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独身貴族、婚活のすすめ  作者: 夕焼け
7/11

辺境伯と私

 ジョン・グレープ侯爵は苦悩していた。


 一人娘のステファニーが折角来た縁談を次々と駄目にしていくからだ。

 ただ駄目にしていくのではなく、一つ駄目にする度に評判を落すか、おかしな逸話を残していくのだ。

 このままでは嫁ぎ先が無くなってしまう。

 そして侯爵家に変な伝説が出来上がってしまう。


 王子の婚約者の時は貴族令嬢らしい嫌がらせをしていたのに(褒められた事ではないが)、今は貴族令嬢?何それ美味しいの?と言わんばかりの奇行が目立っている。


 どうすれば縁談が纏まるのかと頭を悩ますも妙案は浮かばず、侯爵の頭髪は後退の一途をたどった。


 これ以上ステファニーのやりたいように見合いをしていたら、自分の髪が後退出来ない所まで行ってしまう。

逝ってしまうには、まだ早い!プリーズカムバック!!


 もう無理矢理にでも縁談を纏めてしまおうか、いや、可愛い一人娘の嫌がる姿は見たくない。

しかし、ハゲは男にとって死活問題だ。


 侯爵がうんうん唸っている所に執事から来客の知らせが来た。







「よお、ジョン。久しぶりだのう。息災だったか。」


「お久しぶりです、セオ。この通りピンピンしてますよ。遠い所からわざわざようこそ。久しぶりの王都はどうですか?」


「うむ。相変わらず賑やかで儂には、ちと(うるさ)いかの。」



 グレープ侯爵を訪ねてきたのは、セオドア・ロークワット前辺境伯。

 グレープ侯爵の父の代から付き合いのある数少ない友人の一人だ。

 今は爵位を息子に譲り悠々自適な隠居生活をしている。



「王都にはどのような用で来たのですか?」


「陛下に最近の近衛騎士が(たる)んでいるので喝を入れて欲しいと言われてな。陛下は老兵に鞭打つ気らしい。」


「何を言ってるんだか。本当は嬉しいくせに。」



 セオドア・ロークワット前辺境伯は短く刈った白髪にアイスブルーの瞳で若い頃はさぞかしモテたであろう野性味溢れる風貌をしている。

 30年前に妻に先立たれてからは独り身だ。

 今でこそ隠居生活をしているが、隠居前は国防の要、一度戦場に出れば負け知らずの武人だった。

 現国王の王子時代に一緒に戦場に出て国王を(かば)い、負傷した経緯から国王の腹心でもある。

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)の貴族社会の中では珍しく強きものをくじき弱きものを助く頼りにされる人柄で、息子に爵位を譲った後も鍛練を欠かさず、齢89歳の現在も鋼の筋肉を持つ好々爺だ。


 そんなセオドアにグレープ侯爵はステファニーの事を思わず打ち明けた。





「ほう、あの小さかった嬢ちゃんが結婚か。」


「出来ればいいですけどね。」


「なぁに、お前さんの娘だ。心配いらんよ。」


「そうは言ってもですね、セオ。もう4回も失敗しているんですよ!」


「落ち着け、ジョン。まだたったの4回じゃ。」


「4回も!ですよ。落ち着いてなんかいられますか!我が侯爵家の沽券(私の頭皮)に関わる事です!」



「うーむ。それなら一つ、儂に任せてみてはくれんかの?」








 ステファニーは王宮近くにある騎士団の鍛錬場にいた。


 侯爵令嬢であるステファニーには一生縁のない場所だったのに父の旧知の友人セオドアに呼び出され強制連行されたのだ。


 鍛錬場にはセオドアが近衛騎士達に指示を飛ばして筋力トレーニングや模擬戦をやっている。

 その中に何故かステファニーも混じって参加しているのだ。


 背中まである髪を首の後ろで一括りにし、白いシャツに黒のトラウザース、編み上げブーツとでまるで男みたいな格好でステファニーは筋トレをしていた。

 鍛錬場の外には柵から彼女の様子を心配そうに見つめる侍女達が万が一に備えて救急箱を持って控えている。



「何で私が騎士達と一緒に鍛練をしなきゃいけないの!?」


「はっはっはっ。見合いで失敗続きと聞いたのでな。ならば、騎士達と一緒に鍛練をすれば心身共に強くなって連帯感と新たな出会いが生まれ一石二鳥じゃないかとお前さんを連れてきたんじゃ。」


「失敗ではなく戦略的撤退です。それに新たな出会いって、私一人離れてやってたら芽生えるはずの恋も埋もれたままじゃないですか!」


「はっはっはっ。面白い事を言う。ほれ、おチビさん手が止まっておるぞ。」


 そう言ってセオドアはステファニーの持っている模擬刀を軽くつついた。


「おチビさんじゃありません!立派な淑女です。って、まだやるんですか……」


 腐っても深窓の令嬢であるステファニーは模擬刀は勿論、ティーカップより重い物は持ったことがないので素振りでも直ぐに二の腕がプルプルと震えて限界がきていた。


「ほれほれ、まだ100回も終わっとらんぞい。」


「そんな事言っても騎士じゃない私にはもう無理です!」


「はっはっはっ。返事が出来るうちは大丈夫じゃ。」


「ううっ。どれだけやらす気ですか!?」


「そうじゃのう。素振りは少なくとも後、300回。腕立て500、腹筋500かのう。これでも温い方じゃ。」



 ステファニーは絶句した。


 無理!私に筋肉を付けてどうするんだ!!

 このままでは、儚げでか弱い令嬢が筋肉ムキムキのマッチョになってしまう!

 この世界でそんなニッチな令嬢を妻にしようと思う奇特な人なんて砂漠に落とした縫い針を探すようなものだわ。


 これ以上結婚が遠のいてしまったらお終いだ。



 よし、逃げよう。


 ステファニーは模擬刀を地面に突き刺し、セオドアに向かって淑女の礼をとり、(いとま)の挨拶をした。


「セオドア様、本日は大変な有意義な時間をありがとうございました。これにて私は失礼させていただきます。」


 そう言うやいなやステファニーはダッシュで鍛錬場の出口へ向った。


「あっ!こら!またんか!」


「待てと言われて待つ人なんていません!!」



 セオドアもステファニーを追い掛け走り出した。



 ふっ。いくら歴戦の猛者でも寄る歳の波には敵わないはず、このままあそこの模擬戦をやってる騎士達を避けて走れば出口まで楽勝よ。


 プラム伯爵邸での恐怖の脱出ゲームを思い出し、見事逃げ切ったステファニーは己の脚力に自信を持っていた。


 余裕ぶって後ろを確認すると真後ろにセオドアが迫っていた。



「はっはっはっ。まだまだ若いモンには負けんぞい。」


 セオドアがステファニーに手を伸ばした。



  ひいぃぃぃぃ!!はやっ!速過ぎる!!

 このままではヤバイ捕まる!

 筋肉ムキムキになってしまう!

 ムキマチョ令嬢なんて絶対に嫌!!


 必死に脚を動かして何とかセオドアの手を逃れるも前を見てなかったステファニーは模擬戦をやっている騎士の集団に突っ込んでしまった。


「きゃああああ!!どいてどいてどいてぇぇぇぇ!!」


 突然の乱入者に近衛騎士達が剣を構えたが、乱入者がステファニーと分かったら皆、戸惑いながら道を開けようとした。


「これも要人警護の訓練の一つじゃ!嬢ちゃんを無傷で捕らえるんじゃ!もし逃がしたらここにいる全員腕立て腹筋5万回じゃ!!」


 セオドアの怒号に道を開けていた騎士達がハッとなり、一勢にステファニーに襲い掛かる。


「いやあああああ!!」


 襲い掛かってくる騎士達を必死に避けるが、近衛騎士とただの令嬢では結果は明らかで、3人目を避けようとして別の騎士に捕まり押し倒された。

 その上にステファニーを逃がさないように次々と騎士が覆い被さる。



「ぐぇっ」



 騎士の山の下敷きになったステファニーは蛙を押し潰したような声を出した。


 人山から騎士を一人一人ひょいひょいと軽く放り投げ、セオドアはステファニーを救い出した。


「ただの令嬢にしておくのには勿体ない逃げ足じゃのう。結婚の事がなかったら儂が引き取りたいわ。いや、どうせなら儂と結婚すれば万事丸く収まるのう。どうじゃ嬢ちゃん、儂と結婚しないか?」


「ゼイゼイ、はあはあ。年の差が余りにも離れてるので……」


「なあに、71の年の差なんて一緒に毎日鍛練すれば気にしなくなるわい。」


「脳筋お断り!!」


「はっはっはっ。残念じゃ。結婚の無理強いは好かんからのう。気が変わったら言ってくれ。儂はいつでも歓迎するぞい。さて、鍛練の続きをするぞ。」


「それは無理強いするんだ。」





 ズブの素人にも容赦ないセオドアであった。


 結局、セオドアブートキャンプは夕方まで続きステファニーはクタクタに疲れて倒れてしまった。

 騎士との連帯感も新たな出会いもなく、その日はセオドアに背負われて侯爵邸へ帰っていった。







 セオドアに背負われてぐったりしているステファニーを熱心に見つめる一人の男が鍛錬場に居たのを誰も気付かなかった。



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