短編#5
#3の関連
「聖女様。ここは私にお任せください」
そう言って老騎士は刃を煌めかせる。
「アルフォンス、あなた、おりょうりできるの?」
ピタリと動きを止めた老騎士、アルフォンス。
「私にお任せあれ、聖女様……」
アルフォンスはかつてドラゴンに挑んだ時より気迫に満ちていた。
聖女御付きの騎士として、醜態は晒せない。その気合いがアルフォンスを突き動かしていた。
「もう……。だからいったのに……。アルフォンスはいいだしたらきかないんだもん」
聖女は傷だらけになったアルフォンスの掌を治癒術で癒す。
「申し訳ございません……。聖女様」
アルフォンスは項垂れるしかなかった。自分よりも遥か年下の子供に呆れられるのは何かこう、熟練の騎士として心に来るものがあったのだ。
「でも、とってもおいしい! アルフォンスのこころがこもってる」
人や魔物を斬るのは慣れていたから、食材もなんとかなると思ったがそうはいかないものだ。
だが、聖女は喜んでくれている。
それだけでアルフォンスは温かい気持ちになれるのだった。
ーー王宮から連れ出して良かった……。
アルフォンスは無邪気にご飯を口に運ぶ聖女を見て、ほのかに達成感を味わっていた。
そして、その中に仄暗い陰鬱な感情も見え隠れしている。
ーー私に主君殺しをさせた宰相は今頃王国を牛耳っている頃だろう。あぁ、王よ……。王妃よ……。貴方方の愛する娘だけは、聖女様だけは絶対に守り通す事を誓います……!
「アルフォンス? どうしたの?」
聖女はアルフォンスを無垢な瞳で見つめる。その目を見て、アルフォンスは決意をさらに固くした。優しいこの子を、王たちの愛したこの子を、死なせるわけにはいかないと。
「いえ、なんでもございません。まだ旅は始まったばかりなのです。ゆっくりお休みください。留学先の聖教国はまだまだ遠いですからね」
そして、本当の事を知る必要はない。これは留学などではなく、亡命だという事は……。
「聖女様、あと少しで聖教国です。今日はここで休みましょう」
アルフォンスが野営の準備をしているその時だ。
「聖女様、その逆賊からお離れ下さい! そこの元騎士アルフォンスは! 陛下と、王妃様を殺した張本人でございます!」
「……え? おとうさまとおかあさまが、ころされた……? なにをいってるの?」
聖女が混乱するのも無理はない。教えていないのだから。
しかしタイミングが良すぎる。その時アルフォンスは宰相の顔が浮かんだ。
「宰相め……。やはり手は打っていたか……! あと一歩だったというのに……!」
逃げようにも多勢に無勢なうえ、聖女という守らなければならない者もいる。
アルフォンスは抵抗すら出来ず拘束された。
「アルフォンス……あなたが……しなせたの? おとうさまと、おかあさまを……」
玉座の前に引きずり出されるアルフォンス。聖女は信じられないと首を振っている。
だがしかし、宰相の奸計に嵌められ魔物と化した王達を殺したのは自分。嘘はつけない。
「はい……。私が……この手で……!」
アルフォンスは宰相を睨みつけるが、宰相は涼しい顔をして憤怒の感情を受け流す。
ーーこの、魔王の手先が……!
しかし恐らくこの場に居るものは知らないのだろう。宰相は上手く立ち回っていた。王も、アルフォンスですらも気づけなかったのだから。
ーー逃げ切れなかった……! 私の不手際だ。宰相の手が伸びるのが早過ぎた……。まさか聖教国にまで手を伸ばしているとは、思いもよらなかった……!
「聖女様、申し訳ございません……。貴女を、お守り出来ませんでした……」
アルフォンスは殺される。宰相の正体を知っている唯一の人間なのだから。
「さて聖女様、これではっきりしました。王族殺しの逆賊は、この老いぼれでございます。法に則り、極刑に処さねばなりません」
宰相はアルフォンスを見下すように見つめている。嘲笑するように見下ろしている。
「でも……」
聖女はそれでも渋る。アルフォンスとの日々は確かに温かく、楽しいものだったのだ。
「でもでは無いのです。それが法であります故」
聖女はゆっくり俯いた。
「わかり……ました……」
「おい、その逆賊を処刑場に連れて行け。公開処刑だ」
もうアルフォンスに出来る事はない。ただ、あり得ない事であっても、一縷の望みにかけて、聖女の無事を祈ることだけだ。
それに気づいた宰相がアルフォンスの耳元に寄り、ぼそりと何か呟いた。
「すぐにあとを追わせてやるさ。あの小娘もな」
「な……!? 貴様! 貴様ァッ!!!」
その言葉は、アルフォンスを激昂させるに十分で、アルフォンスのその行動は、処刑に怯える犯罪者に相違なかった。
そしてその日、王国は災厄に見舞われた。聖女はまだ幼く、魔王に敵うはずもなく、無力に、何も出来ずに、ただ死んだ。
王国は一晩で廃墟と化した。