3 異能と遭遇
「もぐもぐ」
目覚めた時は昇り始めたばかりだった太陽が、今では俺のちょうど真上にある。これまでなら昼飯だと、大喜びする時間だったが、
俺は果てのない森の中で次の獲物を探しながら、左手に持ったオークを貪り食っていた。
「まじでなんなんだろうな。ここ」
全身からカラフルな血を被りつつ、口には常に食料を入れている。……誰かが見たら驚いて失神してしまいそうな光景だろう。
最初にゴブリンを殺してから数時間。俺は近寄ってきた三匹のゴブリンを殺して食べた。数は三倍なのに、初めてよりも簡単に殲滅することができた。
その音につられたのか、次に姿を見せたのはゴブリンではなく、コボルトだった。毛むくじゃらの人の体に、犬の頭をしたモンスター。
どうやら、この森にはゴブリン以外のモンスターもいるらしい。そしてコボルトはゴブリンよりもずっと強かった。
子ども並みの力しかなかったゴブリンとは違い、コボルトは大人並みの筋力と、犬並みの俊敏性に戦闘意欲があった。
おまけに、手にさびた鉈も持っていた。
初めて出会ったモンスターがコボルトであったなら、俺はあっけなく殺されていたと思う。それくらいコボルトは強く、俺は苦戦を強いられた。
俺がどうにかコボルトを殺せたのには、理由がある。
コボルトを殺し、食べ、移動し、途中に見えたモンスターは全て食べた。コボルトはゴブリンよりもおいしかった。それでも俺の飢餓感はなくなってくれない。だから食べて、食べて、食べて、食べ続けた。
ここに来るまで俺が見つけたモンスターは、ゴブリン、コボルト、ケンタウロス、蝙蝠人間、猿人、デーモン(とは名ばかりの山羊人間)そしてオーク。
蝙蝠人間の羽の舌触りはいいし、ケンタウロスの噛み応えのある肉も捨てがたいが、味で言えばオークが一番だ。オークは他のモンスターとはくらべものにならないほど美味い。さすがは豚。その分強いが、あれを食えるとするならば、俺はいくらでも頑張れる。
「しっかし、どんだけ食えるんだろうな俺は」
ゴブリンを中心として、三十匹はモンスターを殺して食べたはずだ。なのに俺の腹は少しも膨れておらず、空腹感は消えてくれない。
移動しながら食べ続けたせいで、左手に持ったオークはもう腕しか残っていない。俺は腕の付け根の断面からかぶりつくと、骨ごと体の中に送り込んだ。
早食い、大食い、消えぬ空腹感。森の奥から生き物の気配を感じる。距離は大体百メートルくらい。イメージはケンタウロスだ。俺はぐっと腰だめの姿勢になり、腹ばいの姿勢を取る。自分の手が木の根に食い込んでいることを見やり、その方向へ飛んだ。
「ブモッ!?」
木々の合間をすり抜けてオークの前に躍り出た俺。なんということもない跳躍だ。俺は百メートルの距離を一歩で跳躍し、驚いた豚面に、右手に持った斧を叩きつける。
これで相手がゴブリンであれば、あっけなく顔面を真っ二つにして絶命していたところだ。しかし相手はオーク。そう簡単にはいかない。
「ブヒッ」
オークはその鈍重な体躯に似合わぬ、俊敏な動きで俺の斧をかわし、その上で手にした剣で俺に反撃までしてきた。
音を立てて振るわれるオークの剣。俺は斧で剣を払い、地面に足をつけて“コボルト流跳躍術”。真横に飛ぶ。進行方向に生えていた木を足場にしてオークの頭上へ。その首元を狙って斧を振り下ろした。
「ブ……」
「遅い」
視界の端からの攻撃に対応の遅れたオークは、首に俺の斧を受ける。斧はオークの首に深く食い込んで、首を半分ほど切断した。
このくらいじゃオークは死なない。オークは目に怒りを宿らせて丸太のような腕で俺を殴りつける。俺は斧を手放し、猿人をほうふつとさせる身軽な動きで素早くオークから離れた。
一度間合いを取った俺とオーク。俺は素手で、オークは剣を持っている。オークは首から俺の斧を抜き取ると、遠くへ投げ捨ててしまった。開いた傷口から黄土色の血がどぼどぼこぼれるが、厚い脂肪が傷を塞ぐ。
「あの斧。お気に入りなんだぞ」
探すのが面倒だろうに。はっと息を吐いて、俺は前傾姿勢を取る。オークは両手で剣を構えて、ぶひっと鼻を鳴らした。
刹那の空白。先手を取るのは俺。タン、と地面を蹴り、オークの間合いの中に入る。
「フゴォォ!!」
間合いに入ると同時に、オークは俺に向かって剣を横薙ぎに振ってきた。そうなることは読めていた。俺は前進しながら身を伏せて剣を避け、固く拳を握る。
俺は握った拳で、オークの腹を力強く殴りつけた。
「ゴ……フゴ」
拳はオークの腹にめり込み、オークの体が宙に浮く。これで終わらせない。拳を引き、剣を持ったオークの脂ぎった腕をつかみ、“オーク流背負い投げ”。
数百キロの質量を持ったオークが宙に浮いた。地面に叩きつけられたオークは頭を強く打ち付け、目を回す。
隙だらけだ。俺は足でオークの腕を踏みつけて砕く。
「ブ……」
「いただきます」
そしてオークから剣を奪い取り、半分ほど切れた首に突き刺し、横に倒す。ゴロンと、オークの首が転がった。
恐怖は肉の味を損ねるという。俺と戦って、オークは多少なりとも恐怖したのだろうか。最も、俺にとって味は二の次。満たされぬ空腹を紛らわせる方が先だ。
「んぐ、んぐ」
四つん這いになってオークの死骸をむさぼりながら、甘美で暖かな肉の味を全身で味わいながら考える。
たった半日で随分と人間離れしたものだ。一歩踏み込むだけで百メートルは進む脚力。食べても食べても膨れない腹。無限にも思える空腹感。
この半日で、俺は俺に宿った“力”を理解していた。
俺は、食べたモンスターの力を取り込むことができる。
ゴブリンを食べた時、俺はゴブリン一匹分の筋力と経験を手に入れた。三匹食べた時は三匹分だ。さらに食べることで、身体の傷を癒すこともできる。
食べれば食べるだけ強くなる異能。今の俺には捕食しただけ、三十匹のモンスターの力を手に入れている。肉体の限界もあるから、加法的に増えているとは言わないが、それでも身体能力はかなりのものだ。昔から食べることが大好きだった俺らしい異能と言えるだろう。
「でも、なんで俺がこんな力を……?」
肉と血と骨を一緒にして噛み砕き、四分の三ほど食い散らかしたあたりで顔を上げる。
訳も分からぬ森の中。俺には身に覚えのない異能が根付いていた。記憶を探っても、俺が昔からこんな異能を持っていたという記憶はない。
ならここはどこで、俺の身に何があった? 俺以外の人間は? 森に潜むモンスターたちは何者だ。
そもそも、今の俺は人間か?
何度目になるかもわからない問いは、嗅ぎ取った異変にさえぎられた。きな臭い。何かが焼けた臭いと足音。モンスターを食べ続けることで鋭敏になった俺の五感が、この異変をとらえる。
「なんだ?」
俺は異変のある方へ目を向ける。また新手のモンスターか? 違う。
「逃げんじゃねぇぞ! このクソアマがぁ!!」
「ひっ! やめてください!」
人間。俺以外の人間だ。
森の向こうには二人の人間がいた。ここに来て初めて見た人間。男と女。女は逃げて、男は追っている。
追う男はいかにもチンピラという外見をしていた。金髪を上に逆立てた奇抜なヘアースタイル。着ている服は趣味の悪いアロハシャツ。首に銀色のドクロのついたネックレスをつけ、他にも指輪やら、ピアスやらをじゃらじゃらとつけている。
顔は逃げる女への怒りと、追い立てる愉しみで歪んでいた。
そして逃げる女は銀色に輝く奇妙な“衣”を纏っていた。女はその“衣”で顔以外をすっぽりと覆った状態で、必死になって走っている。
女の足は明らかに遅い。いつ追いつかれてもおかしくはなさそうだが、森の足場の悪さが影響しているのだろう。女は遅くとも着実に進んでいるが、チンピラの方は何度もつまずきかけている。その度にチンピラは怒りで顔を真っ赤にしていた。
チンピラは顔を真っ赤にして、近くに生えていた木の枝を折った。そしてそれを女に向かって投げつける。
「ぅおらっ!」
「はっ!?」
木の枝はクルクルと弧を描きながら、女に迫る。そして枝が女の身に着けている“衣”に触れた瞬間、枝が膨れ上がり爆発した。
そう、爆発した。女の体を包み込む炎と爆音。爆炎の勢いに押され、女はついに転んでしまう。
「くぅっ」
「ひゃっはぁ! あったりぃ」
チンピラはいやらしい笑みを浮かべて、喜びを示すように両手を上げる。どうする? このまま見ているか? それともあの二人に近づくべきか?
二人はまだ俺の存在に気付いていない。あのチンピラはいかにもやばい。今なら簡単に逃げられる。しかし、せっかく見つけた俺以外の人間だ。このまま見逃していいものか。
その時だ。地面に倒れた女と目があった。
「……ぁ」
女は眼鏡のレンズ越しに俺を見て、驚きを浮かべて口をパクパクと動かした。なんと言ったのかはわからない。しかしそれは救いを求めているかのようで、
俺は、昔すれ違っただけの少女のことを思い出した。
タン。
「あぁん? 誰だ? てめぇ」
「知るかよ」
チンピラが顔を歪めて、怪訝そうな声を上げる。俺はチンピラと銀の“衣”を身に着けた女を遮るように立ちふさがった。




