子爵と私
「失礼します。手紙がお嬢様宛に届いております。」
「またなの」
「はい。カール・プラム様からです。」
侍女から厚さ3センチ程の手紙を受け取り、ステファニーはため息をついた。
あの戦慄迷宮ファーストキス事件以来、毎日カールから手紙が来るようになった。
内容は、先日のステファニーへの態度、言動の謝罪と何故あの様な態度を取ったかの言い訳、そして事故とはいえ、うら若き乙女の唇を奪ってしまった事の責任を取りたいとのこと(つまり嫁に来て欲しい)である。
ステファニーも最初の手紙は真面目に読み、カールの謝罪を受け取り、許す返事を書いた(嫁には行かない)。
二通目からカールの生い立ちから性格形成について書かれていた。内容は要約すると以下の通り。
子供の頃から上位貴族に成金と馬鹿にされ苛められて、貴族嫌いに。
父親のころころ変わる再婚相手達からも前妻の子供という事で嫌がらせをされて女性が苦手に。
お金だけは湯水の様にあるから商売人達からは上辺だけ持ち上げられて、人間の汚い部分を嫌というほど見させられたので人間不信に。
こうしてカールは子供の時から身近な大人達の悪意に晒され続けたせいで性格が捻くれてしまった。
唯一の逃げ場は父親に大量に買い与えられたさまざまな国の書物。冒険小説から紀行本、地図、歴史書、お伽話や説話集まで色々な本を読み物語の中に浸った。
彼はその内、女性が好む恋愛小説にのめり込み、物語の中の恋愛に憧れるようになった。
物語の中のヒロインは健気で真っ直ぐで純真で。とにかくカールの知ってる女性達とは違いキラキラしていた。
子供の頃から孤独だったカールは物語のヒロインの一途な愛に憧れた。
自分もキラキラしたヒロインに一途に愛されたいと。
自分もヒロインを一途に思い、生涯愛し続けると。
捻くれているクセに恋愛には憧れているカールは理想のヒロインに身も心も捧げる決意をし、自分だけのヒロインが現れるのを夢見てこの歳まで独身で恋人も作らないでいた。
だから父親が勝手にグレープ侯爵家に自分の姿絵を送り、見合いを設定するなんて寝耳に水の話だった。
おまけに侯爵だなんて格上の貴族は成金のプラム家を見下すだろうと思い込み、ステファニーにひどい態度を取ったと長々と書いてあった。
量にして400字詰め原稿用紙1200枚、完全に私小説である。
三通目は彼の理想の女性像と初めてのデートから結婚に至るまでのプロセス(という名の妄想)が書かれていた。
最近のはステファニーにやって欲しい仕草、言って欲しい言葉、結婚したら新婚旅行は何処に行こうか等、かなりドリームな内容となっている。
こんな手紙が毎日届くので真面目に読むのが馬鹿らしくなり、最近では侍女に手紙を読ませて内容を要約し教えてもらってる。
グレープ侯爵家の侍女が一番カールのプライベートな事を一番理解しているなんて世の中、知らぬが仏言わぬが花である。
35歳の初めてを奪うと、面倒くさい事になると学んだ新人侯爵令嬢なのであった。
謹慎が解けて初めての夜会。
ステファニーは緊張していた。なんせ、夜会なんて山田華であった彼女には初めての事なのだ。
エスコートは次の見合い相手、エリック・メロー子爵42歳。
プラチナブロンドに紫紺の瞳のイケメン?
顔はよく見るとそこまでカッコイイ訳ではない。
しかし、ステファニーをエスコートする彼は洗練された仕草で思わず見惚れてしまう。
雰囲気イケメンというやつだ。
「緊張している?」
「ええ、夜会なんて久しぶりで……。(私は初めてだけど)」
「大丈夫。僕がついてるから安心して。嗚呼、いくら僕が頼りがいがある社交界の綺羅星だからってそんなに見つめないで。熱視線で女神も嫉妬する美貌の顔に穴が空いてしまうよ。」
「……」
馬車の中でステファニーはこの見合いが開始早々失敗した事を悟った。
今日の夜会でステファニーは参加者達からどんな誹謗中傷を受けるのかと内心ビクビクしていた。
我が儘で高圧的で侯爵家という家柄を振りかざす令嬢が王子に婚約破棄されたのだ。
今まで押さえつけられていた貴族達はステファニーをこの機会を逃さず攻撃するに違いない。
自分には身に覚えはないけど、今までのステファニーの行いを考えると身構えてしまうのであった。
結論から言うとステファニーの心配は杞憂に終わった。
思っていたほどの誹謗中傷を受けず夜会を無事に参加できたのである。
侯爵家という上位貴族を敵に回すのが嫌なのか、表立ってステファニーを非難してくる人もいなかった。
どちらかと言うと興味津々、物珍しい者を見るような視線を度々感じて気になって仕方がなかった。
その視線の理由は直ぐに分かる事になった。
「さあ、春風のように爽やかな僕と踊っていただけますかな、お姫様。」
「……よ、喜んで。」
「ふふふ。緊張してるね、大丈夫だよ。妖精達も僕の華麗なステップの前では恥ずかしくて出て来れない程だから安心して僕に身を任せるんだ。」
「……」
確かにエリックのダンスは素晴らしかった。
いくら練習したからと言っても華は最近ステファニーになった貴族初心者である。
ダンスも素人だ。その素人をエリック曰く、華麗なステップでリードした。
ステファニーも自分が素人である事を忘れるくらい自然に踊れた。
しかし、エリックにリードされながらの会話は、どこから突っ込んでいいか分からないほど迷走していた。
みんなが私を好奇心で見る意味が分かったわ。メロー子爵のナルシスト発言のせいね。
王子の元婚約者の次の相手が自惚れ屋なんてそりゃあ、興味津々よね。
二言目には自画自賛で一体これほどの自信がどこから溢れてくるの?
自分好きもここまで来ると尊敬しちゃいそうだわ。
それにしても、ここまで自分が好きなら何で私に結婚の申し込みなんてしたのかしら?
エリックとの謎かけ問答のようなダンスを終えたステファニーは給仕から飲み物を受け取ると壁際へ行き、会場内を見回した。
ダンスフロアではエリックとどこかの令嬢が踊っている。令嬢の顔は心なしか引きつっている様にも見える。
こうして離れて見るとエリックはいい線いってると思う。
ダンスも素晴らしく女性への気遣いも忘れてない。
家柄だって悪くない。メロー子爵家は代々優秀な文官を輩出している。外見はよく見なければ素敵だし、かなりの優良物件だ。
エリックのナルシスト発言さえ無ければ。
多少の事なら我慢出来るかもしれないが、口を開けば自らを絶賛する言葉を呼吸をするよりも自然に出してくるエリックに誰もついて行けなかった。
エリックがダンスを終え、ステファニーの側にやって来た。
「僕の花びらが風に舞うような軽やかなダンスはどうでしたか?」
「す、素敵でしたわ。私、会場の熱気に充てられてしまったようです。少し風に当たってきますね。」
「可憐なご婦人が一人では危ないので僕もお供しましょう。」
二人は夜風に当たるためにテラスへと出た。
テラスには人は居なく二人きり。
ステファニーはチャンスと思い、エリックに対して持っていた疑問を本人に聞いてみた。
「エリック様は何故、私に結婚の申し込みをされたのですか?」
「結婚の申し込み?社交界の美しい花々に愛されて引っ張りだこの僕が?そんな事をしたら嫉妬で世の令嬢達が倒れてしまうよ。」
「え……?じゃあ、あの姿絵は……?」
「姿絵?ああ、社交界に出れなくて光り輝く僕の姿が見れないのは辛いだろうと思って、せめてもの慰めに姿絵を贈ったんだよ。あの姿絵で寂しくなかったでしょう。」
「……お心遣いアリガトウゴザイマス」
そもそも求婚していなかった。