奴隷
「はい、これで手続きは終了です。今日からランクCの冒険者として、頑張ってくださいね」
「やることはいつもと変わらねーだろうけどな」
身分証明プレートを水晶の上に置き、何らかの操作を行うだけでランクの昇格は終わった。ほかにやったことと言えば、メインとなる武器――雄哉の場合だとバタフライ・ナイフ――を本人登録したぐらいだ。一応、ギルドは戦力の管理も行っており、個人情報の他に使用武器の情報も把握しておかなければならないらしい。
とはいえ、総じて手続きは簡易的である。あまりランクが上がったという実感はわかなかった。
一応、難易度Cの依頼が張られている掲示板を見てみると。
「『薬草を取ってきてほしい』、『山で落とした探し物を手伝ってほしい』、『トンネル開通の手伝いをしてほしい』、『魔物【ファングウルフ】の討伐』……そうか、魔物と戦う必要がある依頼が増えてくるんだったな」
よくよく見れば町の住民からではなく、ギルドやミリンダスト王国からの依頼がちらほらと見受けられる。こういった依頼は難易度が高くなるにつれて増えていくようで、特にSランクの依頼は複数の国から同時に寄せられる場合もあるとか。
報酬は直接ギルドから支払われる仕様らしく、難易度Cでも1万リアン近くあり、一つ受けるだけでもかなり稼げるようだ。
「ま、関係ないけどな」
もともと魔物と戦う気はさらさらない雄哉だ。数ある依頼の中でも安全なものを探してみる。
すると、掲示板の端っこの方にひっそりと隠されるような形で一つの依頼があった。
「『商売を手伝ってほしい』、か。期間は一週間、報酬は……5万リアン? 内容は追って説明。結構よさそうだな」
商売で戦闘になることはまずないだろう。場所も町の中であり、魔物と遭遇する心配はない。
雄哉は依頼の紙をはがして、受付に持って行った。
「ライラ、試しにこの依頼を受けてみるわ」
「難易度Cですね。わかりました。……はい、受注完了です。依頼主は『バヌア=レーテ』さんですね。
場所はわかりますか?」
「えっと……レーテ商店か。それなら大丈夫だ」
「かしこまりました。行ってらっしゃい、ユーヤさん」
「うーい」
初めて難易度Cの依頼に向う雄哉の足取りは、軽かった。
◇◇◇◇
レーテ商店。雄哉も日用品を買うために何度か利用したことがある場所だ。
この町で一番大きな商店と言っても過言ではなく、狭い店内には所狭しと様々な品物が置かれている。
特徴は『探せば何でもある』ということ。数は少ないがとにかく種類が多く、客足が途絶えることはほとんどない。
店内に入り、商人に依頼で来たことを伝えると、すぐに依頼主であるレーテがやって来た。
「やあやあ、お待ちしておりました。……おや? あなたはもしかしてユーヤ殿では?」
「知ってるのか?」
会ったことはないはずだが、名前を知られていたことに雄哉は驚く。いや、知名度がある程度上がったからこそCランクになったのだから、町で一番大きな店の店長が知っていてもおかしくはない。
「雑用をこなす黒髪の少年の噂を耳にしたことがありましてね。見たこともない白い上着と黒いズボンが特徴的だと。もしやと思いましたが、ご本人でしたか」
「あー……」
確かに、この世界で黒髪というのは珍しい。ライラは赤髪だし、キラノの爺さんは白髪の混ざった青髪。町を歩けば人それぞれカラフルな髪の色を見るできるが、特に気にしたことはなかった。ここは異世界であり、日本の常識はとうに捨てているのである。
しかし、それでも黒髪は異様に少ない。というか、この三か月弱でも二、三人しか見かけたことがなかった。
さらに、依頼を受ける時はめっぽう高校の夏服だった。基本は手ぶらで、今は右ポケットにバタフライ・ナイフを突っ込んでいるが、スタイルは変わっていない。
黒髪と見たことのない服。確かに、初対面でも名前がばれることには納得がいった。
「確かに、俺が武山雄哉だ」
「ああ、申し遅れました。私がバヌア=レーテでございます。以後、お見知りおきを」
緑色の髪をした、細身の男が差し出した手を握り、握手を交わす。
「ではさっそく依頼の説明をしますので、こちらに」
レーテに案内され、カウンター奥へと向かう。そこには地下へと向かう階段があった。
「この店、地下なんてあったんだな」
「なんでも取り扱うのが私たちのモットーですからね。地下にしか置いておけない『物』もあるんですよ」
地下、と言っても光属性魔法陣が天井に描かれているため光源は十分だ。ちゃんと舗装されているので地下と言えど清潔感もある。風属性魔法陣で換気しているようで、空気も悪くなかった。
しかし。地下に降りて目に入った光景に、雄哉は呆然とするしかなかった。
「依頼というのはですね。『これ』を売る手伝いをして欲しいんですよ」
牢獄。
一番近い表現はそれだった。
十歳ぐらいの少女、雄哉と同じぐらいの年の少女、そしておそらく二十歳はすぎているであろう女性がそれぞれ別々の檻に閉じ込められていたのである。
首には鉄の輪。鎖で壁とつながれており、逃げることはできないようにされていた。
雄哉は檻を指差しながら、震える声で言った。
「……『これ』、って?」
「おや。奴隷を実際に目にするのは初めてですか?」
当たり前だった。日本では人身売買などあり得ない。例え社会の闇で行われていようとも、普通に生きていればまず目の当たりにすることはありえないものだ。
レーテはさも当然のことのよう表情を一切崩さず説明を始める。
「奴隷の販売は奴隷商の役目なんですけどね。品揃えがいいのがうちのモットーですから、一応仕入れてみたのはいいのですが、これがまったく売れない。奴隷商はいったいどうやって売っているのか、不思議なぐらいです。コツを聞いても教えてくれないし、維持費がかさむばかりで。やはり取り扱うのはやめにしようということになったのですが――」
「……」
動揺して、目の前が真っ暗になる。レーテの話も半分以上聞こえていなかった。
基本的人権。それが彼女たちにはないのだろう。
『物』、『これ』。まるで道具のような扱いだ。もはや、人間としては見られていない。
特に外傷があるわけでもなく、服も傷んではいないが、それでも首輪でつながれたその姿は、ただただ痛ましかった。人間をこのように扱っていいわけがない。それが雄哉の中の『常識』だ。
しかし、頭を振って、思考のスイッチを無理矢理にでも切りかえる。
この世界には、奴隷が存在する。そしてそれを誰もが理解し、受け入れている。
到底受け入れられる事実ではないが、取りあえず分かっておく。
「――で。売るのを手伝って欲しいってわけか」
「ええ、その通りです。ですが、奴隷はあまり目立って売るようなものではありません。あくまでも静かに、こっそりと。非合法ではありませんが、マナーはありますからね」
人身売買にマナーもクソもあるか、と雄哉は心の中で吐き捨てたが、これは冒険者として自分から受けた依頼だ。無責任なことはしたくなかった。
一週間だけだ。売れても売れなくても、それでこの依頼は終了である。
歯ぎしりしながらも、雄哉は知っておくべき情報を引き出す。
「彼女たちは、いくらで売ってるんだ?」
「ああ、一番小さいのから順に10万、2万、5万リアンですよ」
「なっ……」
カッ、と頭に血が上る。人間の値段が、雄哉の持っているバタフライ・ナイフよりも安いのだ。それは、あまりにも酷いのではないかと怒りが湧く。
しかし、同時に体は冷え、すぐさま冷静さを取り戻していく。
雄哉は同じぐらいの年の少女を指差し、質問する。
「なんで彼女は2万リアンなんだ」
「あぁ……私としたことが、不良品を押し付けられてしまいましてね。あれは声を出すことができないんですよ。医者によれば病気というわけではないそうですが、商品としての価値は下がってしまうのも致し方が無いでしょう」
「あっそ」
これ以上この男の話を聞き続ければ、全力で殴ってしまいかねなかった。雄哉は早急に会話を切り上げ、踵を返す。
「とにかく、あの奴隷を売る手伝いをすればいいんだな?」
「はい。できることならば、全員売りさばいてもらいたいですねぇ。ああでも、一人でも売っていただけたらこちらとしては大助かりですよ。報酬はお支払い致しますので」
「わかったよ」
奴隷を売るつもりはさらさらなかった。
一週間で一人も売れなかった場合は依頼失敗となるだろうが、そんなことはどうでもよかった。
人生初となる人身売買に、雄哉は深くため息をついた。
◇◇◇◇
人身売買の手伝いを初めて6日目の事だった。
「奴隷に興味ありませんかー。クソッ、面倒くせぇ……」
町の路地裏、ほとんど人が通らない場所に雄哉はいた。
実にやる気のない小さな声。手伝いをしている風を装ってはいるが、当然こんな方法で売れるわけがなかった。だが、もともと売る気もないので問題はない。依頼人のレーテには悪いが、やりたくないものはやりたくないのだ。
今日と明日だ。それでこの依頼は終了である。
しかし。
「あるねぇ、興味。どこで売ってんだ?」
「……マジかよ」
釣れてしまった。
その男はひげを生やし、髪はボサボサで清潔感のかけらもなかった。目は焦点がずれており、明らかに「ヤバそう」な人物である。
そして、雄哉はこんな時に戦う力もなければ、逃げる余裕もない。
「あ、案内します……」
委縮しながらレーテ商店に男を連れて行く。
男は檻の前でしゃがみ込み、一人につき十分以上かけて品定めをした。
三十分以上経ってから、立ち上がった男は雄哉に向けてこう言った。
「この5万リアンのネーチャン。買わせてもらうぜ」
「……あり、がとうございます……」
かくして、二十歳過ぎの女性は男に買われていった。男に連れられて行く女性は最後に振り返り、雄哉の目を見つめた。その心情ははかりかねたが、確実なことが一つある。
一人の人間の、人生を壊した。
これから彼女がどうなるかは分からない。奴隷の使い方など雄哉は想像したこともなかったからだ。
料理や家事を任せるのだろうか。それともただ、鑑賞用に置いておくだけなのか。もしくは――
「だぁあああああああ!! 面倒くせえ、面倒くせえ!! 考えない方が身のためだ、俺!!」
雄哉はかなりの精神的なダメージを受けてしまっていた。
だが、あと明日だけだ。6日で一人しか売れなかったのだから、明日も売れることはないだろう。
そんな考えでいた最終日の夕方。
「奴隷、か。ちょっと見せてもらっていいかな?」
「……案内、します」
かなりきれいな服装をした、顔立ちの整っている長身の男。おそらく金持ちだ。
その男に話しかけられてしまい、雄哉は心の中で絶望した。
彼をレーテ商店の地下に案内すると、すぐさま十歳ほどの少女に目を付けた。
「彼女、どこにも不備は無いのか?」
「え? ええ、まぁ……」
「よし、買わせてもらおう」
「…………」
少女は涙を流しながら、男に連れて行かれた。
去り際に、雄哉は力強い視線で睨みつけられた。おそらく、一生忘れることはできないであろう、恨みの籠った目だった。
客を見送ったレーテは実に満足顔だった。
「いやー、今日までありがとうございました。まさか二人も売れるとはね。ユーヤ殿にはもしかしたら奴隷商の才能あるかもしれませんよ。これ、報酬の5万リアンです。本当に助かりました」
「……なぁ」
雄哉はお金の入った封筒を受け取りながら、暗い声で質問する。
「ん、なんですかな?」
「売れ残った彼女は、どうなるんだ」
「うーむ。もうしばらくは面倒を見るつもりですけど、もう売れないでしょうからねぇ。やはり不良品は安くても売れませんね。近々処分することも考えています」
ビクッ、と雄哉の体が震えた。
処分。それはつまり、殺すと。そういうことか。
売ることができなかったから。少なくとも、名前も知らぬ少女と女性は買われたのだから、どんな扱いを受けようと生き続けるだろう。
……いや、人間として扱われないのであれば、そうとも限らない。だが、確率は減るはずだ。
しかし、売れ残ってしまった少女は雄哉が意図的に売らなかったと言っても過言ではない。そのせいで、殺されてしまう。
雄哉は受け取ったばかりの封筒を、そのままレーテに差し出した。
「買う」
「おや。売っているうちに奴隷に興味が湧いてきましたか? いえ、こちらとしては嬉しい限りですが……そうですね、せっかくですしさらに割引して差し上げますよ。一万リアンで――」
「いや、5万リアンで買う」
「は? いや、しかし」
「つべこべ言わずに売りやがれッッッッ!!!!」
「は、はい!?」
思わず声を荒げた雄哉は、すぐ冷静になった。
らしくもない。そう思いつつ、レーテが少女を地下から連れてくるのを待つ。
「ど、どうぞ」
「ああ」
首輪の鎖と、鍵を受け取った雄哉は、その場ですぐさま首輪を外した。
ガチャッ! と音がして、少女の首から鉄の枷が無くなる。
「……?」
「行こう」
首をかしげる少女だったが、雄哉は無視してその手を引っ張り、自分の部屋へと連れ帰った。
やったぁ、ヒロインだ!!