06話 義理人情に熱い
村まで、案外遠い物だと思っていた。
「まぁ、煙が見えたくらいだし、近いものか・・・」
獣道をできるだけ選び、安全な道を探りながら通った。
鮎川にはすまないが九条のリュックサックの中にいてもらった。
リュックの口はゴムで閉じ、その上にカバーを乗せるため、チャックのような酸欠の心配もない。
・・・・・というか!
「おっも!センセー中きつくないですか?」
〔それより、さっきの「おっも!」て何?失礼じゃない?〕
「そ、それはさておき、そろそろ村に着きます。これからは僕が良いと言うまで、できるだけ喋らないでもらえますか?」
無理やり、話題をずらす。実際その通りにしなくては、鮎川の身が危険である。近くで狩猟に来た村民に見られたら、何も言えない。
しばらく歩くと、森が開けてきた。そこは村の入り口でもあった。
「おぉー!。普通だなぁー!」
何というか、自分の想像していた通りの村で逆に驚いた。
レンがで出来た壁に赤い屋根。そういった家が何件も建てられており、まるで団地だ。だが、道という感じの物がなく、家の方向は疎らで、建てる位置も自分勝手だ。
「これじゃぁ、規則も守れない訳だ」
九条は腰に両手を付けると大きなため息をつく。
「そこで、何をしている!」
後ろから低い大きな声が聞こえた。声に驚き両手の肘を直角に曲げ上げてしまった。
声の主は後ろから横へ、横から前へと移動してくる。警戒されているのかその手には手作り感丸出しの弓矢があった。
「ぼ、僕は!別に怪しい者ではありません!」
「その格好を見て、どこが怪しいって?全部だ!」
全部か・・・。目の前にいる男の服装と荷物を見てみる。服装は、褐色系の服装、少なくとも布とは言えないな。次に荷物だ。袋を腰に括りつけ、落ちないようにしている。中に入っている物は分からず、あとは手に持っている弓と矢くらいだ。
「僕は!あなた方に『知識』を与えに来ました!」
「知識?なんだ?俺たちにこれ以上何を与えてくれるんだ?ここらで最も聡慧な部類の俺たちに!」
まじかよ・・・・その服装で、その弓で。よく言えたものだ。
九条は手を下すと、顎に指をさすり考え出した。
「うーーーーん・・・・・・あ!そうだ、あなたはこんなお菓子を知ってますか?」
九条がポケットから取り出したのは、べっこう飴だった。
九条は袋から飴を取り出し男に差し出す。男は弓を降ろし、それを手に持つと口に投げ込んだ。
「なんだこれは、・・・・・・・・なんだ!これは!硬いがうまいぞ!これは何という物だ!」
「べっこう飴です。食べるのではなく舐めるものです」
「べっこー飴?舐めるものとは、今まで聞いた事がない」
鞄から悲鳴にも似た悲痛な叫びが聞こえてきた。
「なんだ?今の声は?」
「ここは森の傍ですよ?獣の声か何かじゃないですか?」
すみませんセンセー。うまくいったら10個でも100個でも作りますから。
「何という事だ。こんなにうまい物がこの世に存在するとは、あぁ!さっきはすまない事をした。」
男は深く謝罪をしてくる。
「別に良いですよ!それより、この村ってどんな所なんですか?」
「あぁ、この村はな、王都から最東端に位置する村で『バルヒー』という村だ。ここに住む人間は聡慧でな、よく王都に呼び出されるんだ」
なるほど、この世界の人間は全員頭が悪いらしい。
「へぇーー。分かりました」
「あんた、今晩泊まる所ないだろ。家に来たらどうだ?」
「すみません。もし、さっきの飴が目的ならもうありません」
「そんなもんはいらん!さっきの償い位させてくれ。家のモットーは『義理人情に厚い』だからな」
ほほーー。義理人情ねぇーー・・・・・。
九条は心の底で呆れながら、男について行った。
鞄の中からは未だ鮎川の鳴き声が続いている。
近くでは広場で子供達が遊んでいる。追いかけっこでもしているのだろうか。遠くからでは何をしているか分からない。
男の家はすぐに着いた。
家に入ると靴を脱がずズカズカと入っていく。九条も違和感を感じながら男について行くように中へと入っていく。
「ただいまーー!元気にしてたか!?我が子達よ!」
パパー!と、家の中から走って来たのは、見た目9歳の男の子と7歳の女の子だった。
男は絨毯の引かれた所にあぐらを掻いて座った。
「誰ー?この人?泥棒?」
泥棒が亭主の目の前に現れる訳がないだろう。
苦笑いしながら、女の子の顔を見た。
『お兄ちゃんー!パパー!』
そこはあの村の光景だった。だが、違う。複数の家が燃えている。
『アルカ!今すぐに行く!そこで待ってろ!』
空は夜だ。そのせいで火事の炎が一層恐ろしく見える。
子供たちはあの女の子以外何処にもいない。逃げたのだろうか。
近くの家から、鎧を身に纏った男が現れた。
『コンラード隊長!どうしましょう。この村にも奴はいないようです!』
兵士だと思われる男は、すると家々の間から馬に跨った男が現れた。男は他の者達より強そうな鎧を身に纏っており、マントを着ている。
よく見ると、周りには同じように鎧を身に纏った兵士?らしき男たちが家に入っては出てくる。
『ッチ!此処にもいないのか。何にも収穫がない・・・ふざけるな!どうせなら奴隷の1匹でも連れてこい!』
すると、兵士の一人があの女の子を引きずりながら連れてきた。
『ん?いいな。顔も悪くない。この歳なら数年調教すればちょうどいい』
隊長と呼ばれる男は馬から降りると、女の子の髪を鷲づかみにし、顔を見た。
『止めてくれ!俺の娘を連れてくな!』
あの娘の父親が鎧を纏った男に殴りかかった。
『めんどくせーなー!おい!今すぐ殺せ!』
兵士は一言返事すると、父親に刃を向けた。
そして、切り掛ろうとしたその時、
『パパを殺さないで!』
女の子が父親を突き飛ばし、自分は兵士に背中を切られた。
そのまま、女の子は背中から流れる血を止めようとも出来ず、息絶えた。残ったのは、父親の悲痛な叫びだけだった。
「・・・・ぃ・・・ぉーぃ・・・ぉーい!おい!大丈夫か?」
また、あれだった。しかし、これはあまりにも長すぎる。どういうことだ?
足元を見ると、子供達がこちらを心配そうな目で見てくる。
あ、そうか・・・・・。
「お兄さんはね、森で迷ってる所をこの人に助けてもらったんだ!」
「パパかっこいい!」
九条は子供たちに何となく説明すると、子供たちは父親に賞賛の声を送る。
「それで、なんだがこの人、なんだかここに来て泊まる所がないらしいんだ。我が子よ。泊めてもいいか?」
「パパの知ってる人なら誰でも大歓迎だよ!」
女の子は両手を広げ九条を歓迎してくれる。
「僕はちょっとイヤ。どこから来たかも分からない奴にここに居て欲しくない」
男の子からは嫌われてしまったようだ。
九条は半分ふて腐れたその顔を見ると、腰を下ろした。
そして、頭を撫でながら、
「君は、生き物が好きみたいだね。種類は・・・・・鷲だね?」
男の子は顔を上げ、驚いた顔でこちらを見た。
「何で分かったの?」
「君の頭に付けてるのは、鳥の羽だよね。それも新しい物だ。こういった物を付ける風習でもない事は先ほど見た子たちからは見受けられたからね。そして、君の服装からは犬や猫の毛がこびりついてるしね。鷲は見たことがあるから・・・・これであってる?」
九条は、この子供に懐いて欲しいがために必死に考えた結果がこれだった。
さぁー・・・・どうだ!
「ねぇ・・・・・お兄ちゃんはグリフォンって信じる?」
「え?グリフォン?」
「そー!上半身が鷲でね!下半身が獅子なの!僕ね、一度見たことがあるんだ。皆信じてくれないんだけど・・・・・お兄ちゃんは信じてくれるよね!」
九条は男の子に笑みを向ける。
「あぁ!信じる!なんせお兄ちゃんも見た事があるからね!」
そう言うと、男の子は九条に満面の笑みを浮かべた。