03話 金の果実
「ルシファー・・・・・・そういうことね」
鮎川は何か分かったかのように、右手を顎に添えた。
「何か分かったんですかセンセー?」
「うん。レイ君、アダムとイヴの話って憶えてる?」
「はい、確か、神にエデンの園にある金の果実を食べることを駄目出し
されているのに、食べちゃって神に見捨てられちゃう神話ですよね?」
「そう、で、私が言いたいのはその二人にリンゴを食べるようたぶらかした
のはこのルシファーってわけ」
僕が知っている神話に新たな上書きがされた。
アダムとイヴは自分から自分達から食べようとした訳ではなく、最初に
イヴに食べるようたぶらかしたという訳か。
「いや、それには語幣があるな。僕は彼らに知識を与えてやったんだ。
そして、君らは忘れているはずだ。特に、僕らに詳しいそこの美女さんなら
分かるはずだ」
ルシファーがそう言うと、傍に落ちていた二つの果実を両手に持った。
「えぇ、神はアダムとイヴを無知のままにして飼っておこうと考え、知恵の木の実を食べさせなかっ・・・ただったはずです」
「つまり?」
鮎川の返答に、ルシファーはさらに短縮した返答を要求をした。
九条にはルシファーの考えている事が未だ理解できない。
「つまり・・・・・・神は悪で、ルシファーこそが人間の味方・・・・・・もしくは、神が隠匿している知識を人間に明かしてくれる者・・・・・・かな?」
「ビ!ーンゴ!!!」
ぐへー!。自画自賛にもほどがあるだろ。
ルシファーは腕を組み、褒められた5歳児の子供のような態度で、二人を見る。
そして、両手に持ってる果実を二人に一個ずつ投げ。二人はうまく受け止めた。
「金の・・・・・リンゴ」
禁断の果実。そういえば、アダムとイブが食べた果実は金のリンゴだ。
「人間が知識を得、羞恥を知り、神に見捨てられた元凶」
あんたがそれを言うのか。
ルシファーは二人の持ってる果実を見た。
「さすがに、もう十分の知識を得た君達に、さらなる知識を得ろとは言
わない。だが、これにはちょっとした小細工をさせてもらった」
ルシファーはポケットから二つの卵を取り出した。
そして、両手に一個ずつ乗せると、こう言い放った。
「生と・・・・・死だ」
グシャッ!・・・・・・パリッ!・・・・。
醜い音と何かが割れる音が聞こえた。
見ると、ルシファーの右手には潰れ君がタラリと垂れ流れている。そし
て、左手には割れた卵の中から、新たな命の誕生、生があった。
「まぁ、食べれば分かる。君らには君らに相応しい力を与えよう」
「食べたら、片方が死んじゃったり・・・・・とかはないですよね?もしそうだったら・・・・・」
九条は、ルシファーから鮎川に視線を変えた。そして、一歩ずつ近づいた。
鮎川は九条の考えが分かったのかどうか分からないが、手に持っている果実を後ろに隠した。
「センセー・・・・・あなたはまだ若い。その果実を僕にください」
「ダメ!もしレイ君がが死んじゃったらどうするの!」
鮎川は、震えながら手を指し伸ばし歩み寄ってくる九条に今すぐ逃げ出せと叫びたい。だが、声が出ない。動かない。
「大丈夫・・・・・です。さすがの毒でもちょびっと位なら死なないはずだから。万一、僕が死んだら、逆の方を食べてください」
九条は、ニコッと笑うと鮎川から果実を受け取った。
「センセー知らないですよね。僕と一緒にいる人は運が急上昇するんですよ?友人のお墨付きです!」
そう言うと、九条は鮎川から受け取った金の果実を口に近づけた。
「一応言っとかなくちゃ。・・・・・・・・いただきます」
リンゴを挟んで手を合わせると、優しくそう言った。
ムシャッ!・・・・・・シャキッ!・・・シャクシャク・・・・!!
ドサッ・・・・・。
突然の手の痺れ。半分も食てべない所で、落としてしまった。
九条は落としてしまったそれを拾おうとした時、九条の視界が崩れた。
気が付くと、九条の視線は地面の傍を見ていた。
あれ?おかしいなぁ。手が痺れて感覚が鈍くなってきてる・・・。
九条は跪くと、腰を下ろした。そして、震えている手をもう片方の手で必死に抑えた。だが、災難はここでは終わらなった。
「ヴ!・・・・ヴエェェェエェ!!・・・ハァ・・・ハァ・・・ヴゲェェ!!・・・」
今度は今までに感じたことのない吐き気。そうか、これが外れだったのか。よかった・・・。
「センセー!こっちが当たりの・・・・ようです。ハァ・・・ハァ・・・」
鼻で息をする事すら苦しい。もっと、酸素をもっと!酸素を取り込まなければ!
九条が這いつくばっていると、鮎川がやって来た。
「レイ君・・・ごめん・・・本当にごめん!でも、ありがとね・・・」
それだけを言うと、鮎川は九条の傍に落ちているそれを拾った。
「センセー・・・・・ごめん・・・ごめ・・・!!」
鮎川が拾ったのは当たりの方ではなく、九条が食べた外れのリンゴ。
果肉からは汁がきれいに染みだしている。
ホントにシャレにならないから止めて・・・く・・・れ・・・。
九条の意識は・・・生命活動はそこで停止した。
「ありがとね・・・もう少し、いえもっとお話がしたかったのに」
ドサッ・・・・・。
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カァー・・・カァー・・・カァー・・・。
カラスの声が聞こえる。いや、ここはあそことは別の世界なのだからカラスに似た鳥と言った方が明解だろう。
僕は、死ななかった。此処があの世でないのであるならば僕は生きている。
九条は立ち上ると、辺りを見回した。足元には、齧られた跡のあるリンゴ。そして、目線の先には・・・・彼女が倒れていた。
「大丈夫ですか?・・・・・僕が食べたのが・・・・あたりなら・・・・センセーもきっと・・・・」
九条は鮎川の体を揺さぶった。だが、なかなか起きない。
鮎川の頬を何度か軽めに叩いた。冷たかった。
焦った九条は、咄嗟に鮎川の首筋に中指と人差し指をあてる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何がおかしかったんだ?」
九条は、橙色に染まった空の下で、真っ黒い絶望を感じた。
「確かに、君ははずれを食べた」
木の上からルシファーが足をぶらぶらさせて座りながらこちらを見下ろしていた。
「彼女は、確かに死んだ・・・・・・」
「お、お前は!・・・・」
「一応、言っておくが、誰も『当たりが生・外れが死』とは言ってないぞ?」
言われてみれば、そうだ。だが、誰が見ても死は圧倒的な外れみたいなものだ。
「まぁーまぁー、早まるな。さっき僕が言ったように、君は『死の果実』を食べ。そして、彼女は『生の果実』を食べた。君は知らないだろうが、・・・・まぁ、これは彼女から聞いてくれ」
そういうと、ルシファーは「トラクトゥス」というと手を横に突っ込み、抜き出した。すると何もない所から先ほどの卵より1回り、いや3回りくらいでかい卵が現れた。
「これは・・・・・・?」
「彼女は人獣に転生したのだよ。それも、極稀な希少種『グリフォン』にね」
ルシファーはその卵を九条に渡した。
「転生も生まれて初めて転生だ。生まれるも、また『生』なのだよ。あ、それ、あと数時間で生まれるから、その間に君の事でも話そうじゃないか」
空は、もう真っ暗だった。