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ひなた

作者: 梅春

 マンションの外廊下は風もなく、シンとした静けさに包まれていた。

 平日、しかも夜中の二時過ぎなら当たり前のことだが。

 河田祐二はゆっくりとドアの鍵を開けた。どんなに音を出さないように気をつけても、ガチャリという開錠の音が闇に響いてしまう。

 その度、祐二は誰が見ているわけでもないのに小さく身をすくめた。

 ドアノブの上下にある二つの鍵を開け、祐二がゆっくりとドアをひく。ドアはすぐに抵抗を示し、祐二は引く手を止めた。

「あれ?」

 細いドアの隙間から中を覗く。中からドアストッパーがかかっていた。

「嘘だろ」

 祐二は思わずつぶやく。


 ドアのストッパーがひっかかる鈍い音がした。

 それほど大きな音ではないが、さすがに夜には響いた。

 再度ドアストッパーがガチャリと重い金属音を鳴らした。

 二回目。

 石井宏美はベッドで仰向けに寝たまま、その音を聞いている。

 玄関からの音が止む。

 ドアのがちゃがちゃ二回。

 宏美は目をつぶり、掛けた布団の端を握り締めていた。

 二分ほどの間をおき、ドアががちゃりと開けられる音がした。

 今度はドアストッパーがひっかかる音はしなかった。

「宏美ちゃーん。宏美ちゃん?寝ちゃったぁ?」

 宏美は目を開けて、ドアのほうを見遣る。

 細く開けているであろうドアの隙間から、祐二が自分を呼ぶ小声が、玄関からそう距離のない寝室にはっきりと届いている。

 耳慣れた祐二の声を聞いても、宏美は寝たまま起きようとはしない。

 ドアが静かに閉じられる。

 呼びかけ、一回。

 宏美は再び顔を上に向け、脱力した。闇に慣れた目に白い天井が飛び込んでくる。

 ベッドサイドに置いてある携帯電話が震えた。宏美はそれに手を伸ばす。

 画面には祐二の二文字が出ていた。

 闇に浮かんだ文字を宏美は見つめた。

 宏美は半身を起こした。そのまま手の中で震えている携帯を見つめる。

 携帯の振るえが止まる。宏美はもう一度それが震えるのを待った。

 そしてすぐにそれは来た。

 今度はそれほどの間を待たず、祐二の二文字はすぐに消えた。

 宏美は今度は力をこめて携帯を握り締め、画面を凝視した。

 コイ。

 携帯は二度と震えることはなかった。

「電話、二回」

 宏美はベッドから抜け出た。そのままベランダに出る。

 とたんに夜の生温い空気が体をすっぽりと包んだ。

 宏美はベランダの乳白色のガラスがはめ込まれている柵に身を乗り出し、下を覗きこんだ。

 宏美の部屋は六階だ。下の様子を窺うには丁度良い高さだ。

 マンションのエントランスから出てきた祐二が小走りに駆けていく。

 祐二はすぐに右折して、その姿を消した。

 宏美は柵に寄りかかっていた体を戻した。

「うれしそうに」

 宏美は空を見上げた。そして呆然と思った。

 優しさも、思いやりも、情もない。五年付き合っても、男は何も成長していなかったのだ。

 宏美は上を向いたまま大きく息をはいた。

 いや、しかし、これがいけないのだ。育ててやった。祐二に対して、どうしても出てきてしまう思い。

 これが彼を窮屈にさせているに違いない。

「あーあ」

 宏美はベランダの手すりを持ち、体重を後ろにかけ、仰向けに首を折った。

 上を向いた宏美の片目から涙が一筋流れた。


 昼間のカフェは混み合っていたが、タイミングよく窓際の広い席がとれた。

 宏美は派遣社員の若松咲子と荒井夏子を伴って、席についた。

 二人に連れてこられた店なのに、先頭を切るのは自分だ。

 宏美は小さく苦笑した。

 陽が入ってくるほうを背にした側に腰を下ろし、二人に着席を促す。咲子と夏子はどっちが窓辺に座るかを問答した末に腰をおろした。

 これぐらいのことで、いちいちはしゃぐのはどうしたことだろう。

 咲子は二十九、夏子は二十八のはずだ。二人の幼さが気になって仕方ない。自分がその年のころはもっと落ち着いていたはずだ。

 しかし、二人と対峙して宏美は小さく打ちひしがれた。

 まだ三十にもなっていない若い二人には自然光が良く似合う。

 宏美は日当たりが良いほうを二人に譲ったことを正解だと思いながら、祐二を思い浮かべた。

 祐二はこの前三十二になった。

 隣にいる女は咲子や夏子ぐらいの女がぴったりくるだろう。

 三十八の自分は、ふさわしくないとは言わないが、似合ってはいないはずだ。


 ランチのハンバーグがおいしい。

 そう言われて二人に連れてこられたカフェは女性客で溢れていた。皆、近所の会社からランチにきているのだろう。

 咲子たちと同年代のアラサーの女たちばかりだ。アラフォーの宏美は少し周囲から浮いている。

 くそ。なんだこんな店。

 若い者向けの店内は白をベースにこじんまりとまとまっている。

 剥き出しの天井、カラフルな色の食器、そして背景に溶け込む白い家具。

 プラスチック製の家具が多いのもポップに見えないこともないが、宏美の世代の人間からいわせれば安っぽくみえた。

 こういう無機質で軽い感じのものを好む女たちが、宏美は若い頃から理解できなかった。  

 宏美は目の前のハンバーグを口にはこぶ。

 あら。

「おいしい」

「でしょー。つなぎが少ないんですよね。肉肉しさがたまんない」

 咲子が言いながらハンバーグを口に運ぶ。

 おまえは憎憎しいけどな。

 腹で毒づきながら、宏美はうなずいてみせた。

「この前さっちゃんと見つけたんです、このお店」

「ちょっと奥まってるから、会社の人も来ないしね」

「それが一番よね」宏美が同意する。

「宏美さん、彼氏、元気ですか」

 咲子が軽く笑いながら言う。

 きた、きた、きたよ。

 宏美はじっと咲子の目を見返して応えた。

「元気よ」

「いいなー、年下の彼氏。私も欲しいなー」

 夏子がぼやく。

 じゃあ作りなよ。宏美は思いながら、食事を続けた。ハンバーグはうまい。だが、同席者はいまいちだ。

「私もー」咲子がわざとらしく言った。

 ま、おまえらにはムリだな。

 そう思っている自分も意地が悪いと思い、宏美は二人の期待する言葉を口にした。

「まあ、あれで甲斐性があれば最高だけどね」

 一瞬シンとなり、咲子と夏子が宏美を見る。宏美は気づかないふりで食事を続けた。

 くるぞ、くるぞ。

 これで止まる二人ではない。

 声は細いくせに、神経だけは太いのだ。

 二人いっしょのときだけは。

「彼氏、まだ劇団で頑張ってるんですか」

 咲子が言う。

 切り込みは咲子の役目らしい。

「うん。もう諦めればいいのにね」

「あーゆーのって、お金、大丈夫なんですか」夏子がばかっぽく言う。

 バカがバカっぽくしゃべる女の魅力の低さに、こいつは気づかないのだろうか。

「ぜーんぜん。全然大丈夫じゃないよ」

「じゃあ、あの、生活費って・・・」

 咲子は止まらない。

 聞きづらいフリなんて覚えやがって。ホントにうぜーな、こいつら。

 ここで黙り込めないのが、上司の辛さである。

「今は私が多めに出してるかな」

「えらーい、宏美さん。下積みを支えるなんて、誰にでもできるってもんじゃないですよ」

 持ち上げ役は夏子らしい。

 打ち合わせでもしてるのだろうか。

 わかってる。私も成り行きだって。

 でもそんな本心、言えやしない。

「私も絶対にムリー。あ、でも、宏美さんぐらい稼ぎがあれば、できるのかなー」

 咲子が添えもののナポリタンをフォークでくるくる回しながら言った。

 言うこともクセがあれば、手癖も悪い。どうしようもない女だ。

 金のことまで話題にしようとする咲子はほんとうに図太いと思う。

 この芯の太さを仕事に使ってもらえないだろうか。

 あのフォーク取り上げて、ドタマに刺したろか。

 黒い想像に宏美の胸は小さく踊る。

「私だって、そんなに貰ってないって」

「えー、宏美さんマネージャーじゃないですかー」

 夏子のトーンはいちいち高い。

 いらっとする心をなんとか抑える。がんばれ、自分。

「社員さんだし。私たちなんて、ボーナスもないしー」

「ボーナスつっても大してでないよ、ウチは。しかも、なくなってきてるし。二人とも知ってんでしょ?」

 嘘ではなかった。

 ボーナスは少しずつだが年々下がり続けていた。

「でも、やっぱり大きいですよー、ボーナスは」

 咲子はたびたびボーナスという言葉を口にする。

 なら正社員としてどこかに就職すればいいものを、それは嫌だという。

 派遣の気楽さを愛してますから。

 咲子はいつかそう言って笑った。

 そのとき、横浜に実家のある咲子をうらやましく感じた。

 地方出身でたいして学歴もない、もちろんコネもない、宏美は忍耐と根性だけで社会と会社にとりすがっている。

 心はいつも息切れしている。

 こんな気持ちを誰がわかってくれるだろう。

 咲子と夏子のトーンが目に見えて落ちる。

 サラリーの話になるとすぐこうだ。

「男養うには、ちょっと足りないかなー、なんて」宏美はおどけて言った。

 自分が本格的に嫌いになりそうだった。

「そっか」咲子が言い、「ですよねー」と夏子が続いた。

 祐二のことを絡めると浮き上がる二人だった。

 あくまでもヒモトークしたいわけね。

 さすがに宏美は不快になる。

 祐二をバカにされた気がするからだ。いや、しているのだろうが。

 そして、本当に二人がバカにしたいのは、そんな男に付き合ってもらっている年上の女だろう。

 宏美の上着のポケットで携帯が震えた。

 下を向いて画面を確認する。画面には、内田部長の表示が出ていた。

 宏美は電話に出た。

「もしもし」

 電話からは内田の甲高い声が響いた。

「あー、石井さん。お昼にごめんね。先月の集計表、どこにあったっけ。あの棒グラフと円グラフが並んだやつ」

 早口で言う。

 のんびりした口調の内田が早口になるのはテンパっている証拠だった。

「企画部の月間集計のフォルダに入ってるはずですけど」

「・・・」

 内田の返答がない。

 パソコンを見ながら話しているのだろう。

 内田が不器用にマウスを転がす姿が浮かんだ。見慣れた社内の光景だ。

「それがさっきから探してるけどないんだよ。どこに行っちゃったのかなー」

「朝見たときはありましたよ」

 どうせ他のフォルダでも見ているに違いない。

「でもないんだよ。困ったなー。一時からの会議で必要なのに。やばいなー」

 内田が演技ががかった口調で言う。

 宏美は大きくため息をついた。

 内田に気づかれてもいいと思った。

 咲子と夏子がこちらをじっと見ていた。

「ちょっと待っててください。十分で戻りますから」

「どうしたんですか」

 咲子が言う。

「ごめん、なんか部長がグズってるから、先行くわ」

「えー、ほっとけばいいのに、あんなハゲチャビン」咲子が強い口調で言った。

「そうだ、そうだー」夏子があおる。

 宏美は席を立った。そんなわけにもいかない。

 財布を取り出し、千円札をテーブルに置く。

「ごめんね、先行くね」

「はーい」夏子がすねた口調で言った。

「がんばってくださーい」

 低い声で咲子が続く。

 拒絶すればいいのにという非難がそこにはあった。

「ごめんね」

 宏美は二人に頭を下げながら店を出た。


 手にもった財布が熱を持ち始める。

 早足で歩きながら、咲子と夏子の顔がちらついた。

 今頃二人は私の噂話で持ちきりだ。

 部長に媚を売ってるだとか、正社員は大変だとか。それもこれもヒモみたいな男と暮らしているせいだからだとか。

 勝手に言っていればいい。陰で言われるにはいくらでもどーぞだ。

 面と向かって言われると困るが。

 面倒くさいが仕方がない。

 あれこれ言いながらじゃないと、あの子たちは誰かの下では働けない。

 結婚も仕事もできないバカな奴ら。

 こんなふうに卑下しながらも、奴らとうまくやるために自分の弱みをさらす私も相当のうつけものだが。

 宏美の前を自転車がかすめた。

 驚いた宏美は足を止めた、

 歩道を走るスピードではなかった。最近都内は身勝手な自転車が走りすぎている。

 宏美はため息をついて、再び歩き始めた。

 あー、もう、いやだ。ネットワークとローカルの区別のつかない部長も、自分の人生がうまくいってない鬱憤を職場で消化しようとするバカ派遣も、もう、全部イヤだ。

 宏美は信号の前で足をとめた。

 目の前の国道ではすごい勢いで車が行き交っている。

 これまでは祐二がいたから我慢できた。祐二がいなくなったら・・・さて、どうしよう。

 信号が変わる。周囲があわただしく動きだす。

 しかし、宏美は周囲の動きに気づかない。目の前の車が止まっていることに気づき、信号を見上げる。

 宏美ははっとして小走りに信号を渡った。


 これだけはけっしてやるまい。

 そう決めていたことを破った日は、祐二の浮気が決定的になった日でもある。

 宏美はスウェットでソファに横になりテレビを見ていた。

 暇な時間があれば宏美はすぐにその姿勢をとった。

 玄関で鍵の開く音がする。宏美は首をひねって玄関のほうを見遣るが、すぐにテレビに視線を戻した。

 祐二が廊下を歩いてくる音がだんだん大きくなる。

「ただいまー」

「おかえり。遅かったね」

「うん、大将にひきとめられて。飲まされちゃったよー」

「大変だったね」

「いや、大将いい人だしさ。俺、結構気に入られてるし、頼りにもされてんのよ」

 祐二の声はご機嫌だ。

「それは良かった」

「なんだよ、関心ねーな。風呂入ってくる」

 祐二が上着を脱ぎ、ソファの背に置き、リビングを出て行く。

 宏美は風呂のドアが閉まる音を聞いてから、むくっとソファから身を起こした。

 祐二の脱ぎ捨てた上着を手にとる。そして右のポケットを探る。

 一発で探りあてた。

 宏美は祐二の携帯を手にとって眺めた。

 そして、風呂のほうを見遣る。

 祐二、ごめん。

 宏美は携帯を操作し始める。


 先に来ていた斉藤珠子がカウンターに座り、ジョッキを持ち上げビールを飲んでいた。

 なんというか、いろんなものを捨てたというか、諦めてしまった様子だ。 

 年がいった女が一人カウンターでビールを飲んでいるとこういう迫力が漂うのか。

 同じ年の女を見て、宏美は暗い気持ちになる。

 宏美はどかっと音をたてて珠子の隣に座る。

「おう、来たか」珠子が宏美を見た。

「おう、来たよ」

「どしたの、遅かったじゃん」

「ちょっと外注先の会社の人と軽く飲んでた」

「めずらしいわね、会社関係の人と飲むなんて」やっとカウンターに置かれた珠子のジョッキの中身は三分の一ほどになっている。

 どんだけ一気に飲むんだ。

 やはり自分とは違う生き物だと思うことにする。

「いつも部長が迷惑かけてるから、申し訳なくてね。接待」

「クライアントが接待なの?あんたも大変だね」珠子が苦笑する。

 苦笑したいのはこっちだ。

「大変、大変、もーお大変っ!」気分も声も、あがっていく。

「どしたの? いきなり。ストレスたまってんね」

「五分よ、五分」

「あん?」珠子の怪訝な視線が鋭く頬にささる。

 宏美は一旦それから逃げる。

「すみませーん、ビール、ジョッキで」

「はーい、ジョッキビール、一丁」厨房の奥から若いハリのある声が返ってくる。

 珠子がまだこっちを睨んでいる。

 宏美は口を開いた。

「祐二のやつ、締め出したら五分で女のところに走っていきやがった」

 珠子がふきだす。

「まじ?」

「それもうれしそうに、小走りしてったわ」

「それは、それは」

 今度は宏美が珠子を睨む。ひるむ珠子。意外に責めには弱い女だ。

「ひどいわね」

 深刻ぶった表情を作り、とってつけたように言う。

 宏美はそんな珠子の様子にいらだちを感じる。

 まあ、どんな返しがあったとしても腹立たしいのだが。

「はい、ビール一丁」

 宏美の前にビールが置かれる。

 宏美はビールをぐいっとあおった。一気に半分ほど飲む。

 そんな宏美を呆れた顔で珠子が見ている。自分だってしていることなのに。

 宏美はジョッキを置き、大きく息を吐いた。

「あのやきとり屋の看板娘?」

 珠子が聞く。

「たぶんね」

「かーっ、やってくれるね、祐二君。やっとアルバイト始めて、多少なりともお金を渡してくれるようになったと思ったら」

「そこの娘と浮気よ」

 宏美は再度ジョッキに口をつけた。

 残っているビールの半分ほどを流し込む。

「職住近接とは言うけど、何もセックスまでくっつけなくてもね」皮肉を言って、珠子が鼻で笑った。

 宏美は珠子を睨みつける。

「何うまいこと言ってんのよ。あー、もう腹たつー」

「もう別れりゃいいじゃん、あんなろくでなし」

 それはそうだ。そんなことわかっている。でも・・・

「風邪ひいたときどうすんのよ。あんた結婚したらどうすんのよ」子供っぽい本心を口にしてしまう。

 あまりにもあられない言葉で、自分ながら呆れてしまう。

「どうって、どうかしなさいよ。大人なんだから」

 おっしゃるとおり。でも・・・

「会社で嫌なことがあったとき、いや、毎日嫌なこと我慢してるのに、家に帰って一人で、私一人でどうすんのよ」

 言いながら、声にどんどん力がなくなる。

 気づいていなかった自分の闇に気づかされたような、苦い気持ちが胸に広がる。

「宏美・・・」

 珠子の目に憐憫が浮かぶ。

 親友でも見せていけないラインはあるのに、今夜の自分はそれを軽々と越えてしまいそうだ。

 いたたまれなり、残りのビールを一気に飲み干した。


 古びた焼き鳥屋の窓から薄い煙が出ている。甘辛いであろうタレの香ばしい匂いをともなって。

 宏美と珠子は店の前で足を止めた。

「このお店?」目を細め、すりガラスの向こうを凝視しながら珠子が言う。

 宏美はゆっくりうなずいた。

 店に入ろうと一歩を踏み出した珠子の右腕を宏美がつかんだ。

「何?」珠子がいらっとした顔をする。

「ちょっと待って」

「何よ、ここまで来て」

「ちょっと待って、心の準備が」

 宏美の頭の中に、祐二の携帯にあった送信済みメールの文面が浮かぶ。

 随所にハートマークがちりばめられたメール文の中に、何度も出てきた名前は「まゆみちゃん」だった。

「まゆみちゃんを探すんでしょ。いくよっ」

 珠子が宏美の腕を振りほどき、店へ向かっていく。

「ちょっと待ってよー」

 宏美は珠子の後を追った。


 ガラガラと引き戸を開け、珠子が中をのぞきこむ。

 祐二が珠子に気づき、カウンターの中から声をかけた。

「珠子さーん、いらっしゃい」

 言いながらも祐二は手元では焼き鳥の串を反転させている。

 なかなかの手つきだ。

 珠子は会釈して、店に体を滑り込ませた。

「いらっしゃいっ」

 五十代半ばだろうか、祐二と並んで鳥を焼いている店主が威勢のよい掛け声で迎えた。

「いらっしゃいませ」

 若い女の声も続く。

 おどおどしながら宏美は店に入った。

「どうぞ」

 女は言いながら、カウンターをふきんで強く拭いた。

 この女が店主の娘、まゆみだろうか。

 珠子と宏美は片付けられたカウンターに座る。

 席は八割ほどが埋まっていた。

 密度のわりに声はうるさくない。意外に会話しやすそうな店だ。

 珠子と宏美は首を並べて、ぐるりと店内を見回した。

「はい、どうぞ」

 他に従業員はいない。こいつがまゆみだ。

 まゆみが珠子に、そして宏美におしぼりを渡す。

 この手が祐二と・・・

 宏美はおしぼりもとらず、まゆみの差し出された手を凝視する。

 細くて薄くて白くて、キレイな手だった。こんなのであんなことこんなことされたら、そりゃあ女の私でもたまらない。

「あの・・・」

「あ、ごめんなさい」

 宏美はおしぼりをひったくった。

 落ち着きのない自分が情けなかった。

 祐二がカウンター内を移動し、珠子と宏美の前に立った。

 カウンターの中が一段高くなっているせいか、宏美たちが座っているせいか、いつもより祐二が大きく見えた。

 店の若い店主と言われれば、見えなくもない。

 宏美は萎縮した。

「来てくれたんだ」

「うん。どんなお店かなーと思って」それでも威勢のいい声で応えた。

「きたねえ店ですが、味はいいんで、たくさん食べていってくださいね」

 店主の声は太いが温かみがある。商売人のいい声だった。

「はい。ありがとうございます」珠子がそつなく応える。

「まゆみ、レバーとモモ、焼きあがったよ」

 店主がカウンターの中からまゆみに焼き鳥ののった皿を手渡す。

 やっぱりあれがまゆみか。

 宏美と珠子はまゆみを凝視した。

 小声で珠子が言う。「かわいいね」

 宏美がすぐにうなずく。

 そして、若い。

 まゆみが自分を見ている珠子と宏美に気づく。

 そして、二人のほうへ戻ってきて言った。

「ご注文、決まりました?」

「声もかわいいねー」

 珠子が隣の宏美にしか聞こえない声で言う。そして普通の声量で続けた。

「ビール二つと、あと、やきとりの盛り合わせを一つ」

「はい。ビール二、盛り合わせイチ」

「はいよー」

 店主が応える。

 親子はさすがに息があっている。

 宏美はまゆみから目が離せなかった。そんな宏美に気づき、まゆみがニコリと笑って見せた。

 いい笑顔だった。いい人間の笑い方だった。

 宏美は笑い返しながら泣きそうになる。

「ちょっと待っててくださいね。うちの焼き鳥はうまいですよ」

 言ってまゆみは他の客に呼ばれ、宏美たちから離れた。

 宏美は情けない、蚊の泣くような声で言った。

「感じまでいいよー」

「そだね。こりゃ完敗だ」珠子が小声で返す。

 宏美は小さな、ほとんど泣きそうな声で言った。

「珠子ー」

 そんな二人のやりとりに気づかず、祐二が珠子と宏美に笑いかける。

 二人は祐二に大きく笑い返した。


 あれが宏美さんか。

 そしてその親友の珠子さん。

 まゆみは震えを抑えながら、宏美におしぼりを差し出した。

 宏美はそのまゆみの手をじっと見つめていた。震えに気づいていたのだろうか。

 まゆみは懸命に笑顔を作った。

 負けたくなかった。

 でも実際は負けているのだ。

 まゆみはオフィスワークというものをしたことがない。

 服飾の専門学校は早々に中退した。父の店を手伝うまでは、飲食店のバイトをやったり、やらなかったり。

 祐二の同棲相手の宏美は、大学を出て、きちんとした会社に勤める女だという。

 きちんとした仕事をしていても綻んでいる人間など山ほど見てきた。

 飲み屋では皆が本性をさらす。だからまゆみもそういった人間に強い引け目を感じたことはなかった。

 しかし店に現れた宏美は、優しさと常識を感じさせる女だった。

 年はとっているが、それなりに美しさもある。

 品の良さや、内面からにじみ出る人間性も感じさせた。

 祐二のような男でなくても、いっしょに歩いていける、年相応の相手がいるのではないかと思わせる女だった。

 それに宏美には珠子という親友がいた。

 高校を出てからというもの、自分には親友といえるような友人がいない。

 だから男に頼ってしまう。騙されてしまう。時には殴られたこともある。

 キャバ嬢になれとすすめてきた男もいた。それも自分の借金を返すためにだ。

 思い出してもムカムカする。

 要するにまゆみは会ったとたん、宏美に嫉妬した。

 これまでは申し訳ないと思っていた、祐二の恋人の宏美に。

 この女から祐二を盗ってやる。

「いらっしゃいませー」

 明るく声を張り上げながら、カウンターに座る宏美と珠子を盗み見る。

 まゆみの心は店に充満する煙のように、どす黒いもので埋められていく。


 恋は先着順だろうか。

 いや、違うと若いまゆみは直線的に思う。

 かといってまゆみは他の女から男を奪うような女ではなかった。

 どちらかといえば奪われるほうの女だった。

 敵がいるとわかれば、怖かったり、面倒くさかったりして、腰がひけた。

 それでもと思えるような男にも出会ってこなかった。

 でも今回は違う。

 二十六歳のまゆみは初めて恋したような気持ちになっている。

 それに祐二は父が見込んだ男だ。

 家族の承認というのは案外大きいのではないだろうか。二人が末永く暮らしていこうとするなら。

 宏美は祐二のことを家族に晒してないはずだ。

 そりゃあそうだろう。三十を超えて定職についてない男を田舎の両親にどうして紹介できよう。

 親を恨んでいたり、泣かせたいのならともかく。

 あの女なら絶対にそんなことはしないだろう。優しく温かみのある、あの女なら。

 父は直感的な人だ。

 特に人を見ることに関しては。

 父は母にひと目惚れし、その日のうちにプロポーズしたらしい。

 そんなこと褒められたことではないのに、亡くなった母も、父もうれしそうに、誇らしげに話すのだった。

 そして、父は面接に来た祐二に惚れこんだ。

「おい、まゆみ、あれはいい男だぞ。ふらふらしてるから自分のことも諦めてるフシがあるがな」

「え?」

 父の言うことがまゆみには良くわからない。

「まあ見ておけ」

 父はおもしろくてたまらないというふうに含み笑いをした。

 大きな体の父がそうすると、底知れない不気味さが漂った。

「何よ、やな笑い方しちゃって。しかし、ずいぶん買ってるわね。自分の若い頃に似てるとか、そーゆーのでしょ」

「バカいっちゃいけねーよ。俺が三十の頃にはもうおまえもいたし、しっかり自立してたもんよ」

「そっか」

「でも、それもあるかもしんねーなー」

「ほらやっぱり」

 父はナルシストだった。母はそんな父の信奉者だった。だから、まゆみも父が大好きだ。

「あいつをこの店の跡取りに仕込んでやる」

「え?」

「手先は器用そうだ。なあに。鳥を焼くぐらい大したことはない」

 いつも焼き鳥をなめんなと言う父の台詞とは思えない。

「まゆみ、あいつと所帯もつってのはどうだ?」

「え? 何言ってんの。所帯ってなに?」

「所帯っつーのは、あれだよ、結婚するってことだよ」

「わかってるわよ。じゃなくて、なんでアルバイトの面接に来たおじさんと結婚しなきゃいけないのよ」

「あれは、おじさんか?」

「・・・」

 おじさんなんかじゃない。

 祐二は十分に魅力的な男だった。

「おまえみたいなどっか根がつかない、何をやっても続かないふらふらした女には・・・」

「悪かったわね」

「まあ、聞けや。あーゆー、同じようなちょっとふらふらした男がいいんだよ。似たようなもの同士がいっしょになったほうが、案外まっとうになるってもんよ」

「そんなもんかね」

「そーゆーもんなんだよ。くっくっくっ」

 父が再び含み笑いをはじめる。

「だから、その笑い方やめてよー」

「なんでだよ。いいじゃねえか。気分いいんだから。よし、決めた。おまえ、あいつに嫁げ」

「何バカなこと言ってんのよ」

「バカなことじゃねえ、俺はおまえの幸せを思って」

 まゆみが遮る。

「あー、もう、わかった、わかりましたよ。前向きに考えてみます」

「最初からそう言えばいいんだよ」

 父は満足気にカップ酒を飲み干した。

 まゆみはそんな父を見ながら、昼間面接に来ていた祐二の姿を思い返す。

 その隣に立つ自分を想像してみる。

 頭の中は自分は恥ずかしげに微笑んでいた。悪くなかった。


 カウンターに座り続けた二人の姿勢は、傾いたソフトクリームのように崩れていた。

 泥酔し、カウンターに頬をつけている宏美が言った。

「ねえ、ねえ、聞いてよ」

 視線の先の珠子もかなり酔っ払っている。

「最近はエッチもなかったんだけどね」

「まあ、あんたたち長いからね」

 へへっと珠子が続けて笑う。

「まだエッチしてたころ、最後のほうはね」

 珠子はグヘヘと下品に笑って、顔を起こし、宏美を見て言って。

「何よ。どした」

「私、電気消してた。体見られるのがイヤで」

「前は一緒に風呂に入ったりしてたじゃーん」

 珠子が宏美の頬をつねる。

 宏美がそれを払いのけた。

「最初の頃の話でしょ。今はもうムリ」

「何で」

「自分の体が恥ずかしくて。たるんで、くすんでいく体が」

「・・・」

「でも祐二の体はまだまだ若くて。男盛りで、女を惹きつけそうで」

「仕方ないじゃん。わかってたことじゃん」珠子が節をつけて言う。こんな話題、茶化さないと聞いていられないのだろう。

「そうなんだけど」

 宏美が空のジョッキをもてあそぶ。

「年の差ってこーゆーことかって、愕然とした。一緒に年をとれないって、悲しいね」

 宏美が珠子を見て、小さく笑った。珠子も小さく笑う。

「そだね」

「まゆみちゃんはピチピチボディだよ、きっと」

「そうだね。あの子、細いのにプリンプリンしてたよね。ナイスボディちゃん」

 珠子の言葉に宏美ががくんと首を折る。

「宏美、大丈夫」

 宏美が首を垂れたままうなずく。

「死んだか」

 宏美がきっと顔をあげた。

「死ねない。まだ死ねない。親より先には死ねない」

「だよねー。私ら孫の顔は見せてあげられない親不孝もんだけど、親の介護ぐらいはしっかりやろーぜ」

 珠子が宏美の肩に手をまわした。

「おうよ」

 宏美がコツンと珠子に頭をぶつける。

「何よ、甘えちゃって」

「甘えさせてよ」

「一万円」

「・・・」

「じゃあ五千円」

 宏美は珠子から体を離した。

 こんなので数千円とられてはたまらない。

「今度はさ」つぶやくように宏美が言った。

「ん?」

「今度は一緒に年をとっていける人にしようかなー。手をひいていってくれるような」

 涙がすっと一筋こぼれた。珠子になら見られてもかまわない。

「うん。そうしな」

 珠子がジョッキを持ち上げる。宏美の涙を見ないふりをしてくれた。

 男前な女だ。

「すみませーん、ビールおかわりー」

「私もー」珠子がすぐに続いた。

「はーい、ビール、二丁」

 なかなか外に出てこない若い店員の声が戻ってきた。


 宏美は先につぶれてしまった。

 珠子はおかしな格好でカウンターに突っ伏して寝ている宏美を見て、苦笑した。

 しかし次の瞬間、泣きそうになる。

 珠子は鼻をすすって、涙を止めた。

 煙草に火をつけ、思いっきりふかす。

 威勢と負けん気だけが四十近い女の武器だ。

 そのとき店の入口が開き、祐二が顔を覗かせた。

 珠子に気づき、祐二は愛想笑いし、会釈をした。

 珠子はぎこちなく会釈を返した。


 締め出されたあの夜、祐二はどこか許されたような気持ちになった。

 怒るどころか、心の中は申し訳なさで一杯だった。

 小走りしながら、祐二は何度も心の中で思った。

 宏美、すまんっ。

 締め出されたのになぜとも思う。思いながらも、祐二は胸で唱える。繰り返し、繰り返し、呪文のように。

 それは自分が浮気をしているからだ。

 経済的にも精神的にも厳しい自分を支えてくれた宏美を裏切って。

 でも、宏美はどうなのだろう。

 宏美だって自分を利用しなかったか。

 日常の寂しさや会社生活のむなしさのよりどころにしなかったか。

 祐二は夜の道を駆け続けた。

 宏美への申し訳なさは消えないが、このうえもない開放感もあった。

 最近の祐二は宏美に対して義務感のようなものを抱いていた。

 世話になったから優しくしないといけない。平らく言えば、そんなふうに思い、宏美が煙たくなっていた。

 普通の男女ならただの心離れで済んだのだろう。

 しかし、祐二と宏美は違う。

 宏美は祐二の生活を支えてきた。祐二は実質ヒモだった。

 その事実が祐二には重い。そんなのは都合の良い逃げだとわかっているが。

 焼き鳥屋でバイトをはじめ、少しでも収入を得るようになった祐二は自分に自信をつけていった。

 これまでどのバイトも長続きしなかった祐二にとって、その自信は大きかった。

 そして、何よりまゆみの存在だ。

 いつも年上の女から加護されるような恋愛をしてきた祐二にとって、自分を頼りにし、自分を大人と崇める年下の女の存在は新鮮で、手にしたばかりの少しの自信をゆるぎないものにしてくれた。

 守られるポジションから守るポジションに。 

 祐二は初めて知る恋のポジションに酔っ払っていた。

 このまままゆみの部屋に戻ろう。

 足は自然と早くなる。気持ちもはやった。早く、早く、早く。

 祐二の額に汗が流れる。

 深夜に何やってんだか。

 苦笑にもどこか余裕がある。

 今、自分は人生の中で最大の余裕に満ちている。

 それが祐二の魅力を底上げしていた。宏美の目から見ても、そうだった。祐二は残酷にもそれには気づかない。

「待ってろよー、まゆみっ!」

 祐二は絶叫した。

 夜道に自らの声がこだまする。

 子供っぽいことをすると恋してる感が高まるのはなぜだろう。

 流れる汗を感じれば感じるほど、祐二の心は躍った。


 キッチンからの包丁の音で、宏美は目を覚ました。

 いつものベッドで寝ていた。

 宏美は記憶を手繰り寄せるが、行きつけの居酒屋で飲んだくれる珠子の姿しか出てこない。

 宏美はのろのろとベッドから出て、キッチンに向かった。

 キッチンには祐二が立っていた。

 背中の端からネギがのぞいていた。コンロにかかった鍋から湯気が出て、おいしそうな味噌汁の匂いを広げている。

 焼き鳥屋で働くようになってから、祐二は料理が上手くなった。

 それを喜んだときもあったが、今はただただ悲しい。

 宏美は祐二に近づいていった。その背中は出会った頃より、ずっと厚くたくましく、女から見たら丁度良くなっていた。

 祐二は坂を上り、宏美は坂を下った。

 それだけのことだ。でも、一番魅力的になったところで相手を手放すのは、何よりも苦しい。

 それでも宏美にはわかっている。

 私たちはもう終わっているのだ。私は祐二を手放さないといけないだろう。

 でも、でも、「もう少しだけ」を願ってはいけないだろうか。

 宏美は声をかけれずに、祐二の背中を見つめた。


 以前はキッチンに立って料理するのは専ら宏美だった。

 そして、キッチンに立つ宏美を後ろから抱きしめるのは祐二の役目だった。

 あの朝も祐二に抱きすくめられ、宏美は体をこわばらせた。

「おはよー」

「だめよ、祐二。危ないでしょー」

「いいじゃん」

 祐二が宏美に抱きついたまま、体を揺らす。

「何作ってんの?」

「内緒」

「またカレーだろー」

「違うもん」甘い声が出る。祐二の腕の中だと自然に出る声だ。

「じゃあ、シチューだ」

「・・・」

「当たりだ」

「ブッブー、ビーフシチューだよーん」

「ルーが違うだけじゃん」祐二がバカにしたように言う。

「何よ。食べたくないの」

「食べるよー」

 祐二が後ろから包丁を持っている宏美に手を沿える。

 祐二と宏美は手を重ねたままジャガイモを大ぶりに切っていった。

「二人でする最初の共同作業です」祐二が楽しそうに言う。

「アホか」

 宏美は小さく笑った。幸せだった。

「俺が成功したら」

「・・・」

「宏美にいっぱーい贅沢させてやるよ」

 ばかなことを。そう思いながら宏美の胸は一杯になる。

「成功したらな」

「期待しないで待ってるわ」

 二人は笑いながらジャガイモを切り続けた。


 今は狭いキッチンで一人料理をしているのは祐二だ。

 宏美は祐二の後ろに立ち、その背中を凝視していた。

 祐二が宏美に気づき、振向いた。

 すぐ後ろに立っていた宏美に一瞬ぎょっとする。

「おはよ。二日酔い大丈夫?」

「あ、うん、大丈夫」

「珠子さんも送っといたから」

「そう。ありがと」

「どういしまして」

 祐二がネギを刻み続ける。

 こんなにいらないのに。

 宏美は後ろから祐二に抱きついた。

「危ないよー」

「いいじゃーん」

 情けないかもしれないけど。

「味噌汁、卵入れる?」

「うん、入れて」

 もっとみじめになるかもしれないけど。

「散らす?」

「ううん、半熟にして」

「えー、難しいなー」

 難しいね。私達、ずっとは、難しいね。

 でも、もう少しだけ、この終わりかけの恋にしがみついていたい。

「いいでしょ?」

「うん?」

 祐二がのんきに問い返す。

 この男にどれほどのものを与えてきただろう。

 それでもまだまだあげたいと思う。お金も、気持ちも。

「だから半熟」

 宏美は甘えた口調で言い、祐二の張り出した背中の骨に頬を擦り付けた。

 ひなたの匂いがすると思って、宏美は何度も繰り返す。

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