武器
魔法についての知識を一般教養レベルまで詰め込んだ頃、雄哉はギルドに呼ばれた。
ギルドに自ら赴くのではなく呼ばれるのは冒険者になってから初めての事であり、「俺、なんかやっちまったか?」と怯えたが、拒否するわけにもいかない。
最近は貯金が増えてきたとはいえ、依頼をこなさなければ生活費でお金が消えていくのは間違いないのである。依頼を受けるためにも、行かない訳にはいかなかった。
「お、お邪魔しまーす……」
意図的に存在感を極限まで消し、誰にも気づかれないように受付まで向う。普通にしていたところで元から影は薄いので誰にも注目されることはないのだが。
しかし受付の女性、ライラだけは唐突に現れた雄哉に驚く。
「うわっ!? いつの間にいらしていたんですかユーヤさん! 驚かせないでくださいよ!」
「ごめん。ギルドに呼ばれるのって初めてでさ。俺、なんか悪いことした?」
「ああ、そのことですか。違いますよ、むしろ喜ばしい報告です。ユーヤさんの冒険者ランクが、DからCに昇格されることになったんです」
雄哉は目が点になった。
「は? なんで?」
「なんでって……たくさん依頼をこなしてきましたし、誰もが一度はユーヤさんの名前を耳にしたことがある程度には知名度も上がっています。それだけの理由では不満ですか?」
「いや、別に不満は無いけどさ。それで、何か得すこととかあるわけ?」
魔物を一匹も倒していないのにランクは上がるんだなぁと思いつつ、疑問を投げかける。するとライラは少し考えて苦笑いを浮かべた。
「うーん、そうですねぇ。Cランクからは弱い魔物の討伐が依頼として受けられるようになりますけど……」
「受注しないからな」
「そう言うと思いました。ですので今までとあまり変わらないと思います。ああでも、身体強化を用いることが前提の力仕事の雑用依頼を受けることができますね」
「身体強化……無属性魔法のあれか」
無属性魔法とは属性を持たず、体内で発動させるのが特徴の魔法である。身体強化もそのうちの一つであり、脚力を上昇させて五メートル以上飛び跳ねたり、視力を強化して遠くを見ることも可能だ。
雄哉も依頼で物資を運ぶ手伝いをしたとき試しに使ったことがあるのだが、重い物を持つ際に実に便利だった。10㎏はある荷物を軽々と持ち運ぶことができたのだ。おそらくこれを使って、さらに重い物を運ぶ依頼なのだろう。魔法の練習にはもってこいだと感じた。
しかし次のセリフに、雄哉は戸惑った。
「それと、Cランクの冒険者には武器の携帯が義務付けられているんです」
「ぶ、武器!? なんでだよ、魔物とは戦わないのに」
「護身用ですね。有名人になると、場合によっては危険な目に遭う場合もありますから」
「えぇ……。でも刃物なんて包丁ぐらいしか持ったことないんだけど」
「戦闘はしないということですから、剣や斧じゃなくても構いませんよ。ファイティングナイフなどいかがですか? 軽くて持ち運びやすいですし、あまり目立ちませんし」
「うーん……それなら、まぁ……」
感覚的には殺傷能力の高いカッターナイフを持ち歩くようのものだろう。それならばギリギリ許容の範囲内ではあった。
剣や斧を持ってみたいという欲求が無いわけではない。しかし、使わなければ宝の持ち腐れだ。しかもああいった類の武器は重く、雄哉のように雑用しかしないのであれば邪魔でしかない。
「ではランク昇格の準備が整い次第、声をかけてくださいね」
「武器を買ってこいってことか。りょーかい」
雄哉は武器の携帯義務の説明だけどうしても納得いかなかったが、しぶしぶギルドを後にし、町中にある武器屋へと向かった。
◇◇◇◇
武器屋に入ると、店内のいたるところに武器が飾られていた。剣、槍、斧、ハンマー、レイピア……中には鞭や鉄扇などもあり、多種多様な武器が勢揃いである。銃刀法や軽犯罪法などあったものではない。だが、中二心をくすぐられるような、見ているだけでも興奮してくる空間だった。
店内をキョロキョロ見渡していると、頭の禿げた大男が近づいてきた。筋肉モリモリではちきれそうなタンクトップを着ており、雄哉の細い体と比べれば二倍は体躯が違う。
しかし表情はさっぱりしていて、営業スマイルはつられて笑ってしまいそうなほど完璧だ。
「いらっしゃい! 見ない顔だなぁ、新米冒険者かい?」
「そんなところだ。冒険者ランクがCに上がるらしくて、武器を買いに来た」
「そりゃめでたいじゃねえか、サービスしといてやるよ。うちの武器はどんな魔物にも通用するって評判がいいんだぜ。それで、どんな武器がお好みだ?」
「あいにく、魔物と戦うつもりはないんだ。剣とか斧じゃなくて、ファイティングナイフ? とかいうやつが欲しいんだけど」
「カーッ! 男のくせに戦わないのかよ、情けねェ! まぁ、別にとやかく言うつもりはねーけどな。それじゃ、護身用のナイフってことでいいか? ならこっちに揃えてあるぜ」
マッチョ男の案内で大きな棚の前までやってくる。そこにはいくつもの形状をしたナイフが綺麗に切っ先を左にそろえて置かれていた。
「一口にファイティングナイフっつっても、種類は色々ある。ダガー、ボウイ、スイッチ、トレンチ、ハンティング……刃の長さも違えば用途も色々だ。ま、自分に一番合うもんを選ぶといいさ。手に取るのは自由だ、決まったら言ってくれ」
「ありがとう」
男がそばを離れ、雄哉はナイフをじっくりと物色する。
どれも刃渡りは20~30センチほどあり、鞘付きのものも多い。天井に描かれた魔法陣からあふれる光を浴びて鋭い刃はギラギラと輝いており、見ているだけでぞっとする。
とてもではないが、こんな代物を振り回す勇気は雄哉になかった。魔物と戦ったりするつもりはないが、持っているだけでも心に余裕がなくなりそうだった。
これが、命を絶つための道具。戦うための武器。
「おっかねー……」
思わず口に出ていた言葉がそれだ。
やはり生粋の日本人。武器にはまったく慣れていないのが現実だった。
もう別にランクDのままでいいんじゃないか? と思ったりもしたが、そもそもランクの昇格はギルド側の決定であり、おそらく逆らうことができないだろう。ぐずぐず言ってはいられない。
取り合えず、自分でも持っていられそうなナイフを探す。すると、一つだけ知っているものがあった。
「バタフライ・ナイフ……父さんが趣味で持ってたな」
当然、刃は偽物の、開閉アクションを練習するためだけの物で、雄哉も父に借りてアクションだけを教えてもらったことがあった。本物ではなかったにせよ、見たことがあり、触ったことがあると安心感が他の比ではない。
それに、畳んでしまえば刃は見えなくなり、形状からも武器であるとわかりづらくなる。刃渡りが20センチ近くあるので折り畳みナイフとしては大型になってしまうが、持ち運びは楽そうだった。
雄哉は試しに手に取ってみた。すると、
「重っ」
瞬間、ずっしりとした重みが伝わった。
見た目よりも遥かに重い。こんなものを振り回すのは危険すぎるだろうと思ったが、そもそもここは武器屋である。魔物と戦うことを前提とした武器が危険でないはずがない。
雄哉は試しに開閉アクションを起こしてみた。
親指と人差し指の付け根でグリップを握り、刃を出しながら片方のグリップを跳ね上げる。そのまま手首を捻って持っているグリップを一回転させ、バチンッと跳ね上げたグリップを戻してそろえる。これで展開は完了だ。
実際に刃のついたバタフライ・ナイフで行うのは初めてだったが、意外とすんなりうまくいき、雄哉はホッとする。
「おう、案外手馴れてんじゃねーか。そいつにするか?」
「ああ。いくらだ?」
「そうさなぁ、新米冒険者への出血大サービスだ。ここは定価の三割引き、7万リアンでどうだ!」
「……ちょっと待ってくれ。高くないか?」
「んなことねーよ。錆びない、血がついても切れ味が落ちない、頑丈、軽い。どれも手入れすれば最低でも二年以上は使える代物だぜ。むしろ他に比べりゃ安いぐらいだ」
それにしたって、定価の三割引きで7万リアン。つまり、元の値段は十万リアンになる。十万リアンというと、雄哉が現在借りている部屋の月々の値段をオーバーしていた。
ナイフ一本でこれだ。ふと雄哉は他の武器の値段が気になり、壁に掛けられている剣の値札を見る。
「に、200万リアン……!」
頭痛に襲われた。
とてもではないが、買える代物ではない。一日に十件近くの依頼をこなす雄哉だが、稼げるのはせいぜい一万リアン弱。日本にいた時のように週に二日は依頼を受けず休んでいるので、月に稼ぐのは大体15万リアン程度。生活費や食費、その他もろもろと部屋代を差し引き、1~2万リアンが月に一度貯蓄できる程度だ。
まだこの世界に来て三か月近くの雄哉には、七万リアンのバタフライ・ナイフを買っただけでとてつもない出費である。もしあの剣を買うとなると、感覚的にはもはやちょっとした車を買うのと同じぐらいだ。
しかし、買わなければ冒険者ランクがCに上がらない。別に上がらなくてもいいのだが、ギルドの決定事項に逆らう勇気はない。
雄哉は恥を捨て、土下座した。
「もう少しだけ安くしてください、お願いします! 武器を買い変える時があったら、絶対にここで買うんで!!」
「おっ、言ったな? 言質は取ったからな。いいだろう、半額の5万リアンで売ってやろう」
「あざっす!!」
こうしてほぼ貯金を使い果たし、雄哉はバタフライ・ナイフを購入するのだった。
剣? 刀? そもそも高すぎて買えないです。世知辛いね