第一話 魔法学院生の少年、セントラム王国の宮廷魔法師臨時代理へ(その2)
暗く暗~い闇に閉ざされた空間に白い光がぼんやりと浮かんでいる。その光の源は台座に設置されている水晶球だった。丸くて綺麗な水晶の玉で、言わずと知れた魔法のツールのひとつだ。
その水晶球に向かって、空色のチュニック風の法衣をまとった魔法学院生の少年が魔法ワンドをかざし、霊妙なリズムで呪文を詠唱していた。
魔法は精霊の力を結晶化した霊晶石をコアとし、複雑な呪文で変換の法則を組み上げて使用する。
魔法のエネルギー源は、使用者の魔法師が保有している精霊力である。
魔法に不可欠な魔法の杖は精霊力の豊かな霊樹の木材を削って作り、霊晶石を填めた上、魔法金属のミスリルを芯部分や装飾に使用する。
少年が手にしている魔法ワンドは標準的な三〇センチ程度の長さだった。魔法ワンドの握り手部分には、菱形の霊晶石が填め込まれている。
その霊晶石が呪文の詠唱に応じて青白い精霊力の光を発して明滅していた。さらに、水晶球が魔法ワンドの霊晶石に共鳴するように瞬いている。
水晶の奥の世界に虹色の幾何学模様がたくさん折り重なって、美しく輝いていた。
魔法学院生の少年は呪文の詠唱と合わせて、魔法ワンドの先端で空中に魔法陣を描き出した。
まるで指揮者がタクトを振るうように鮮やかに宙を滑らせている。
空中の魔法陣が完成してひときわ強く瞬いた。
すると、魔法ワンドの霊晶石と水晶球の光はますます強くなっていった。瑞々しい精霊力の息吹がこの空間に渦巻いている。
魔法学院生の少年は霊晶石と水晶球に充満している精霊力に目を注ぎつつ、魔法ワンドを高く掲げて、結びの呪文を声高く詠唱した。
「ソメルシャーノ・エルク・ト・バルティ! 光の精霊シャイニールよ、創世の三女神の定めた〈精霊の誓約〉に従い、我が呼び声に応じて、その光り輝く姿をいま現せ!」
幼さを宿した少年の声がそう叫んだ途端、水晶球の光が一挙に膨張した。
次の瞬間、ズドドド~ンッ!という大きな音が轟いた。と同時に、パリンッ!と美しい水晶球が一瞬で派手に砕け散った。
そして、無数の破片とともに黄色い何かが少年目がけて殺到してきた。
「うわわわわッ! ディエル・トティ! 我が紡ぎし精霊力は堅き風神の盾なり!」
魔法学院生の少年は慌てて魔法ワンドの先端で簡易な魔法陣を描き出した。さらに、早口で防御の呪文を詠唱し、精霊魔法を発動させる。
ピッカーンッ!
呪文の詠唱が終わると同時に魔法ワンドの霊晶石から精霊力の光がドッと溢れ出し、瞬時に青白い精霊力の壁を形成した。〈風神の盾〉と呼ばれる防御タイプの精霊魔法を使用したのだ。
水晶球の爆発と同時に現れた黄色いモノの正体は小さなヒヨコだった。
正確に言うとヒヨコの姿を象った光のミニ精霊、ピヨピヨ精霊の大群である。
ピヨピヨ精霊たちは百匹以上の大群で空を翔けて、ドドドドドッ!と魔法学院生の少年に向かって体当たりしてきた。
しかし、衝突寸前で風の精霊力を凝縮した〈風神の盾〉にぶつかり、空間の途上で止まると、ペタペタペタッ!と下に落っこちていった。
ピヨピヨピヨッ!と精霊たちの可愛らしい鳴き声が折り重なるように響いている。
その後、光のミニ精霊のヒヨコたちは小さな羽を広げて元気に走り回り、やがて、闇の空間に溶けるようにして消えていった。
魔法学院生の少年が使用した召喚魔法の持続時間が尽きてしまったのだ。
「おっかしいなあ……ずっと光の精霊シャイニールの召喚呪文を唱えていたのに、どうしてピヨピヨ精霊の軍団になっちゃったのかなあ……」
この魔法学院生の少年の名は、リオン・フェリクス。パドル魔法学院の〈琥珀の塔〉で学ぶ若き魔法学院生である。雷帝の魔女と名高いルヴィニア学院長の愛弟子だ。
いまは学院長から与えられた「光の精霊シャイニールを召喚せよ!」という魔法の課題をこなすため、ちょっと苦手な召喚タイプの魔法にトライしているところだった。
召喚魔法とは、精霊大陸の自然に溶け込む形で暮らしている精霊たちを〈精霊の誓約〉に則って呼び出すことにより、自由に使いこなすことのできる魔法のことである。
光の上級精霊であるシャイニールは非常にプライドの高い精霊のため、中途半端な力で召喚したら、制御を脱して暴走してしまう危険がある。
そのため、リオンは複雑な呪文を繰り返して詠唱し、精霊力を十分に確保してから召喚タイプの魔法にトライした。
ところが、魔法学院生の少年の召喚の呼び声に応じて精霊召喚の門から現れたのは、ヒヨコの姿を象った光のミニ精霊の大群だった。
どうやら、召喚の門を形成する呪文をどこかで間違ってしまったようだ。つまり、気高き光の精霊シャイニールを呼ぶ召喚の門は呪文の詠唱間違いによって、可愛らしいピヨピヨ精霊軍団を呼ぶ召喚の門に捻じ曲がってしまったのだ。
準備時間も含めると五時間近く頑張ったのに、完成した召喚タイプの魔法が照明代わりに使役するピヨピヨ精霊の召喚門とは、とんだ骨折り損だった。
「トホホ……せっかく一生懸命頑張ったのに、この結果はひどいよう……」
自信のあった召喚魔法の実験が失敗に終わり、急に空腹や眠気が襲ってきた。
リオンは研究室の壁まで歩み寄った。
そして、窓のカーテンをバッと思い切り横に引いた。途端にまばゆい太陽の光が研究室の奥まで差し込み、目を眩ませる。
魔法学院生の少年は太陽の光に目を瞬かせつつ、長時間の実験で濁った空気を入れ換えるため、研究室の窓を一挙に開放した。
そして、気落ちした面持ちで爆発して四散した水晶球の破片を見詰めた。背丈が百二〇センチ程度でちょっと可愛らしい感じの男の子だ。
好奇心に溢れる空色の瞳と短めの爽やかな空色の髪が印象的である。あどけない幼さを宿しているものの、端正でキリッとした顔立ちをしている。
ただ、五時間近くの間、精神を極限まで集中して召喚タイプの魔法に取りかかっていたので、いつもはふっくらとした頬がちょっぴり痩せこけていた。
リオンは小さな肩を落として、散らかった研究室を片付けはじめた。爆発した水晶球の破片がやたらと散らばっている。
さらに、光のミニ精霊の大群が駆け回ったせいで、試験管やフラスコなどの実験器具や書棚の魔法書の類がたくさん床に落ちて散らかっていた。