一日目 ―interlude―
ここに来てから初めての夜。私たちは二人寄り添って、真っ暗な森の中にいました。
彼は一日の疲れが出たのか、私の肩に頭を預けて、ぐっすりと眠っています。
私たちは“衣”にくるまって、互いに互いを温め合っています。彼はそうすることを恥ずかしがっていたけれど、この“衣”の説明をすれば、受け入れてくれました。
夜だからといっても、モンスターは眠りません。あれらは“プレイヤー”たちを殺すためだけに存在しているようなものです。そうなるように、作られました。
遠くからモンスターの遠吠えが聞こえます。彼はその度にすっと目を薄く開いて、また眠ります。
彼はモンスターを取り込むことで強くなる。彼の鋭くなった勘が、自分の危機を感じ取っているんでしょう。
彼は人間からかけ離れた存在になってしまった。彼だけではありません。他の“プレイヤー”たちも、何より私だって。
そのことが悲しくて、涙が出てくる。
泣くまいと見上げた夜空の上には、おっきなお月さま。でもその光は弱くて、私たちを照らすには弱すぎる。
ごめんなさい。私はたくさん嘘をついています。話していないことがたくさんあります。隠し事がいくつもあります。話せない、話せるはずのないことです。
私は彼をだましている。この善良そうな青年をだまして、利用している。
太陽が昇ればまた戦いが始まります。昨日よりも過酷で、おぞましく、救いのない殺し合いが始まるのでしょう。
一日目はまだ誰も死んでいない。けれど、明日はどうなるかわからない。明後日には、確実に“プレイヤー”の数は減るはずです。
その減った“プレイヤー”の中に彼がいないことを、心から望みます。
彼を生かすためなら、どんなこともします。彼を勝ち残らせるためならなんだって捧げます。だから、神様。残酷で、無慈悲で、でも強い力を持った神様。
どうか私の願いを、叶えて。
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彼女の手を握った時、俺は彼女の手首に無数の切り傷があることに気が付いた。それが何の痕か、俺は知っていた。
リストカット。思い出すのは中学の時、自殺してしまった女の子のこと。クラスメイトだったくせに顔も名前も思い出せない、会話だってほとんどしたことのない女の子のこと。
彼女もリストカットをしていた。そして俺は彼女と一度だけ話したことがあった。
会話の内容も思い出せない、他愛のない話だった気もするし、俺の価値観を変えるようなとんでもない話だった気もする。忘れてしまった。でも、俺と彼女が話した翌日に、彼女は学校の屋上から身を投げて、死んだ。
それだけは、覚えている。
きっとだからだ。彼女を守りたいと思ったのは。この思いはただのあの時の代償行為で、それ以上の何かはない。
どんな願いを一つ叶えられるとしても、彼女の蘇生を願うことはないだろう。彼女はあくまで人生の流れの中で、ほんの一瞬すれ違っただけの関係だ。
でもそのすれ違いを覚えていることには、きっと価値がある。
隣で眠る彼女が何か隠し事をしていることは薄々気づいている。でも守ると決めたから。だからせめて彼女は守ろう。何も目的がないよりは、その方がきっといい。
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偽善者が嫌いだ。自分だけの都合で物を考えて、一方的にきれいごとを押し付けるあいつらが死ぬほど嫌いだ。反吐が出るほど嫌いだ。踏みにじってやりたくなるほど嫌いだ。殺したいほど嫌いだ。
真っ暗な森が腹立たしい。昔を思い出してイライラする。モンスターの気配があちこちからするのがむかつく。あの男と女がまだ生きていることにイライラする。
クソみたいな家に生まれて、クソみたいな環境で育った。クソの中でマトモな奴が育つわけがねぇ。だから俺はクソみたいな奴になった。
なのに、それを知らねぇ偽善者たちは偉そうな顔で俺に説教垂れてくる。勉強しろ。挨拶をしろ。暴力をふるうな。人にもっと優しくしろ。
ふざけんじゃねぇ。こちとら、今日を生きていくので必死なんだよ。学校では偽善者たちのお説教。家に帰ればクソ両親の暴力罵倒。
自分たちだけの理屈を押し付けてくる奴も、理不尽な暴力を押し付けてくる奴も死ぬほど嫌いだった。だから、俺から理不尽を押し付ける奴になってやった。
理不尽の中にいれば、それを理不尽だと思わなくて済む。理不尽でいれば、きれいごとやお説教を受けることもない。
たまにそんな理不尽な俺に説教する奴もいたが、大抵は拳の一つで黙り込んだ。
そんで、俺と同じ気持ちの奴もいたんだろう。俺の周りには俺と同じクズが集まって、いつの間にかにケーサツから目を付けられるようなクズの集まりの出来上がりだ。
でもクズの中にいる時は楽しかった。なんだって、俺もクズで隣にいる奴もクズ。クズ、クズ、クズの世界で、俺たちは初めてクズでいなくてよくなったんだ。
だからこそ、この状況はむかつくけど、嬉しい。何がなんだがわかんねぇが、ここにはケーサツもいなけりゃ、モンスターっていう好きなだけぶっ殺してもいい奴らがいる。
触ったもんを爆弾に変えるチョーノーリョクもある。これを使って、むかつくもんを全部ぶっ飛ばして、ぶっ殺して、好きなように生きてやんだよ。
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どうしても殺したい奴がいる。だから今の状況は奇跡だと思った。
だからこそ、ふがいない。
俺は真っ暗な森の中を走る。体のあちこちは傷ついていて、息を吸って吐くだけでもつらい。
目覚めたらこのわけの分からない状況の中に放りこまれていて、俺は自分の名前も、憎いあいつの名前も思い出せなくなっていた。
でもあいつが何をしたかは忘れていなくて、あいつへの憎しみは忘れていなくて、だからここにあいつがいたことは俺にとって好都合だった。
「ぐあ……!」
月明りだけでは、周囲をよく見ることもできない。俺は木の幹に頭をぶつける。
「つ……」
打ち付けた額からはわずかに血がにじんでいた。かがみこんで、耳を澄ませる。
物音はしない。追手はもういない。逃げ切ったか。
「逃げた……クソが!!」
逃げたのだ。俺は。俺はまたあいつに負けて、そして逃げた。
「殺す。あいつだけは、あの野郎だけは絶対に殺す」
そのためならなんだって利用してやる。使い捨てて、使い潰してやる。恥も屈辱も飲み込んで、敵を討つのだ。
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かくして一日目の夜は更けていく。次に太陽が昇る時は二日目。
太陽が昇る度に、“プレイヤー”から正気が失われていく。




