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4 暴食の目覚め


「誰だよてめぇは」

「知るかよ」

 突然現れた俺に、チンピラはけげんな顔をする。チンピラは小さな石ころをもてあそびながら、口を開く。


「何? お前ってその女のお仲間?」

「……違う。初対面だ」

「はぁぁん?」

 理解不能。チンピラは表情だけでそれを物語っていた。こいつほど表情が分かりやすい奴はいないだろう。それから不愉快そうに口元を歪めて、ぺっと地面につばを吐いた。


「ちっ。走ってたら疲れちまったよ。んで? ならお前はたまたま逃げてる女を助けようと思った偽善者ってわけか? 俺が一番嫌いなクソだな」

「クソ、ねぇ」

 異変が起きる前であれば、こんな奴が近くにいたら、目をそらして我関せずとしていただろう。

 しかし今は不思議とそうした恐怖を感じなかった。むしろ逆だ。



 こいつは敵だ。俺は×××××として、こいつを倒さなければならない。脳裏にそんな言葉がよぎる。



 目の前のチンピラもそうなのだろうか。チンピラの俺を見る目には、はっきりとした敵意がある。いや、敵意なんて生やさしいものではない。

 これは、殺意だ。


「まぁいいや。そいつをかばうってんなら、お前も敵だわ。うん敵ニンテー。だから……ぶっ殺す」

「ほざけよチンピラ」


 場にぴりぴりとした緊張感が漂う。俺は指をゴキリと鳴らし、チンピラはポンポンと小石を手の平の上で投げる。女は俺の足元で地面に身を伏せたまま縮こまっていた。

 チンピラの手の平の上で、石が投げられては落ちる。投げて、落ちて、投げて。次にチンピラは、小石を俺に向かって投げつけた。

「死ねっ!」

 飛んできた小石は、数多のモンスターを取り込んだ俺にしてみれば遅い。俺はそれを素手で払いのけようとして、思い出した。


 チンピラの投げた枝が爆発したところを俺は見ていたではないか。触るのはまずい気がする。俺は飛んでくる小石を、大きく飛びのいて避けた。

「ちっ!」

 チンピラの舌打ち。小石がさっきまで俺がいたところを通った瞬間、小石が赤く灼熱し、膨れ上がった。


「なっ!」

 爆発。爆風が俺と、地面に倒れたままの女を襲う。距離を取っていたおかげで爆風の被害は少ないが、爆発の威力は理解できた。余波を受けただけで肌が痛い。直接くらったらただでは済まない。腕の一本や二本、簡単に消し飛んでしまうだろう。

 彼女は無事か? 俺はとっさに地面の女へ目を向ける。


「よそ見してんなよなぁ! 偽善者ァ!」

 チンピラから目を離したのはわずか。だが俺の耳元で、怒りのこもった声が聞こえた。チンピラが俺の近くにいる。


 いつのまに。チンピラはボクシングのような構えを取り、俺の顎に鋭いジャブを食らわせた。


「ごっ」

「ひひっ! んだよ。クソ雑魚かよ」

 肩、胸、顔面。見えてはいるが避けられない。俺はなすすべなく直撃をくらう。痛みとともに、視界が木々に覆われた空に変わった。


 足払い。地面に倒れこみそうになる。さすがにそこまではまずい。俺はとっさに手を伸ばし、近くにいるチンピラの肩を掴む。

「てめ……」

「あぁっ!」

 倒れそうになるのを力任せに押しとどめる。つかんだチンピラの肩がギシリときしんだ。俺はチンピラを軸に腕を引いて、体勢を立て直す。


 チンピラは肩を掴んだ俺の腕をばっと払い、距離をとった。その動きは素人目に見ても、只者じゃない。格闘技を習っている動きだ。俺が取り込んだ、本能のままに戦うモンスターたちの技術とは全くの別種。

 でも、俺は今できることでこいつと戦わないといけないのだ。


「なんだよその馬鹿力は」

 チンピラは俺に捕まれた肩を、念入りに回している。チンピラの注意は彼女から離れ、俺だけに向いている。彼女も無事のようだ。彼女の身に着けている“衣”には焦げ目一つついていない。相当頑丈らしい。

 彼女の持つ異能だろうか。


「はん! 追って来いよチンピラ野郎」

 俺はチンピラを挑発して、背を向けて走り出した。ひとまずチンピラから女を引き離す。これまでのトップスピードではない、チンピラにも追いつける程度の速さだ。


「待ちやがれ!」

 チンピラは案の定追ってきた。肉弾戦は強いが、あまり頭がよくないのかもしれない。俺はちらちらと後ろを振り返りながら、森を程よい速さで駆ける。

 チンピラは俺を追いながら、適当な枝を折ると俺に投げつけてきた。種がばれれば怖くはない。俺は爆風が来ない範囲まで横っ飛びに跳ぶ。


 爆発。俺は森を侵す爆熱を横目に、足場の悪い道を走る。モンスターの力を取り込んだ俺にとって、足場の悪さは問題にならない。あのチンピラとは違う。


「クソがっ! 逃げんじゃねぇよ止まりやがれこの偽善者!」

「止まるわけないだろ」

 今度は小石が飛んでくる。またしても回避。爆発。チンピラの苛立ちのまじった咆哮が聞こえてきた。


 ほとんど確定していいだろう。俺に「食べたモンスターの力を取り込む」という異能があるように、このチンピラにも異能があるらしい。

「多分だけど、触れたものを爆弾に変えるとか、そういう感じか」

 どっちがいいとか、そういうわけではないが、戦闘では有利そうな能力だ。特に相手がその異能を知らなかった場合、致命的になりかねない。


「こいつの単細胞っぷりに感謝だな」

「あぁッ!!」

 走りながらのつぶやきを聞き取ったらしい。チンピラはさらに怒り狂ったようだ。

 このチンピラは、本当によく怒る。


「どこまで逃げやがるこのクズ偽善者がァ!」

「ここまでだ」

 チンピラの叫びに俺は足を止める。これが目的だ。そして地面に転がっていた斧を拾い上げた。オークに投げ飛ばされた奴だ。


 クルクルと斧を手繰りながら、俺はチンピラと相対する。

「一つ聞きたいんだけど、あんたなんでさっきの女を追ってたんだ?」

「はぁッ?」

 チンピラは俺の疑問に、何言ってんだこいつという顔をする。


「んなもんに理由はねぇなぁ。あるはずないだろクソが。目覚めたらいきなり森ン中で、歩いてたらあのクソむかつくクソ女を見つけた。せっかくチョーノーリョクを手に入れたんだからよぉ。それを使ってあのクソアマをいたぶんのは当然だろうが」

「そうかよ」

 状況は俺と大して変わらない。だがこいつは俺以上にクズらしい。


 チンピラは俺ににやりと笑いかける。

「で? お前の能力は何だろうなぁ……その馬鹿力か? なら俺の方が()だな」

「言ってろ」

 斧を俺はブンと振り、チンピラに突き付ける。チンピラはまたぺっとつばを吐いた。


「ヘドが出んだよ。お前みたいなクソ偽善者はよォ。むかつくんだよなァ。マジで。てめぇらはいっつも俺みてぇな奴を追い出して、殴って、偉そうな顔で言うんだよ。『お前の方が悪い』ってなァ」

 チンピラから鬱々とした気配がこぼれてくる。

「クソがクソがクソが。ふざけんじゃねぇ。俺は、俺たちは悪くなんかねぇ!!」

「何言ってんだ……?」


 チンピラからこぼれてくる、俺へ向けてではない激しい怒りの感情。【憤怒】。その言葉が俺の頭に浮かんできた。


 同時に【暴食】という言葉も。


 【暴食】という言葉は、俺に奇妙に馴染んだ。俺は大きく息を吸って吐き、すっかり手に馴染んだ斧を強く握りしめた。


「むかつくムカツクむかつくムカツク……なんもかんもがむかついて、クソうざったんだよォ!! 死ねクソ偽善者がァ!!」


 チンピラは白目をむき、俺をもう見ていなかった。チンピラの向ける敵意は俺ではない何かに向けられていてもチンピラの体は俺に向かって動き出し、折った枝を投げつけてきた。


 こいつの根底にあるのは、怒りだ。なら俺に根付いた根底は? 決まっている。


 食欲だ。どうしてここにいるのか分からない。なぜ戦わなければならないか知らない。モンスターがたむろしている理由も、俺たちにこんな異形の力が宿った理由も不明だ。


 しかしそれでも俺は、このチンピラを殺さねばならないのだ。


 ××の×を××するために。



[一日目 【暴食】VS【憤怒】 開戦]

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