00話 夢の前の絵本
「父上!これを読んでください!」
夜、もう皆が寝る頃、幼い少年が仕事疲れの父親に絵本を持って飛びつく。
その手には、薄い誰でも読めるような話であった。
話の内容は昔々の神話の話。
「飽きたりしないのか?」
父親は、後ろ髪を少し掻きながら笑う。
少年は微笑みながら、首を横に振る。もちろんこれは「飽きていない」という意である。
「そうかそうか……それじゃぁベッドに入って」
父親に言わるがまま、少年はあっという間にベッドの中に入った。
「これは、昔々……もっと昔の話……神様がいた頃の話……
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昔、王都があった場所に一人の女神様がいた。
女神様は一人さびしく、この世界を造ったそうだ。
ある時、女神様は8つの悪魔を自分の悪い感情の中から造り出したそうだ。
悪魔は時折、女神様に悪戯をしたそうだが、女神様は優しく微笑み許したそうだ。
女神様は寂しくなくなった。彼女は楽しく世界を造った。
ある時、悪魔の一人が言った。
「女神様!俺はどうしてここにいるんでしょうか?」
彼の名はルシファーであった。
ルシファーは物知りであり、強欲であった。
それが彼の好奇心を強くしていったそうだ。
いつしか他の7人の悪魔も、それぞれ自分の欲に塗れるようになった。
ある時、女神様は他に身を削って造った神様と共に二人の人間を土と石から造りました。
神様は丘に果実の木を植えた。
その木は、知恵を込めた果実を有しており、それを食べた者に知恵を与える代物でした。
神様と女神様はその人間にアダムとイヴと名付けました。
彼らは、純粋に羞恥も知らず暮らしていました。ですが、それをルシファーに目を付けられてのです。
それから数千年後。
人間が増えていく一方、悪魔の横行もひどくなっていきました。
女神様は迷った。
せっかくこの世界で一途に進化した人々が殺されてしまう。だけど、可愛い彼らを消してしまうのも嫌でした。
そんな女神にとある聖人が言ったのです。
「彼らを止められるのは、彼らに苦しめられている人間だけ。あなたが手に掛ける必要はありません」
もちろん、女神様も神も反論しました。
「自分たちが起こしたことだ。我らが意を決するべきだ」
「違います。ここの人間にそんな残酷な事は出来ません」
聖人の言っている事は神である彼らに理解できなかった。
しかし、彼は空に指さし言ったのでした。
「ここではない、何処かの世界から連れてくるのです。もちろん彼らにはしっかりと説明をしましょう」
この世界には、こことは違う別の世界と繋ぐ『禁忌』の呪文がありました。
その禁忌を自ら行い、この世界の愛すべき人たちを、悪魔たちから救う。
聖人はもちろん神様や女神様に止められました。ですが、聖人は
「私の家族を救うのに、私一人が消える事等容易い事です」
と、そう言い微笑みました。
彼のおかげで人々は救われ、悪魔は世界の至る所にある『神殿』に封印されました。
それからというもの、誰も彼の姿を見ることはなかった。
人々は、彼の事をこう呼んでいるのです。
『神に愛され、悪魔から人々を救った救世主』という意味で、『メシア』と……。
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「はい、読んだぞ」
父親は絵本を閉じると、少年の頭を何度か撫でた。
「父上!異世界って本当にあるの?」
少年のふとした質問に、父親は言葉を失う。
この世に存在していない物をあると証明するなど、まさに『悪魔の方程式』だ。
「まぁ、あると信じれば、いつかその人たちにも会えるんじゃないか?」
「うん!」
少年はそう頷くと、静かに目を閉じた。
その後、すぐに寝息を立てるのを父親は確認すると、絵本を脇に抱え部屋を出て行く。
「確かに、あると証明したくば簡単な話だ。だが、それは身を滅ぼすことに等しい行為。誰もしないだろう」
願わくば息子にそんな事をして欲しくないし、そんな物に身を滅ぼさないで欲しい。
そう思いながら、父親は葉巻に火をつけ椅子に腰を落ち着けるのだった。