第1話
冷めたコーヒーは気に入らない。そんな午後11時。
「アイスコーヒーと変わらない」とも言われるが、アイスコーヒーは目標が冷たいコーヒーであって、その目的を達成するために氷を使用し最適温度、必要温度まで下げる。だが、冷めたコーヒーは元々ホットコーヒーという存在であって必要とされる60度から70度を目標にしその温度帯で飲むためにある。その最適温度を逃して目標とは違う結果に甘んじて飲むのが「冷めたコーヒー」なのだ。
昔からよく言われる言葉が偏屈。まるで夏目漱石。
そんな元1000円札の髭は置いておいて、目の前の冷めたコーヒーと睨み合っている。
食べ物飲み物を残すのは自分の気持ち的に良くない。それはアフリカの恵まれない子供たち、だとか世界では毎日19000人餓死しているから、とかではく目の前にあるものを残すのは行儀が悪いという意識からである。
恵まれない餓死を気にするのであれば直接お金をアフリカだかカンボジアだかに送るべきだと思うし、人間は自分とは関係ない被害には気持ちが入らないものだとも理解している。
ほら、めんどくさい性格だと、偏屈だと思ったろ?
だからというわけではないが1人でいるのは楽だし、1人でいた。
周りも関わろうと思えるタイプじゃないと判断したのか何事もなく学生時代を終え今がある。
ヒエラルキーの中に存在しなかった。
三角形から漏れた。
例えば高校3年のとき同じクラスだった男子生徒。
サッカー部でキャプテン。ミッドフィールダー。
爽やかで顔面偏差値が高くて何事も卒なくこなす、いわゆるイケメン。
「翼くんかよ、今どきジャンプでもこんな主人公でてこねーよ。お前の生息地りぼんかよ」
とも思っていた。
そんな翼もどきが4月こう言ってきた。
「なぁなぁ、一緒にカラオケいかない?みんなで行って親睦会みたいなのしようかなと思うんやけど」
親睦会。
学生には必要な行事のひとつなのだろう。
でも自分にとってはこの冷めたコーヒーと同じ。
自分は卒業するためだけに学校に来てるし、親睦会は必要ない。
目標とはちがう。
「いや、いい」
そう答えた。それが学生時代の全て。
いや、いい。
ただその中で全ての関わりを絶っていたわけではない。
冷めたコーヒーを嫌々口に含みながらパソコンを立ちあげる。
いつものようにインターネットプラウザを立ちあげる。そして検索サイトまでいき
ムービングチャンネル
と打ち込み検索した。
日本最大の掲示板サイト
ムービングチャンネル
通称「ムちゃん」
匿名掲示板で誰でもスレッドという掲示板を立ちあげることができ、また誰でもレスポンスという返事ができる。
特筆すべきは全て匿名であり、無制限であること。中にはムちゃんで出会って結婚した者やムちゃんで就活する者、ムちゃんで趣味友を見つける者、ムちゃんのスレッドを映画化したものまである。
現実世界で誰とも関わらずともムちゃんで人と関わる者もいる。
そんな1人だった。
ムちゃんを使い始めて十数年、色々なスレッドを見てきた。
例えば「女子高生だけどパンツうpする」というスレッドがあったとする。
スレッドは通称スレ。それに対するレスポンスはレスと呼ばれる。だとか、うpとは写真をネット上にアップロードするということ。アップロードのアップロードを英語表記に直しup、uをローマ字表記でうにし、うp。だとか。
女子高生だって言ってるのにホントは男がしていて、レスさせたくてスレを立ち上げているいわゆる釣りスレ、だとか。そのスレのクオリティが低くてクソみたいだからクソスレとか。
そんな色々なルールの様なこともわかっている。
ムちゃんの良さは匿名であるということ。
名無し、でも自分で決めた名前でも良い。
意味の無い一期一会。もしくは意味のある一期一会。
今日も色んなスレを見ていた。
今日のニュースやスキャンダル、話題の漫画、映画。
何万何億という活字が流れていく。
そんな中でスレを開くのも一期一会だなと1人変に微笑んでしまった。
口に運んだカップはいつの間にか空になってしまっていた。
妙な気恥しさに戸惑いながらカップをそのまま机に戻し再度パソコンモニターに視線をやる。
クソスレ
何故か目に付いた。
そんなタイトルのスレは今まで無かったし、そのタイトルで誰かが開くとは思えなかった。
偏屈だな、そう思うだけで惹かれる。それは自分がそうだからなのか、自分はそうだと言われてきたからなのか、そのスレを立ち上げた者をそうだと思ったからなのか、気づいたらスレを開いていた。
スレはタイトルをクリックして開くと、そこにはスレを立てたスレ主のコメントがある。
マスター「開いた偏屈な人と話したい」
こちらの心を読まれたかのように偏屈という言葉が使われていた。
何故か心臓が少しだけいつもとちがう動きをする。別の臓器のように、別の場所にあるかのように。
とにかくマスター、と名乗るスレ主はどうやら偏屈らしい。
すぐにほかの人のレスがついた。
名無し「何このスレwww」
名無し「話したいってなにをww」
名無し「話したいことをタイトルに書けばいいんじゃね?」
名無し「クソスレ乙」
何人かは興味本位で開いているらしい。
だが匿名で茶化すだけで取り合おうとはしていない。wは笑ったの略語で乙はお疲れの略語、どちらも少し馬鹿にしてるようなニュアンスを含んだ使われ方をしている。
特に目をひく言葉も無かったので一旦新しくコーヒーを入れにいく。
カップにコーヒーを入れて、机に戻り再びモニターを見ると新しくレスが付いていた。
名無し「とくになんもないん」
味噌「興味あるならマスターに何?ってきけばいいんじゃない」
名無し、つまり匿名で書き込む人間は少なくなってきて味噌と名乗る者が書き込んでいた。
スレはどんどんあたらしく立ち上げられ古いスレはそれこそネットの片隅へと追いやられ、誰にも見られなくなる。
マスターはそれを待っているかのように書き込みをしない。たしかに茶化すような者が何人居ても会話にならない、だがそこまで考えているとしたらムちゃんをよく知っていると言える。
井戸「結局なんなん?」
新しく書き込みが出てきた。
井戸と名乗る。
味噌「茶化すような人達がいなくなるのを待ってるんじゃないかな?」
井戸「だとしたらもうええんやない?」
味噌「知らないけど」
井戸「マスターおる?」
たしかに匿名で書き込む者は居なくなっていたし、もう新しくこのスレを見るような者もいないだろう。
マスター「何人このスレッドを見ていますか?」
味噌「見てる」
井戸「みてんで」
何かを話すために人数確認しているのだろうか。
わざわざ匿名掲示板であえて自分で名付け名乗り書き込むような偏屈な人達と偏屈なマスター。興味は充分そそられている。
どうしよう、書き込むべきか。
親睦会に行くには連絡先を交換して、待ち合わせて、確認し、集まり、、、といった煩わしいステップがある。工程がある。
だが、書き込むには目の前のキーボードを叩けば良いだけだ。これくらいなら、煩わしさは感じない。
なんて名前にしよう、、、。
京都「いるよ|ω・)」