると、機人宰相は軽く手を叩いた。合図を受けて、謁見の間の奥からひとりの女神戦姫が参上した。
彼女は手に持っている古風な壺を玉座とリオンの中間辺りに置いた。
難解な象形文字のような精霊文字がびっしりと刻印されている不思議な風情の壺だった。
「さて、そこに置いたのは〈封印の壺〉と呼ばれるモンスターを封じることのできる魔法のアイテムです。中には強力なモンスターが封じられています」
「なるほど、〈封印の壺〉ですか……それで腕試しとはどのような?」
リオンは質問しつつ、意識を研ぎ澄ませて壷の周囲の精霊力を探知した。
すると、目の前の古風な壺から精霊力が息吹のように噴き出しているのを感じ取ることができた。確かに、この壺は強力な魔法のアイテムのようだ。
「腕試しとはリオン殿がこの〈封印の壺〉の中のモンスターに対処できるか、というものです」
「わかりました。そのモンスターとは一体どのような魔物なのでしょうか?」
「それは腕試しを受けると決めた後にご説明します。もし、この腕試しに合格したら、我々は誰もリオン殿の腕前に不安を思うことはないでしょう。また、臨時代理の報酬についても増額したいと思います。いかがでしょうか?」
機人宰相ゼフィランサスは虹色の瞳を小さく細め、試すような眼差しになって、魔法学院生の少年の反応を見つめた。
凛々しく知的な面立ちや優しく静かな美声は政務を司る宰相というより、劇団の人気俳優の方が似合っている。この機人宰相は女神王国に多数の女性ファンがいる有名人でもあった。
突然の腕試しの提案には面食らったけれど、修行中の魔法学院生を宮廷魔法師の臨時代理として迎えるのだから有り得る話だとリオンは納得した。
しかも、自分の見た目は魔法学院生の法衣を装着しているものの、十歳程度の子供ソノモノである。
(むしろ、この腕試しは王宮の皆さんにボクの精霊魔法の力を披露する良い機会かもしれない。報酬の増額の方はあんまり興味ないけど、研究資金に充てられるのは嬉しいし……)
リオンは短く思考しつつ、周りの雰囲気を観察した。ゼフィランサスは提案という形を取っているけれど、謁見の間の人々は興味津々で少年に向かって期待の眼差しが注がれている。
どうやら、断るのは難しい雰囲気である。
〈封印の壺〉の中のモンスターがどれだけ危険なのかは不明だ。しかし、少し不安に思ったものの、リオンは腕試しを承諾することにした。