騎士と王子と私
前話に続き同性愛を匂わせる表現があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
王宮の王子の私室に一組の男女がいた。
男の方は一人掛けソファに床に膝を着けてすがり付く様な格好で、女の方は男に向かって仁王立ちでいた。
二人は結婚を視野に入れて交際をしていた、はずだった。
「へぇ。マシュー様は殿下の事が好き過ぎて時々殿下の座った椅子とか殿下の触った羽根ペンとか、殿下が着ていた上衣とかに頬ずりしたり舐めたり匂いかいだりしてたんだあ。とんだド変態ね。」
無表情でステファニーはマシューを見下ろしながら責めた。
「私との交際だって嘗て婚約者で幼馴染みで王家を除けば一番殿下に近い人物だったってだけで交際してたんだものね。道理で手すら繋がないはずだわ。女に興味が無いんだもの。私はそんな事も知らず浮かれていたなんて道化もいいとこだわ。」
淡々と語るステファニー。
マシューに全てを洗いざらい吐かせて、あんなにも心惹かれていた相手を今はゴミ虫でも見るような目で見ていた。
そんな蔑まれた視線を向けられてマシューは何故かゾクゾクした。
おかしいな。女には反応した事ないのに。
マシューは心の中で首を傾げた。
「こうなった以上、マシュー様とは交際を続けられません。」
「そんな! 待ってくれ!」
「私じゃなく元婚約者を愛してる人と結婚なんて出来る訳がないでしょ! 馬鹿にしないで!」
同じ空間に居るのも耐えられないと部屋を出ていこうとするステファニー。
マシューはステファニーの腰に縋り付いて許しを乞うた。
「俺を捨てないでステファニー! 確かに殿下の元婚約者だからプライベートの殿下の事を知ってるかもと近付いたけど、貴女の事も好きになったんだ!」
「私はもう好きじゃない。離して!」
「嫌だ!」
マシューはステファニーの腰に巻き付けてる腕に力を込めた。
どう言っても離れようとしないマシューにステファニーは持っていた本を放って力づくで引き離そうと足掻いた。
その時、部屋の扉が開きこの部屋の主が入って来た。
「……」
「……」
「……」
「失礼、部屋を間違えたようだ。」
王子は踵を返し部屋を出て行こうとした。
「待って下さい!」
「これには訳が!」
今まで別れ話をしていたとは思えない程ステファニーとマシューは息ピッタリに王子の腕をそれぞれ掴み、部屋を出ていくのを阻止した。
「それで、二人はここでナニをしていたのかな?」
にこやかに問い掛けてるが目が笑ってない王子。
「やましい事はまだ何も。」
「いや、してないし、する予定もないから。」
しれっと答えるマシューの横で素でツッコミを入れてしまうステファニー。
とにかく訳を聞いて欲しいと王子を引き止め、椅子に座って貰った。
因みに王子の座ってる椅子は先程までマシューが頬ずりしていた一人掛けソファだ。
ステファニーは例のソファに座ってる王子を見て、気の毒そうな顔をしている。
反対にマシューは目が爛々と輝いていた。
王子はマシューの視線を受け、背筋に悪寒が走った。
そんな正反対の表情の二人は床に揃って正座している。
毛足の長い絨毯の上で正座しているので思ったほど辛くない。
「何もないのに何故、俺の部屋に俺の元婚約者と俺の近衛騎士が二人きりで居るのか納得いく説明をしてもらおうか。」
「それは……」
「何だ、言えないのか。やはり言えないような事をしていたか。」
「えっとですね、」
言える訳がない。
まさか結婚を前提に付き合っていた彼氏が実はゲイで、しかも王子に歪んだ片思いをしてて、好き過ぎて王子の部屋に忍び込み、座っていたソファの匂いを嗅いでたとか。
私と付き合ったのだって王子の元婚約者だからで、それがバレて別れ話の修羅場だったなんて。
今、座ってるソファにあなたの近衛騎士がさっき頬ずりしてましたなんて。
言える訳がない。
私だったら軽く死ねる。
咄嗟に王子を引き止めたはいいけど、上手い誤魔化し方が思い浮かばず、ステファニーは困り果てていた。
もう! どうして私と関わる男はおかしな人達ばかりなの!
やり場のない怒りが込み上げてきて両手を握り締めた。
同じ時、マシューは王子に『俺の近衛騎士』と言われ妄想が膨れ上がり舞い上がっていた。
しかし、直ぐに正気に戻って王子の方を向いた。
「私がステファニー嬢を無理矢理連れ込んだのです。」
マシューが王子を真っ直ぐ見つめて言い切った。
「ほう。俺の部屋に連れ込んで何をしていた?」
剣呑な目をマシューに向ける王子。
気のせいかマシューの頬が紅潮してなんだか目が潤んできている。
王子は悪寒が酷くなり、思わずマシューから目を逸らした。
「ステファニー嬢に別れないで欲しいと騎士の誇りをかなぐり捨てて縋っていました。」
マシューは騎士らしく(一応)淑女であるステファニーを守った。
守ったと言うと聞こえがいいが半分は事実なので微妙である。
「ステファニー嬢、本当か?」
王子の問い掛けにステファニーは肯定したいような否定したいような複雑な気持ちになった。
本当だけど本当じゃない。だって私は彼に愛されてない。
彼が庇ってくれるのはあなたへの思いがバレないようにする為で、私の為じゃない。
思い起こせば、この世界に来た時から散々な目に遭ってきた。
会社から帰ってきて寝ようとしたら、強制的にステファニーになってて王子に夜這いと決めつけられて追い出され、結婚しか選択肢を与えられず結婚相手は曲者ばかり、やっとまともな人と人並みの幸せが掴めると思ったら自分は完全な当て馬。
しかも恋敵は元婚約者。
一体、私が何をしたというのだ。
今までのことを思い起こして急に悲しくなり、怒りから一転、ステファニーは泣きたくなった。
こんな所で泣くなんて自分が許せない。
今、泣いたら王子に絶対何か言われる。
溢れる涙を零さないようにぐっと目に力を入れ我慢する。
「どうなんだ、ステファニー嬢。ステ」
返事をしないステファニーに王子は痺れを切らし彼女の顔を見て言葉を失った。
ステファニーの目から次から次へと我慢していた涙が溢れ握り締めた拳にポタポタと雫が落ちていた。
マシューも王子の視線を辿って横のステファニーを見て驚いていた。
「ふっふぇっ。まじゅーざまの、ぐすっ、いってるごどは、まぢがっでまずぅぅぅぅ!!」
一旦溢れ出した涙は留まることを知らず滝のように流れて来る。それを拭う事もせずステファニーは喋り始めた。
「まじゅーさまは、わだしなんか、ぐすっ、じぇんじぇんすぎじゃなぐで、でんかのごどが、すきなんですぅぅぅぅ!! でんかが、すきで、すきで、ソファのにおいを、ぐずっ、かいじゃうぐらい、すぎなんですぅぅぅぅうわああああん!!」
言いたい事を言うとステファニーは床に伏して大泣きし出した。
すぐさま王子はソファから立ち、マシューから距離を取った。
先程の二人の態度の違和感の正体を理解したのだ。
マシューの言っている事と全然違うじゃないか。どういう事なのかサッパリ分からん。
いや、ステフの言っていたことは分かったが、理解したくない。
王子は考える事を放棄したくなった。
王子はどういう事かとマシューの方を見れば、赤くなったり青くなったり、もじもじしてこちらを何か期待するような目で見ていた。
はっきり言って気持ち悪い。
何を期待してるんだ。ナニを。
見なきゃ良かったと若干後悔しながら王子はマシューを問い詰める事にした。
聞きたくないが聞かないと話が進まない。
「マシュー、彼女の言った意味がイマイチよく分からなかったのだが。俺の事をお前は好きなのか?」
「……はい。」
「それは君主とし」
「一人の男性としてです。」
「……」
「……」
「ソファの匂いを嗅いだのか。」
「はい。」
「そうか。」
王子はソファは即刻処分しようと心の中で決めた。
ここが自分の部屋なのに王子はもう帰りたいと遠い目をした。
華は同性愛は許容してるけど、自分が二股されたりや誰かの代わりは我慢出来ないタイプです。