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13 恐怖に抗う


 怖かった。怖かったんだ。俺はただの大学生で、モンスターの力を手に入れただけのケンカ一つしたことがない何の変哲もない男だってことを、完全に思い出してしまった。


 どうして今まで当たり前に戦えていたのか分からない。あんな恐ろしいものに()()かっていけていたのかがわからない。

 俺の目の前には化け物がいた。人間が変貌した化け物がいた。でも、でもだ。


 あいつだって人間なんだ。あいつも俺と同じ人間だったはずなんだ。


 痛みを感じないモンスターなんかじゃない。感情もなく殺しにくる化け物なんかじゃない。人生があって、想いがあって、好きなものも、嫌いなものもある一人の人間。

 俺は初めてあいつと出会った時、殺さなきゃって思った。殺して、生き残るのだと思った。


 おかしいだろ。なんでおとといまで普通に過ごしていた奴が、当たり前にモンスターを食べて、出会った人間を殺そうと思うんだよ。俺はそんな異常者だったか? 人を殺してもいいと思うような人間だったか?


 一つ疑問に思えば、違和感は膨れ上がるばかりだ。俺がここに来るまでにとった行動の全てがおかしいと思える。森に入ったことも。ゴブリンと戦ったことも。その肉を食べたことも。たくさんのモンスターに囲まれて喜んでいたことも。【色欲】を助けたことも。【憤怒】と戦ったことも、そして――


「――さん! ――しょく】さん!」

 かろうじて【憤怒】の一撃を避けた俺は呆けた顔で、【強欲】と【憤怒】の戦いを眺めていた。あの【憤怒】を相手に、【強欲】は一歩も引いていない。素直にすごいと思った。でも、効いていない。

 【強欲】の攻撃は【憤怒】に一切通っていなかった。あれではだめだ。いずれ負ける。殺される。殺されてしまえば、次にあるのは……


 【強欲】は俺を見て、「君が(かなめ)だ」と言った。失望されただろうか。されただろう。一手間違えるだけで命が紙くずのように消えてしまう殺し合いで、俺はただ見ているだけなんだから。


 でもそれが当たり前で、当然だったはずなんだ。怪物を前にして、戦おうなんて思えるほうが異常なんだ。恐怖を感じて当然なんだ。おびえて、立ちつくすのが普通なんだ。そうでないなら、そいつらは全員――


「しょうがないか。きっと、お優しい環境の中で生きてきたんだろうし。そんな子がいきなり殺し合えなんて、むしろここまで価値観を崩壊させて生き延びたこと自体を誉めるべきなのかもしれないね」

 

 【強欲】は俺に向かって語りかけている。内容は半分も頭に入ってこない。だめだ。もう考えたくない。俺はずっとここで……


「【暴食】さん!!」

 パチンと、誰かが俺の頬を打った。弱々しい痛み。そして温かい感触が体を包み込む。

 気づけば俺は、【色欲】に抱きしめられていた。


「落ち着いてください。あなたは今、【憤怒】の怒りにやられているだけです。気を強く持って。そうじゃないと、心が壊れてしまいます。安心して。ここにいる限り、あなたを襲うものは何一つないんですから」

 銀色の“衣”に身を包んだ【色欲】が、子どもに言い聞かせるように言う。【色欲】に抱かれていると、ゆっくりと恐怖と違和感が沈んでいった。


 まるで、母に抱かれているようだった。


「は、ぁ。俺、俺は」

「落ち着きましたか?」

 恐怖は消えない。しかしかなり楽になった。頷くと、【色欲】は照れた様子で俺から離れた。


「よ、よかった……です」

 さっきまでのある意味堂々としたふるまいは何だったのか。【色欲】はまたおどおどした様子に戻る。


「気にしないでください。あれは大罪が暴走した状態で特に【憤怒】は死に際に強引に発動しただけ。長くは続かないはずです」

「そう、なのか? それは、【色欲】の情報獲得の力で?」

「へ? あ、はい。そうです。あの姿を見た瞬間、頭に流れ込んできて……」


 【色欲】はしどろもどろな様子で答える。俺は【憤怒】をよく見ることにした。


 次第にドラゴンへと変貌していく【憤怒】。しかし【強欲】に殴りかかる姿には力がなく、顔は激情にかられているが辛そうだ。


 【憤怒】の右腕を犠牲にしての一撃も、悪あがきの一つにしか見えなかった。


「大丈夫です。【暴食】さん。あなたは強いです。だから、勝てますよ」


 【色欲】の言葉に背中を押された。俺はゆっくりと立ち上がる。地面には、最初【強欲】が投擲した斧が突き刺さっていた。それを引き抜き、俺は走る。


 怖い。それは変わらない。【憤怒】に近づくたびに気温が上がり、体から火が出そうになる。蓋の壊れた違和感は消えない。怖い。


 俺は今、人間を殺そうとしているのだ。一人の人間を。怖いし、おかしいと思う。けれど――


「……なんだ。やればできるんじゃないか」


 【強欲】が【憤怒】ごしに俺を見て笑った。そりゃそうだろう。ここでやらなきゃ、俺はただの弱虫だ。怖くても、守ると決めたから。俺がおびえたままなら、【色欲】を守れないから。


 だから!


 俺は【憤怒】の背後から斧を振り下ろす。恐怖で狙いが逸れる。それでも、俺の斧は【憤怒】を殺すに至った。


 俺は、人を殺した。


   *


「あ……ぐ」

 体を両断されてもなお、【憤怒】は生きていた。しかしすでに虫の息。あと一分もしないうちに命を流しきるだろう。


「おれを、見下ろすんじゃ……ねぇ」

「妙にそこにこだわるんだねぇ。君は」

 死に瀕してもなお、【憤怒】は怒りを燃やしていた。俺は知らない。こいつがどうしてここまで怒っているのかを。俺を偽善者だと怒ったのかも。


 何も知らないのだ。


「ざけんな。俺は……こんな理不尽には、負けねぇ。クソみたいな場所で生まれたからこそ、俺は……幸せになるんだよ」

「ふぅん」

 【憤怒】の言葉に、【強欲】は冷たく返事をした。興味がない。そんな声だ。


「幸せ、ねぇ。なら君はどんな幸せを求めたんだい? 金か? 名誉か? それとも女か?」

「知るかよ。んなこと」

 げほっと、【憤怒】が口から血を吐いた。息が弱々しくなる。もうすぐ、【憤怒】は死ぬ。


「でも、きっとあるはずなんだ。こんなクソ、みたいな社会にも、俺みたいな、俺たちみたいなクソ野郎にも、理不尽じゃない、世界が」


「そんな世界、存在しないよ。どこに行っても理不尽は存在する。仮に理不尽をこの世から排除したとしても、またすぐに新たな理不尽が現れる。この世界は、そういう風に作られているんだよ」


 【強欲】の言葉のナイフが、【憤怒】を抉る。【憤怒】は目から涙をこぼした。

「し、ってる。んなこと、とーぜん、知ってんだよ! でも……それでも、どこかに、俺たちでも、まっとうに生きてける。嘘のない……どこかが。偽善なんて、な……い」

 涙に濡れた言葉。【憤怒】の言葉には、真剣な“願い”が込められていた。【強欲】は何かを言いかけて、口を閉じた。【憤怒】は最後に、俺の方を見た。


「な、ぁ偽善者よォ。せ、めて……そい、つはまも、れよ?」

「なん……」

「守り、きれ……ば、それは……ぎぜんじゃ」

 止まった。【憤怒】の目はもう虚ろな光景を写し、心臓は鼓動を止めた。いや、心臓はすでに止まっていたのだ。それを【憤怒】は強い意志で動かしていたにすぎない。


 何かが俺の中に入ってくる。それは俺の中の――を――して、――してしまう。


 人を殺したんだ。俺は。俺は、一人の人間を殺したのだ。言葉にできない感情が胸からこみあげてくる。

「お、おぇぇぇぇ」

 俺は吐いた。これまで食らいつくしてきた命を吐いた。理不尽に、一方的に命を奪い、力を啜ったモンスターたちを吐き出した。


 吐いた量はごくわずか。俺が食べたモンスターはもう俺の血肉になって、俺の一部になっている。

 けれど。


 俺は吐いた吐しゃ物を見た。汚らしい色と悪臭のそれは何なのだろう。


 モンスターってなんだ。俺はなんだ。罪って。異能ってなんだ。どうして俺たちは殺し合わないといけないんだ!


「う、うぐ……俺は、俺はぁ!!」

「【暴食】さん……」

「【暴食】くん。君は……」


 【強欲】が何と言葉をかけたのか分からない。俺の泣き声がうるさくて、聞こえなかった。でも多分冷たい言葉ではなかったと思う。


 二人は【憤怒】の死体の目の前で子どものように泣く俺の肩に、優しく手を置いてくれていたから。



[二日目 終了  三日目に続く]


贖罪指数 [二日目]

【暴食】 1

【色欲】 2

【強欲】 0


【憤怒】 完了

これにて二日目本編終了です。


二日目終了時点で死者一名。でも死んだ【憤怒】が一番キャラが立ってた気がします。


後日、interludeとfragmentを投稿します。

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