第二話 麗しきユリーシャ女王による腕試しの試練(その5)
リオンのチュニック風の法衣と靴は、ハイレベルの魔法のアイテムである。
法衣には〈風神の鎧〉が、靴には〈疾風の足〉の精霊魔法が常時かかっているのだ。
また、魔法ワンド〈風の守護者〉の先端に施した〈風神の盾〉も強力だ。リオンはこれらの魔法を使用して、鉤爪やシッポの一撃をかわしたり、爆炎のブレスを受け流したりしていた。
そのため、ダメージは皆無の状態なのだ。
レッドドラゴンは逃げ回る魔法学院生の少年を深追いせず〈封印の壺〉の前にどっしりと構えている。というより、動きが制限されているようだ。
どうやら、真紅の巨竜は〈封印の壷〉からあまり離れることができないようだ。おそらく、精霊魔法による束縛の制約を受けているのだろう。
「あのレッドドラゴンの攻撃を易々とかわし続けるとは、見事な戦い振りですね」
「精霊魔法の連続発動と俊敏な身のこなしで戦うあのスタイルは、まさしく戦闘魔法スキル。まさか、あのような小さな子供が戦闘魔法師の心得の持ち主とは……信じられん……」
「しかし、いつまでかわし続けることができるのか……時間の問題でしょうね……」
謁見の間にいる人々は魔法学院生の少年の健闘振りに驚き、賞賛していた。
通常、魔法師は後衛の位置で前衛の戦士や騎士に守られながら魔法を使用する。
しかし、中には、高速詠唱魔法を駆使して、正面から戦う魔法師も存在する。彼らは戦闘魔法師と呼ばれており、魔法戦闘のエキスパートなのだ。
リオンは戦闘魔法スキルを会得している魔法学院生だった。特に、防御タイプの魔法を主体とする戦闘魔法師なのだ。
守るのは得意だけれど、ドラゴンの成獣が相手では、ちょっぴり分が悪い。謁見の間の人々の間で懸念の声が上がったとおり、このペースでは、そのうち体力と精霊力を使い果たしてしまうだろう。
ゴオォォォォォンッ!
レッドドラゴンが鉤爪やシッポの連携攻撃と合わせて、爆炎のブレスを噴き出した。
「アッ! しまった!」
これまでにない連続攻撃だったため、魔法学院生の少年はかわし損ねてしまった。
横への回避ステップが足りず、リオンは左腕の前腕辺りに火傷を負った。
ただし、法衣の持つ〈風神の鎧〉の防御シールドで軽減しているため、火傷は軽傷レベルである。
爆炎のブレスが小さな風の法衣を覆ったため、謁見の間の人々は一気にどよめいた。
このままでは、危ないかもしれない……リオンの頭の中に警戒信号が浮かんだ。
意地を張って大怪我をするのは、愚か者のすることである。魔法師としての腕前は十分披露したので、腕試しに不合格でも構わないだろう。
リオンがそう思いはじめた時、レッドドラゴンの姿が一瞬、揺らめいた。赤いウロコの巨大な姿が、蜃気楼のようにおぼろげになったのだ。
それは一瞬の出来事だったけれど、リオンは精霊力の異常な揺らめきを確かに感知した。
真紅の巨竜は疲れたのか、動きを止めて、どっしりと地面に伏せている。少し休憩のようだ。目の色を見ると、何やら戸惑っている様子である。
(凶暴な性格のドラゴンにしては様子がおかしい……やっぱり、何かあるに違いない)
リオンは眼前のドラゴンの成獣には、何か秘密があると確信した。〈封印の壷〉と説明があったけれど、本当に〈封印の壷〉なのだろうか。
眼前のレッドドラゴンは迫力満点で、爆炎のブレスも鉤爪のパワーも強力である。しかし、幻獣の王と恐れられるほどの威圧感は感じられない。
一番可能性が高いのは〈幻影〉の精霊魔法で投影された幻というものである。この魔法の幻は実体のない幻影だけれど、幻と見破らない限り、実際に痛みや熱さを感じてしまうのだ。
ただ、これまでの一連の攻防から判断すると、目の前のドラゴンが実体のない幻と考えるには、迫力があり過ぎるような気もする。