公爵と私
「貴様がステファニー・グレープ嬢か。思っていたよりも地味で凡庸な形をしているな。まあ、この俺様と結婚した暁には俺様の隣に立つに相応しい格好をしてもらうぞ。」
「……」
「この俺様に会えて感動の余り言葉もないか。無理もない本来なら王位継承権第三位のネクター公爵である俺様が貴様ごときを娶るなど有り得ないのだからな。貴様が我が従弟との婚約が駄目になり結婚相手に困ってると聞いて慈悲深い俺様がわざわざ拾ってやるのだからな。光栄に思え。俺様が結婚してやるからには式は国を挙げて盛大にやらねばならんから、そのつもりでいろ。それと結婚までに貴様には我が公爵家のしきたりに従ってもらうから今から心しとけ。まず第一に俺様の言葉には絶対服従、「はい」以外の返事は要らん。第二に俺様の行動を阻むな。王家の尊き血筋でもある俺様の行く手を遮る奴は何人たりとも許さん。第三に俺様の外出時には必ず見送り、帰宅時は出迎えろ。まあ、当然の事だがな。第四に俺様よりも早く寝るな。第五に俺様よりも早く起きろ。第六に俺様のーーー」
開口一番に容姿を貶され呆気にとられていたステファニーは、目の前の俺様男の話が終わりそうにないので、どうしてこんな事になったのかと思い出し、遠い目をしていた。
今から一週間前、父であるグレープ侯爵から書斎に来るように呼び出され複数の姿絵を見せられたのである。
「お父様、これらの絵は……?」
「ステフ、お前の結婚相手達だ。この中から良いと思った者を選べ。」
「お言葉ですがお父様、絵など本人よりいくらでも良く見せるように描けます。ほら、こちらの金髪の方なんて実物はこんなに髪の毛が草原のように豊かではなく頭皮が焼け野原かもしれません。」
「いくらなんでも焼け野原を草原には描かないだろう」
最近後退してきた自分の頭髪に思わず手で確認する様に触れてしまう侯爵。
大丈夫、まだまだ草原だ。
「そうでしょうか? あちらの方なんて見目麗しく体格も素晴らしいですが、本当はニキビ面の出っ歯でひょろひょろと痩せ細ってる方かもしれませんわ。それに姿絵だけでは人柄も分かりません。」
「お前は、結婚相手に何か恨みでもあるのか? それとも難癖を付けて結婚しない気か? それならば修道院に行ってもらう他ない。私としてもステフ、可愛い一人娘を修道院には送りたくないのだよ。」
この国の修道院の修道女は神に仕える=神と結婚するという事になるので、一度修道女になると俗世とは絶縁し、二度と市井には戻れないのだ。
なんやかんや言いながらもステファニーの数々の尻拭いをするのは一人娘可愛さからきているのだ。
侯爵も娘を愛するただの父親である。愛し方に問題があるが、この際それはどうでもいい。
「私だって修道院に入って家族と絶縁するのは嫌です。ですが、姿絵だけで結婚相手を決めるというのは納得出来ません。」
ステファニーは尚も父親に反論した。
前の世界だって見合い写真だけで結婚なんて無かったのに時代錯誤も甚だしい。もし、これで結婚しても相手が私を大切にしてくれるかなんて分からない。
ステファニーだって乙女心というのがある。
結婚に妥協はなるべくならしたくない。
結婚するならやはり好きな人と……とまではいかなくてもお互いを尊重し合う事が出来る人とがいい。
「ならば、この姿絵を寄越した結婚相手候補全員に会ってみるがいい。実物に会えばいいのだろう。そうと決まれば相手方にも連絡せねば。」
言うが早いか、グレープ侯爵は執事を呼び、姿絵の結婚相手達と会えるように指示したのであった。
そして今、最初の候補者と王都で有名な薔薇の庭園で対面してるという訳である。
アルフレッド・ネクター公爵40歳。金髪碧眼の王子様のような男がステファニーの目の前に居る。
姿絵と変わらぬいい男だ(見た目は)。
どうやら彼の絵師は姿絵を盛ることはしなかったようだ。
色とりどりの薔薇を愛でながら二人で庭園内を散歩し、庭園で一番人気の「恋人達の愛のアーチ」というピンクの薔薇で出来たアーチの前まで来たのだ。
ここは好きな人と一緒に薔薇のアーチを手を繋いで潜ると永遠に一緒にいられるという噂のデートスポットだ。
ステファニーは姿絵からそのまま出てきた様な美丈夫を見て、アルフレッドの様な地位のある男が今まで何故、結婚しなかったか理解した。
この男、性格が悪過ぎる。
王子様の見た目で口を開けば「俺様俺様」と煩いし、偉ぶってる(実際偉い人だけど)。
見た目詐欺もいい所。おまけに生涯を共にする予定の相手への扱き下ろしが酷い。
こんなんに毎日命令されたらノイローゼになるわ。
結婚しなかったのではなく、結婚出来なかったのだ。
貴族の重要な「血筋を残す」作業も、要は夜の営みなんかも俺様で自分勝手に終わりそうだ。そうに決まってる。
いくらイケメン公爵だからって、これは無理、却下。
よし、次の候補者に期待しよう。
表面上はアルフレッドの話に合わせるように適当な返事をして(ほとんど一方的に話し掛けられてるだけだが)心の中ではダメ出しをするステファニーであった。
話が終わったかと思ったら、アルフレッドがさも当然のように手を差し伸べてきた。
どうやら「恋人達の愛のアーチ」を潜る気らしい。
案外乙女チックなんだなと、冷めた目で差し出された手を見ながら心の中でダメ出しを続けていたら何の反応もしないステファニーに痺れを切らせたアルフレッドが強引に彼女の手を取りアーチへと向かった。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと! お待ち下さいアルフレッド様!」
「貴様、この俺様がわざわざ恋人達の愛のアーチとやらを一緒に潜ってやろうとしてるのに待つだと!?」
「潜ってやろうって、私とアルフレッド様は今日会ったばかりじゃないですか! 会って間もない男女が永遠に一緒にいられるって取って付けたような噂のアーチを潜るなんておかしいです!」
ステファニーは慌てて言い訳をし、足を踏ん張アーチに向かうのを阻止する。
例えただの噂でも永遠に俺様男と一緒なんて嫌だ。
意地でも動かないと引っ張られる手を逆に引っ張り返し反抗した。
反抗されるとは露ほども思わなかったアルフレッドはステファニーの行動に怒り、力を込めてアーチへと引っ張った。
「貴様、未来の夫である俺様に逆らうのか! それに取って付けたような噂ではない、愛し合う恋人達の真実だ。」
「勝手に私の未来の夫にならないでよ!! つか、噂を真に受けてる! 怖っ!! きもっ!」
「何だと!? もう一度言ってみろ! この俺様を愚弄するとは容赦しないぞ!!」
「何回でも言ってあげるわ! 傲慢俺様男が夫なんて私の未来がお先真っ暗よ!!」
素に戻って本音をぶちまけるステファニーと怒りが頂点に達したアルフレッドは庭園に居る他の人の目も憚らず綱引きの様に手を引っ張り合いながら怒鳴り合った。
「慈悲深い俺様を拒否するとは、救いようの無い女だ! 貴様との結婚は無かった事にする! 後悔しても今更だからな!!」
「はああぁぁ!? 誰があなたなんかと結婚するって言ったのよ! こっちこそお断りよ!!」
言い争いがヒートアップしていて、二人の周りに人集りが出来ている事に全く気付かぬまま恋人達の愛のアーチでの手繋ぎ綱引きは続いていた。
お昼頃から始まった引っ張り合いは夕方になり、お互いに力尽きてその場でしゃがみ込んでしまった。
その頃には二人を囲んで出来ていた人集りもシラケたとばかりに居なくなり、辺りは閑散としていた。
「はぁはぁ、貴様、女なのにこの俺様と張り合うとは、なかなかの根性だ。」
「アルフレッド様こそ、はぁはぁ、女の私に手加減無しとか紳士の端くれにも置けない大人気なさですね、はぁ。」
「俺様を正面切って本音で向かってくる奴など初めてだ。気に入った! 妻になれ。」
「今までの会話でどうやったら、そうなるのですか、絶対お断りします。」
二人の従者と侍女が迎えに来るまでアルフレッドとステファニーの攻防は続き、力尽きた二人は従者に抱えられてそれぞれの家に帰ったのだった。
後日、「恋人達の愛のアーチ」の前で恋人同士が手を繋いで綱引きすると未来の伴侶かどうか分かるという新たな噂が流れたのであった。
ステファニーは俺様は二次元に限ると実感し、他の候補者は俺様じゃなければいいなと次に会う予定の候補者の姿絵を見つめた。
しかし、その後に会う結婚相手達も王子に婚約破棄された悪評高いステファニーに求婚するくらいなので、誰一人マトモな人間はいない事を彼女は、まだ知らない。