5 戦闘と逃亡
「ガァァァァっ!!」
「く……」
なし崩しに始まった人間同士の争い。俺は苦戦を強いられていた。
「死ね死ね死ね……爆散しろや偽善者ァ!!」
戦いが始まってしばらく。俺はチンピラに近寄って、幾度も斧を振るう。モンスターの怪力を足した攻撃だ。常人であれば、まず避けることすら困難な速度で、かするだけで肉塊になるような威力を伴っている。
それをこのチンピラはたやすく避けてみせる。俺には及ばないとしても、こいつもかなり身体能力が高い。だがそれ以上に、
「ミエミエなんだよクソ雑魚ォ!!」
「てめ……」
思い切り振り下ろした斧を、チンピラは半身になって避けた。斧を躱して鋭い拳撃。チンピラの拳が俺の肩に衝撃を与える。
見切られている。
俺が戦い慣れていない……というよりも、こいつがケンカ慣れし過ぎているのだ。こいつと比べれば、俺の動きは大振りで雑過ぎる。このチンピラは動きに無駄がなく、フェイントなんかも織り交ぜてくる。
見かけも言動も馬鹿なくせに、戦いではクレバーなところを見せてくる。
「死ねやぁ!!」
空手家かよと思う上段蹴り。食らえばまずい。後ろに下がって避けると、チンピラは何かを投げつけてきた。
小石だ。俺は転がりこむようにして避ける。そこにチンピラが歩み寄ってきて、俺を真上から踏みつけてきた。
「ご……」
「ガラ空きなんだよォ」
チンピラは俺を思い切り蹴り上げる。胃袋の中がひっくり返りそうな痛みが走り、俺の体は宙に浮く。
チンピラは俺の襟をつかんで、ガスガスガスと顔面を殴りつける。顔がはれ上がり、血がにじんでくる。さらにチンピラは俺を地面に頭から叩きつけた。
全身を強く打ち付け、動きを止めた俺に、チンピラが冷めた声でつぶやく。
「よわ」
チンピラの俺を侮蔑する声が頭上に降りかけられる。あざだらけの顔で目を開けると、つまらなそうに俺を見下すチンピラの顔が見えた。
「んだよ。てめぇ。あんだけチョーシこいててその程度かよ。はーくだらね」
言い返せない。チンピラに俺が勝っているのは、異能を知っていることと、身体能力だけ。
一方的に異能を知っていることを活かせそうにはないし、身体能力の違いは技術でカバーされる。
だけど、
「あ……ぐぁ」
「あン?」
ギュルルルと、俺の腹が鳴る。殴られ過ぎた。そのせいか。どうにも腹が減る。
空腹感は飢餓感に。俺の理性がとろけ、本能が、ただ「食べたい」という人間の本能が顔を出す。
「ジィ!」
「てめ」
俺は地面に寝転がった状態のまま、背筋の力だけで跳ね起きた。チンピラが驚きの声を上げる。跳ね起きた俺は、力任せに斧を振り下ろす。
チンピラは身を反らして斧を避けた。振った勢いはさっきよりも強い。チンピラが目を大きく見開く。
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は咆哮を上げて、前に足を進めながら何度も斧を振るう。攻守反転。チンピラは回避に徹する。
「ンだよお前。全然動きがちが」
「ガァ」
斧では当たらない。力任せに斧を振りあげ、同時に足も振り上げた。斧に気を取られていたか、チンピラは蹴りをもろに食らう。命中したのはももの部分。かぶりつけば美味そうなところだ。チンピラの顔が痛みで歪む。
「あ゛」
「ィィ!!」
これでいい。理性で戦うからダメなのだ。どうせ俺もゴブリンやオークと同じモンスター。ならば同じように理性を溶かして、モンスターのように戦った方が強い……
「づ……」
チンピラは続けざまに放った腹に蹴りを受けて、体勢を崩す。斧での一撃。チンピラは顔を思い切りゆがめてぺっとつばを飛ばした。
「が?」
吐き出されたつばは俺の斧に当たる。そして斧に触れた瞬間、斧が灼熱して爆発した。
熱は斧を伝わり、俺へと向かう。そしてその熱は爆発を引き連れて、それで。
「ちっ!」
斧を持っていた俺の手が消えた。俺の右手の手首から先が炭化して、消し飛んだ。傷口から、塩をつけたやすりでゴリゴリ削るような激痛が走る。
「あっ……あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
痛みに耐えかね、俺は思わず膝をついた。
「奥の手使わせやがって」
溶けかけた理性が帰ってくる。痛い。やばい。まずい。
このチンピラ、俺が思っている以上に強い。
「せっかくとっておいたってのに。まぁいいか。ここでお前をぶっ殺せば済む話だな」
チンピラの異能は「触れたものを爆弾に変える能力」。この「触れる」には、チンピラのつばも含まれる?
「ぐそ……強すぎだろ」
「はん!」
痛みにあえぎながらの俺の言葉に、チンピラは気分をよくして、鼻で笑う。
「たりめぇだろうが。この俺が、てめぇみてぇな偽善者に負けるわけねぇだろうがよォ」
チンピラはぺっとつばを地面に吐く。チンピラはほとんど無傷で立ち、俺は腕を失って地面に倒れている。勝者と敗者。それがはっきり分かれてしまった。
「何せ俺は○○〇市の……あ゛?」
チンピラは気分よく何かを言おうとし、不意に言葉を止めた。チンピラの目が不自然に泳ぎ、動揺を露わにする。
「いや、待て。おかしいだろ。なんで、俺、でも……おい」
様子がおかしい。俺は痛みを抑え込み、いつでも逃げられるようにしておく。
「……いいや。それを考えんのは後だ」
だめだ。間に合わない。俺が逃げ出す準備を整えるより先に、チンピラが平静を取り戻した。
「まずは死ね。そんで」
チンピラが近くに落ちている小石を拾う。チンピラの手が小石に触れた。すなわちその瞬間から、あの小石は爆弾だ。
直撃すれば、人一人の命くらい簡単に消し飛ぶ爆弾。そしてそれは当然、俺も例外ではない。
「俺をすっきりさせろよ。偽善者」
チンピラが小石を俺に投げる。殺される。死への恐怖に体が動かせない。チンピラの手から小石が離れる。そうなれば、小石は俺の元へ落ちていき、そして、
「させない!」
「あァん?」
誰かの声が聞こえた。女の声と何かのうなり声。そのうなり声には聞き覚えがあった。何せその声は半日の間、俺がずっと戦ってきた。
「くそがっ!」
その何かが、チンピラに向かって飛び掛かる。チンピラは小石を俺ではなく、それに放った。爆発と同時に肉片が飛び散る。もちろん、俺の近くにも。
俺はとっさに、その肉片を口に運んだ。
「……っつあ!」
強烈なエネルギー。俺の中で飢餓感が増していき、痛みを凌駕する。
顔を上げれば、周りにはたくさんのモンスターがいた。爆音を聞きつけたのだろう。ゴブリンからオークまで、俺の知っているモンスター全てがそこにいる。
そして全てのモンスターは俺の栄養だ。
チンピラは襲い掛かるモンスターと戦っていた。モンスターたちはなぜか俺よりも、チンピラを優先して狙っている。その隙に俺も立ち上がり、近くにいたゴブリンの首筋に飛び掛かって噛みついた。
「ギギィ……!?」
何をされたか理解できないのだろう。ゴブリンの困惑する声。生きたままゴブリンを捕食する。太い血管を食いちぎった。よだれ代わりの緑の血が口いっぱいに広がり、食欲は加速していく。
ガツガツガツとゴブリンをむさぼる。ミチミチと腕から異様な音が響いた。焼け切れたはずの右腕。その断面から腕が生えていく。
「お前……」
その様子をチンピラも戦いながら見ていたのだろう。俺のことを化け物でも見るような目で見ている。
ゴブリンを口に咥えたまま、にらみ返してやった。
襲ってきたモンスターの数は二十はいるだろうか。しかもその数は次第に増しているらしい。
チンピラは迫りくるゴブリンを殴り飛ばし、後ろから走ってきたケンタウロスに小石を投げつける。爆発の余波でオークやコボルトは吹き飛ばされ、弱ったところを拳や蹴りで的確に殺す。
チンピラは爆発と体術を駆使して戦っていたが、次第に追いつかなくなってきている。爆発を使うのをやめ、体術だけで戦い始めた。チンピラは大きく舌打ちをすると、俺をにらみつけてきた。
「あとはてめぇがやれよ。俺は逃げる」
「おま」
言うが速いか、チンピラは手近なモンスターの死体を掴み、前に投げつけるとその先で大爆発。爆風の中を突っ切って、チンピラは森の中へ消えていった。
あとに残されたのは、俺と多くのモンスター。そしてモンスターに襲われながらも“衣”をすっぽり被って地面に縮こまる女。
「あんたがこいつらを連れてきたのか?」
「……はい」
女の近くにいた蝙蝠人間の羽をむしりとりながら問いかけると、“衣”の向こうから返事が返ってきた。
「なんで」
「そ、それが、あなたが生き残るためには、必要だと思った……から」
女の声は頼りなく、自信なさげだ。でも確かに、モンスターを彼女が引き連れてきてくれたおかげであのチンピラから生き延びることができた。
女が事の発端であることは、隅に置いておく。
「ともかく、こいつらを片付けようか」
会話を切り、俺は改めてモンスターたちを見やる。数は多いが、その多くがゴブリンで、他のモンスターは少ない。考えている間にも腕は修復し、ゴブリンから奪いとった棍棒を手にしている。
チンピラにとってはこの数は脅威なのかもしれないが、俺にとっては幸運なことでしかない。数の多さはそのまま食べられる数に直結する。俺はにやりと笑って、モンスターたちの捕食に入った。




