10 誘導
【暴食】の強襲。【憤怒】はこれまでの理不尽との戦いの経験を活かし、すんでのところで斧の一撃をかわした。
「くそっ!」
「てめェ……」
大きく一歩距離を取り、ゴキリと指を鳴らす。ぺっとつばを吐いて【暴食】をにらみつけた。
そして額から一条の汗。速い。そして、
「外した」
【暴食】の叩き下ろした斧は、木の根や石畳の残る地面に刃のほとんどを陥没させていた。それを【暴食】は軽々と引き抜く。
【暴食】の身体能力は明らかに底上げされていた。動き自体は昨日と同じなくせに、馬鹿げた怪力だ。
あの斧の一撃をくらえば、森のモンスターはもちろん、【憤怒】であってもただではすまないだろう。否応なしにそう思わせるほどの威力。
かすすだけでも大怪我間違いなし。そんな相手と対峙して、恐怖や動揺が生まれない者はいない。
「うっせぇよ。ようやくきやがったなァ……クソ偽善者が」
だが【憤怒】は湧き出る感情の全てを怒りへと変換して、【暴食】と対峙した。両腕を前に出し、小刻みにリズムを取るボクシングのフォーム。【憤怒】はそれを、使いやすいように自分流にアレンジしている。
「がァ!!」
【憤怒】は足を大きく動かして【暴食】を拳の間合いにとらえる。そして、右手で鋭いジャブを打った。
「づ」
【暴食】はジャブを斧の腹で受ける。固い金属の感触と、びりびりと腕に伝わる振動。苦痛。それすらも【憤怒】は怒りへと変えて、燃え盛る闘争心にくべる。
「死ねゴラァッ!」
一度でだめなら、二度、三度。【憤怒】は身軽なフットワークで【暴食】の左右に回り込みながら何度も拳を撃ち抜く。その全てを【暴食】は斧で受け切る。
技術ではない。【暴食】は完全に【憤怒】の動きを見てから動いている。ならこれは単純な身体能力の差。人間がバイクの速度に勝てないように、【憤怒】と【暴食】の間には絶対的な差がある。
理不尽だ。
「ガァァァァァアァァッ!!」
だから【憤怒】は吼えた。吼えて、怒りの感情を【暴食】にぶつける。【暴食】の表情は変わらない。怒りや緊張、恐怖の入り混じった表情。それを恐怖一色にしてみせると【憤怒】は拳の合間に鋭い蹴りを放つ。
「お……」
ローキックだ。【暴食】は受け切れずに、足に蹴りをもろに受ける。人間はバイクの速度に勝てない。なら横から蹴飛ばしてやればいい。昨日と同じだ。一度崩してたたみかける。追撃しようとしたところで、【暴食】は立ち直り、後ろに下がった。
「ぢぃッ!」
回復が速い。【憤怒】は舌打ちをして、ポケットから小石を取り出す。昨日の戦いの後に準備しておいた【憤怒】の飛び道具。彼はそれを【暴食】のいる位置……ではなく【暴食】の上空に投げた。
「は?」
自分のもとへ飛んでこなかった小石に視線を奪われる【暴食】。刹那、小石が爆発し、爆風が【暴食】に降り注いだ。
「が……」
「クソ雑魚がァ!!」
爆発が起こったのは小石より下。空には一切の爆風は流れない。爆発の威力を、無駄な方向へ向けることはない。
【憤怒】の異能は「自分の体ないし排泄物が触れたものを爆弾に変える」ことだ。そしてそれはただ物質を爆弾に変えるだけではない。ある程度の爆発方向の指向性や、接触式、時限式などの起爆方法にアレンジを加えることもできる。
爆風が巻き起こったのは一瞬。【憤怒】は威力の減衰した爆風をかきわけ、爆風を受けて身をかがめた【暴食】の顔面に拳を放つ。
「ァ!?」
しかしその拳は空を切った。【暴食】はとっさに後ろに転がり込み、拳をぎりぎりのところで避けきった。
「ジィィィィィィィィ……ッ!」
またしても後ろに逃げた【暴食】の顎に蹴り上げ。それも避けられる。【暴食】は四足の獣のような動きで【憤怒】を翻弄し、攻撃を当てさせない。
殴り、蹴り、爆発を見舞う。一向に当たらない攻撃に、【憤怒】のイライラはピークに達した。
「ガァァァァァァッ……んのクソ雑魚がァァァ」
「だらぁ!」
大振りの踏みつけ。宙がえりをしながらかわした【暴食】は着地と同時に接近。低い姿勢から、横薙ぎの斧の一閃。
【憤怒】は嚇怒に目を怒らせながら斧をにらみつける。膝打ち。斧の腹に膝の打ち上げを当て、斧を跳ね上げた。
【憤怒】は打ち上げた左足を即座に下ろし、右足で軽快に足刀蹴り。【暴食】の顔面に蹴りが入る。
「つぁ……」
「死ねクズ」
方向を反らした斧が勢いを失う。その斧を【憤怒】はつかんだ。爆弾化。【憤怒】はすぐに手を離し、一歩下がる。
【憤怒】は触れたものを爆弾に変えることができる。生命は直接爆弾にできないが、持っている武器の類は爆弾にできる。
「終わりだ」
【暴食】はまだ蹴りのダメージから立ち直っていない。【憤怒】は【暴食】の持っている斧に意識を傾ける。あれは爆弾だ。導火線に火をつけて、破裂させるイメージ……
「は?」
しかし、斧が爆発することはなかった。【暴食】のもつ斧は灼熱しないし、破裂もしない。
自分の異能が機能しない。【憤怒】に動揺が走る。【憤怒】はあまり頭がよくない。足りない頭で、必死に理由を考える。
その間に、【暴食】が立ち直った。
「はぁぁぁ!」
【暴食】はまっすぐ【憤怒】に接近。斧を放り投げ、四足で【憤怒】に飛び掛かる。
「おま」
【憤怒】の対応がわずかに遅れた。その隙に【暴食】は【憤怒】を間合いにとらえ、拳を固く握る。【憤怒】からしてみれば、へたくそで不格好な拳。
だが数多のモンスターを食い荒らして強化された拳は、へたくそでも、不格好でも強烈だった。【暴食】の拳が【憤怒】の腹にめり込む。
ぐちゃりと、いやな音が聞こえた。
「ゴ……べ」
手痛い一撃を受けた【憤怒】は吹っ飛び、木にぶつかって止まった。【暴食】はやや定まらない視線で【憤怒】を見据え、【憤怒】の闘志もまだまだ陰りを見せていない。
【暴食】の背後で、激しい爆発が起きた。【暴食】が持っていた斧が時間差で爆発したのだ。
「……オッケー」
【暴食】はその爆破を確認すると、【憤怒】に背を向けて走り出した。逃走? 昨日と同じだ。
逃がしてなるものか。【憤怒】は【暴食】を追うことに、何一つとして抵抗はなかった。
「待ちやがれェ!」
【憤怒】は腹を抑えながら立ち上がり、【暴食】を追い始めた。
*
計画は順調だ。【憤怒】の蹴りで未だ朦朧とする頭を抱えながら、俺は状況を見る。
俺はモンスターを食べるたびに強くなる。強化の程度は純粋な加算方式ではないものの、累積する。今日になって【強欲】が渡してくれたモンスターの死骸を食べたおかげで、かなり肉体を強化することができた。
今なら【憤怒】とも近距離で戦える。結果はさんざんだったが。
なんで、こんなにスピードとパワーに差があるのに、あいつは俺と対等以上に殴り合いができるんだよ。
「とにかく、あとはあそこにあいつを誘導して、決着をつける」
博打だったが、確認したかったことも確認できた。【強欲】の見立ては正しく、彼の書いたシナリオの上を俺たちは走っている。
途中、俺に向かって何度か小石が投げられたが、余裕で回避。森の中を爆熱が蹂躙する。
「そういや、森には火は広がらないのか?」
【憤怒】に仕掛ける直前、あいつはたまたま猿のモンスターと戦っていたが、その時に飛び火した炎はいつの間にかに消えていた。
最初から森に火はつきにくいみたいだし、本当、ここは謎が多い。
ギュルルル。傷を負ったせいだ。腹がまたすいてきた。体から力が抜ける。まずいな。
「【暴食】さん!」
「……! ナイスタイミング!」
そこにモンスターの生肉が飛んできた。後ろからひどい罵声が聞こえる。
俺の視線の先には相変わらず銀色の“衣”を身にまとった【色欲】。彼女がここにいるということは……
モンスターの肉をかじる。失いかけてきた力が復帰し、傷も癒えてくる。俺は足を止めて、さっきと同じように【色欲】から投げられた新しい斧を手に取る。
「これは俺のだ。俺の使う斧だ」
つぶやいて、大きく深呼吸。【憤怒】が追い付いてきた。顔は真っ赤で、金髪すら天に昇りそうな感じ。
「決着をつけるぞ」
「殺す」
木々の少ない開けた森の一角。遺跡の跡が多く残る場所で、足元には小石がいくつも落ちている。
場所は整えた。あとはこいつを、【憤怒】を狩るだけだ。




