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6 同盟


「――それで、お前は何者なんだ?」

「は、はひっ!」

 太陽が夕日へと変化する頃、俺の周りには食い散らされたモンスターたちの死体があった。俺は全身をカラフルな血の色に染め、もぐもぐとモンスターたちの残骸を口に運んでいた。


 空腹感はだいぶ薄れた。あのチンピラから受けた傷も全て回復している。

「わ、私は」

「まずはその布を取ってくんないかな。もうモンスターはいないし、俺も別に取って食ったりはしないよ」

 現在進行形でモンスターを食べながら言うセリフではないが。彼女はゆっくりと頭からかぶっていた銀色の“衣”を取った。


 地味な女性だった。平凡な顔立ちに、他の部分の印象を薄くするような、大きな黒ぶち眼鏡。背は小柄なようで、体格はまだ顔以外に“衣”を被っているせいでわからない。



『――は××をせねばならない!』



 その時だ。チリと、俺の頭の中で何かがかすめた。記憶の断片。どうして今? 俺がその記憶を探るより先に、彼女はおどおどした様子で口を開いた。


「えぇと、その、まずは助けてくれてありがとうございました。あの時、あなたが来てくれなかったら、私はあの【憤怒】に殺されていたと思います」

「【憤怒】……? それって」

 俺があのチンピラと戦っていた時と同じ言葉を、彼女は口に出した。彼女は地面に座り込んだ姿勢のまま、目を伏せて言った。


「はい。あの人は“私たち”と同じ“()()()()()”。このデスゲームに巻き込まれた七人の内の一人です」


   *


 【傲慢】、【憤怒】、【嫉妬】、【怠惰】、【強欲】、【色欲】そして【暴食】。キリスト教で人を罪に導く感情や欲望とされたものだ。七つの大罪、と言えば通りがいいだろう。

「私たち“プレイヤー”は、それらの罪に当てはめられて、それぞれ異能を与えられました。そして最後の一人になるまで殺し合わなくてはいけないんです」

 あのチンピラはその中の【憤怒】だと言う。そう考えれば、俺にあてはめられた罪はすぐにわかる。


「なら俺は【暴食】、か」

「多分……」

 彼女は自信なさげに頷く。「食べたモンスターの力を取り込む」という異能を考えれば、俺は【暴食】で間違いないはずだ。【暴食】という大罪の名は、はじめからそう定められていたかのように、奇妙に自分自身にしっくりきた。


「ならもう一つ質問だ。その知識はどこから手に入れたんだ? なんでそんなことを知っている?」

「それは」

 彼女はそこで言いよどんだ。地面に視線を落とし、言葉を選んでいる。


「言えないことか?」

「いえ、そういうわけではないです。その……恥ずかしくて」

「恥ずかしい?」

 俺は首を傾げた。そして彼女がまだ自身の罪を言っていないことに気が付く。


「なぁ、あんたの罪は……」

「し、娼婦は体を売ると同時に、客から情報も手に入れていたと言います」

 娼婦? 彼女は銀色の“衣”を身にかき寄せながら、唐突に言い出した。夕日に照らされた顔は真っ赤だ。


「何を」

「だから私の異能は、情報を手に入れること。そして、私の罪は……」


 【色欲】、です。と色気の全くない彼女が言った。


   *


「あー、なんかごめん」

「い、いえ……いいんです。本当は、最初に言っておくべきことだったんですから」

 彼女……改め【色欲】は、恥ずかしさを身もだえするように、顔を布で覆った。見るからに、初心そうな彼女だ。【色欲】という言葉を口に出すのも恥ずかしいのだろう。

 自分が【色欲】に当てはめられているのだからなおさらだ。


「その、私も朝起きたら、遺跡にいて、それで周りを見回してたらいろんな情報が頭の中に入ってきて」

「そうか。なら最初の状況は俺と大体同じなのか」

「かもしれないです。それでしばらく森の中を歩いてたら、あの人に見つかって」

「で、追われたと」

「です」

 【色欲】は布に顔をうずめたまま震えていた。【憤怒】に追われていた時の恐怖を思い出したのだろう。

 俺は彼女に手を伸ばしかけ、そのまま下ろす。


「なら【色欲】さんは、他にどんなことを知っているんだ?」

「そ、そうですね」

 【色欲】は顔を少し上げて、“衣”から腕を出す。血の気の引いた真っ白な腕だ。彼女は指を折りながら、自分の知るルールを話す。



【色欲】の知っていることはこれ。


・ここには七人の“プレイヤー”がいる。


・“プレイヤー”は最後の一人になるまで殺し合いを続けなければならない。


・“プレイヤー”には七つの大罪の一つを背負っている。


・“プレイヤー”は背負った罪に対応した異能を所持している。


・ここには“プレイヤー”を狙うモンスターが徘徊している。


・モンスターは“プレイヤー”を見ると襲い掛かってくる。


・最後まで生き残った“プレイヤー”はどんな願いも一つだけ叶えることができる。



「なるほどな」

 大体は俺がなんとなく察していたことが多いが、“プレイヤー”の数が分かったのか僥倖(ぎょうこう)だ。そして最後のルールは……


「どんな願いでも一つだけ叶えることができる、か」

「はい。それも私の異能から知ったことなので、真実かどうかはわからないんですけど」

「そうなんだ。でも困ったな」


 どんな願いでも一つだけ叶えてくれると言われても、叶えたい願いなんてない。なのにいきなりこんなデスゲームに巻き込まれても、迷惑なだけだ。


「あともう一つあって……」

「何?」

「【暴食】さん。あなたの名前は何ですか?」

「俺の、名前?」


 【色欲】に促されて、俺は名乗ろうとして、気づいた。

「……あれ?」

 名前。なまえ。ナマエ。俺の名前ってなんだっけ? 【暴食】? 違う。それは俺に与えられた罪で、名前じゃない。


 ここに来る前のことは思い出せる。両親の顔も、友達の顔も、好きだったラーメン屋の外観も、実家の間取りも、いきつけのスーパーの食品の配置も。


「あ……れ? なんでだ?」

 名前だけが思い出せない。忘れるはずのない、自分自身の名前が思い出せない。それだけじゃない。

 俺は、人や店の名前といったものを何一つ思い出すことはできなかった。


「“プレイヤー”は固有名詞を持つ全てを忘却する。理由はわかりませんけど、それもルールの一つみたいです」

 固有名詞の欠落。あぁ、だから俺にとどめを刺そうとする前に【憤怒】は動揺したのだ。あの時、あいつは自分の名前を言おうとした。でも名前が出てこない。誰だって、自分の名前を思い出せなきゃビビりもするか。


 このデスゲームを生き抜くために、名前は必要なものではない。しかしどうしても気持ちの悪さや、収まりの悪さは消えてはくれなかった。


 それに、何のために名前が奪われたんだ?


「あの……」

「何?」

 俺の中の大事な何かがいじられた。具合の悪さを感じていると、【色欲】が一つの頼みごとをしてきた。


「私と、チームを組んでくれませんか?」

「チーム?」

「はい。私と同盟関係を結んでほしいんです」

 【色欲】の声はやはり震えていた。


「役立たずなのはわかっています。でも、私一人じゃ生き残れないから。もちろん、最後になったら勝者は【暴食】さんに譲ります。だから」

「いいよ」

 深く考えるより先に、俺は答えを口にしていた。


「いいん、ですか?」

 【色欲】は信じられないと言う顔をする。俺は【色欲】に優しく微笑みかけた。

「あぁ。あの感じだと、【憤怒】は明日も俺たちを狙ってくるだろ? なら一人よりも二人でいた方がいい。それに」

 一度は助けた相手を見捨てるのも気まずい。これからどうなるかはわからないが、協力できるのなら、協力するべきだ。


「ありがとう、ございます」

「って、なんで泣くんだよ」

 【色欲】は俺の言葉にポロポロと涙をこぼした。


「す、すみませ……その、安心して」

 【色欲】は手で涙をぬぐうが、涙は止まらない。俺は彼女が泣くのを見ながら、彼女に手を差し出した。


「その、なんだ。一応同盟結成ってことで、握手」

「は、はい」

 正直、モンスターの血肉で汚れた手で握手するのはどうかと思う。でも、それが必要なことに思えた。


 【色欲】はその真っ白な手で、俺の血に汚れた手を取った。彼女の手は柔らかく、そして生きた温度がした。


「これからよろしくお願いします。【暴食】さん」

「あぁ。こちらこそよろしく【色欲】さん」

 俺と握手をして、彼女が微笑む。――あぁ。


 【色欲】は地味な外見だと思う。自信もなさげで、気弱そうだ。けれど、


 夕日に照らされた彼女はとてもきれいだった。血に汚れ、モンスターを食い荒らした俺でよければ、守ってやりたいと、思った。



[一日目 終了  二日目に続く]


贖罪指数 [一日目終了時]

【暴食】 1

【色欲】 3

【憤怒】 1

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