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第一話 魔法学院生の少年、セントラム王国の宮廷魔法師臨時代理へ(その3)

 突然、開いた窓から一羽のハヤブサに似た鳥がふわりと翼を広げてやってきた。

 白と金色の羽を持つ不思議な姿の鳥だった。うっすらとした光をまとっている。このハヤブサに似た姿の鳥は雷の霊鳥サンダーバードだった。


 雷の霊鳥は窓枠の上に止まって、甲高い鳴き声を上げた。ところが、魔法学院生の少年はしょぼくれた顔のまま水晶球の破片を拾い集めている。


 実験失敗のショックで心が虚ろになっているのだ。返事がないので、雷の霊鳥サンダーバードはちょっと怒って、少年の頭をクチバシで突ついた。


「ウッ! 痛いじゃないか、バトリー! 何するんだよ!」


「学院長がお呼び。すぐにくる、早くくる」


「えっ? ルヴィニア先生がボクを呼んでいるの? でも、どうして?」


「お呼び、お呼び。早くくる、すぐにくる」


 雷の霊鳥バトリーはリオンの頭を何度も突ついて急かした。実は、この雷の霊鳥はルヴィニア学院長の使い魔なのだ。

 主に伝令役を務めている。霊鳥なので人間並みの賢い頭脳を持っているけれど、会話は片言が多く、さらに性格はややひねくれている感じだ。


「わかったよ。すぐに行くよ。それにしても、どうして呼んでいるんだろう?」


 ルヴィニア学院長は役職の名前が示すとおり、魔法学院の最高責任者である。

 パドル魔法学院の運営に関わる事務や先生たちをまとめる大事な役割を担っている。

 とても忙しいので愛弟子であっても、よほどの事情がないと話をする機会はない。


 与えられた課題の期限はまだまだ先である。

 この時期に呼び出される心当たりはないため、リオンは頭をひねった。

 魔法学院生の少年はバトリーと一緒に学院長の執務室までやってきた。分厚い樫の木の扉に白フクロウの形をしたノッカーがついている。

 リオンはそのノッカーを手に取って、コンコンと叩いた。すると……


「痛い、痛い。何じゃ、リオンかい。いま開けてやるから少し待っておれ」


 とぶつくさ文句を言いながら、分厚い木の扉を開けてくれた。この白フクロウの形をしたノッカー付きの樫の木の扉はウッドゴーレムなのだ。


 精霊魔法の人造生物で学院長の執務室への不正な侵入を防ぐ役割を負っている。当然、ルヴィニア学院長の愛弟子であるリオンは顔パスである。


「魔法学院生のリオンです。お呼びをいただき、参上いたしました」


 リオンが挨拶をして入室すると、麗しい美貌の女性魔法師が微笑した。スリムな姿にまとう銀色のローブは高位魔法師の証だ。


 大陸最高の魔法師と名高いルヴィニア・バークライン学院長である。〈雷撃〉の魔法を得意としていることから〈雷帝の魔女〉の異名で知られている。


「リオン君、よくきてくれました。実は折り入ってお願いがあるのです」


 ルヴィニア学院長は優しい微笑を浮かべて、そう言った。琥珀色の美しい瞳と肩までかかるブロンドの髪が相まって輝くような女性の魅力を醸し出している。彼女はその美しさも評判のひとつだった。


「実は、セントラム王国の宮廷魔法師を務めているセイランが先日〈精霊異常の病〉に罹ってしまったの。病自体は軽いのだけれど、治るまで魔法が一切使えません。そこで、セイランが治るまでリオン君に宮廷魔法師の臨時の代理を務めてほしいのです」


 セントラム王国はヴィラード山の麓にある比較的小規模な王国である。

 山頂にあるパドル魔法学院とは昔から親しい間柄で、原則として多額の研究資金の提供が条件となる宮廷魔法師を破格の割安な条件で派遣している。


 現在、宮廷魔法師を務めているのは女性魔法師セイランだ。十代後半の若手ながら、高い実力を持つと評判の女性魔法師である。

 そのセイランが〈精霊異常の病〉という病気に罹って寝込んでしまった。


 この病気は魔法師特有の風邪で、寒さで体に宿している命の精霊力が乱れるため、精霊魔法の使用が困難になるという特異な症状を持っている。


 また、病状は長期化する傾向がある。パドル魔法学院の診療所に務めている神聖巫女によると、完治するには、一ヶ月近くかかるという見立てだった。


 そのため、可能ならその間、代わりの魔法師を誰か派遣してほしいという、セントラム王国のユリーシャ女王からの親書が届いたということだった。


「なるほど、事情はわかりました。でも、どうしてボクなのでしょうか? ボクはまだまだ修行中の身で、正式な魔法師の資格を得ていない魔法学院生でしかないのに……」


 リオンは突然の依頼に戸惑った。

 宮廷魔法師は魔法学院を卒業して正式に魔法師の称号を得た後、さらに、研究と経験を重ねたベテラン魔法師が就任するというのが通例なのだ。


「セントラム王国は危険なモンスター類とは無縁の平和な国です。でも、少しの間とはいえ、宮廷魔法師を務める者がいないと、不安だと言われてしまって……いま魔法学院にいる魔法師の中に適任者は見当たらないし、まだ修行中だけれど、リオン君ならきっと上手くこなしてくれると思ったのです。臨時の代理で赴任するのだし、リオン君にとってもいい経験になると思うのだけれど、どうかしら?」


 ルヴィニア学院長は愛弟子の少年に温かい眼差しを向け、優しく微笑した。判断の理由を聞いたリオンは嬉しく思うと同時に困惑した。


 困惑したのは、やはり、突然の申し出だったからである。正直に言うと、魔法の修行はルヴィニア学院長の課題の他に、自分でもやりたいことがたくさんあるため、少しでも時間が惜しいところだ。


 でも、ルヴィニア学院長が宮廷魔法師の臨時代理を務めるに相応しいと自分の実力を評価してくれていることは、とても嬉しいことだった。


 さらに言うと、宮廷魔法師の仕事を体験するというのはとても興味深いし、滅多にない良い機会でもある。少しの間、考えてみた結果、特に断る理由は見当らなかった。

 リオンが「やります」と受諾すると、ルヴィニア学院長はパッと笑顔を綻ばせた。


「引き受けてくれて嬉しいわ。そんなに負担にはならないと思うけれど、頑張ってくださいね。そうだわ、お礼にわたしから、精霊魔法をひとつプレゼントしましょう」


 ルヴィニア学院長が魔法ワンドをひと振りすると、霊晶石から白い精霊力の輝きがほとばしり、たちまち執務机の上に五つの巻物が姿を現した。


 それらの巻物は精霊魔法の使い方を記した魔法書だった。魔法書は呪文の内容、詠唱時間、詠唱方法などを記したいわば魔法の教科書だ。


 机の上に並ぶ五つの巻物には、いずれも三つ星のマークが刻印されていた。この三つ星は希少な上級レベルの魔法書を示しているのだ。


「これらの巻物はいずれも魔法学院を卒業した者に授与される魔法書ですが、特別にひとつだけリオン君に授けましょう。この五つのうち、好きなものを選んでくださいね」


 ルヴィニア学院長がそう言うと、使い魔の雷の霊鳥バトリーが白チョークをクチバシに挟み、執務室の黒板に魔法の名前を書きはじめた。

 

 ひとつ目の魔法は〈火焔の玉〉と呼ばれる攻撃魔法である。火焔の玉を撃ち出し、広範囲を焼き尽くす。わりとポピュラーな精霊魔法だ。


 ふたつ目の魔法は〈氷結の槍〉と呼ばれる攻撃魔法である。氷の槍によって目標を貫き、氷結させる。こちらも有名でよく使われている。


 三つ目の魔法は〈空間転移〉という特別な時空魔法だ。一瞬でどこへでも移動できる便利な魔法である。ただし、失敗すると……。


 四つ目の魔法は〈巨人召喚〉という召喚魔法である。岩の巨人を召喚し、一定時間自由に使役することができる。岩の巨人は優しいけれど、見た目がモンスターに少し似ていて、怖いのがネックだ。


 五つ目の魔法は〈封印の鎖〉と呼ばれる支援魔法である。精霊力を凝縮したエネルギーの鎖で、ターゲットの動きを封じることができる。無傷で目標を捕縛できるので、とても便利と評判の魔法だ。


 いずれもベテランの魔法師にふさわしい、強力で貴重な上級魔法だった。魔法書に記載されている知識や呪文を修得することによって、その精霊魔法を使うことができるようになる。


 しかし、どれも上級レベルの精霊魔法のため、実際に使いこなせるようになるには、何度も繰り返し使ってたくさん経験を積む必要があるだろう。


 リオンは唇をキュッと引き結び、真剣な面持ちになって考えはじめた。どの精霊魔法も強力で大きな可能性を秘めており、とても魅力的だった。


 でも、どうせなら宮廷魔法師の臨時代理として活かせそうな魔法がいいと思った。

 あれこれ頭の中で検討した結果、リオンはある観点に着目して決心した。そして、ひとつの巻物を指差して、ルヴィニア学院長に言った。


「では、ルヴィニア先生、この魔法書をボクにください」

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