習得
今日の依頼ノルマを達成した雄哉は、さっそく部屋に帰ってキラノからもらった本を熟読していた。
魔法を使う上で最初にしなければならないこと。
それは体内に存在する魔力を知覚することだった。
本によれば、人間に限らず、動植物は自然界に存在する魔素を常に取り込んでいるらしい。それは空気や水、食品などに含まれており、私生活で必ず体内に入ってきているという。
そうして溜めこんだ魔素は、体内で魔力へと変換される。いや、正確に表現するならば圧縮される。それにより体積が減り、体に貯蓄しやすくなるわけだ。人によって溜められる魔力の最大量は変わってくるが、限界まで溜めこんでしまった場合はそれ以上増えず、体内で再び魔素へ戻されて体外へ放出されることとなる。これが体内にある魔力だ。
しかし。
魔力は普通に過ごしていれば絶対に知覚できない。
雄哉はプレートの表記を見る限りでは《1280》という数値の魔力は持っているが、それがどこにあるのかはさっぱりわからないのが証明となっている。
では、今まで見たことも感じたこともない魔力を知覚するにはどうすればいいのか。
『体外から直接魔力の干渉を受け、魔力がどのようなものかを知ろう!』
「……? それっておかしくね?」
少し考えればわかることだ。
魔力を知覚するには魔力の干渉を受けなければならないのであれば、この世界で初めて魔力を知覚した人物はどうやって魔力を知ったのか? という謎にぶつかる。
魔力は鍵のかかった宝箱の中に入っていると想像するといいだろう。体外から魔力の干渉を受けて魔力を知るというのはつまり、宝箱を外から強引にこじ開けるということと同義だ。しかし、鍵を開けてきちんとした手順を踏むことでも開けられるということに他ならないのではないか。では、その鍵をどうやってこの世界の人間は見つけたのか。
だが、今はそんなことを気にしても仕方がない。謎は放置したまま、雄哉は魔法を習得する方法を読む。
『ここにある魔法陣を表に向けてしばらく待とう。陣が空気中から魔素を吸収して魔力に変換するぞ! 魔法陣が光ったら手で触れてみるんだ!』
「やるか」
やたらとテンションの高い説明通りに本を開き、しばらく放置する。するとそこに描かれていた直径15センチほどの魔法陣が徐々に光を帯び始めた。おそらく最大まで魔力が溜まったであろう状態にして、雄哉は恐る恐る陣に手を伸ばす。
「……っ」
無意識のうちに喉が鳴る。
静電気が限界まで溜まったドアノブに触れようとしているようなものだ。何かが起こることはわかっている。しかし、静電気の体験をしたことはあっても魔力の干渉など未知の領域である。恐怖を感じても仕方のないことだった。
緊張で震える手を少しずつ近づけ――雄哉はヤケクソ気味に、思いっきり陣へ手のひらを叩きつけた。
瞬間、
ドグンッッッ!! と、体の中に得体のしれない何かが流れた。
「!!?? な、んだこれ!? いや、これが魔力か!」
一瞬のうちに体を駆け抜けた何かの正体が魔力であることはすぐに理解できた。全く同じ物が体の中に溜まっていたからである。まるで空気を掴むことができるようになったような、今まで絶対にできないと思い込んでいたことができるようになる感覚。
しかし、一度知覚してしまえばもう忘れない。自転車の乗り方を忘れることが無いのと同じである。
雄哉は本の続きに目を通していく。
『魔力は感じ取れたかな? さあ、ここからは簡単だ! 実際に魔法を使ってみよう。まずは簡単な風属性の魔法を使ってみるといいだろう。感覚としては、体の中にある魔力を少しちぎって、空中で動かすイメージだ。今の君ならこの説明でもわかるだろう?』
「よし」
魔力の使い方は直感的に把握していた。あとはそれを具体的なイメージと共に形にするだけということだろう。それで魔法は完成する。
雄哉は手のひらを上に向けた。
そして魔力を少量使い、手の上でぐるぐるとまわる風をイメージ。
すると意図せずして唐突に、手のひらから少し浮いた場所に円形の小さな魔法陣が出現した。それは緑色の光の線で描かれており、二重の円から構成されている。内側の円には複雑怪奇な図形の集合体があり、円と円の隙間にはこの世界で『風』を意味する文字がずらっと並ぶ。
その魔法陣の上で――小さな風が吹いた。
魔法で生み出した風は、自分の思うがままに動かすことができた。
「……………………おぉ」
部屋の中を縦横無尽に風が吹く。
目には見えないが操ることができているという実感はあり、雄哉は心を弾ませた。
魔法が使えるようになった。その事実に凄まじい喜びを覚える。
しばらくして冷静さを取り戻した雄哉は呟く。
「……でもこの本、五歳児が読むような内容じゃねーだろ」
結局それだけが、納得いかなかった。
◇◇◇◇
魔力を知覚さえしてしまえば、魔法を使うことは口笛を吹くのと同じようなものだった。一度やり方がわかってしまえば、どこでも簡単に使える。
雄哉は魔法を習得してからというもの、ギルドの依頼をこなしつつ魔法の勉強をしていた。ミリンダスト王国には様々な建物があるが、その中には図書館もある。そこで魔法関係の本を片っ端から借りて、独学したわけだ。
そして、魔法の多様さに雄哉は舌を巻いた。
魔法の基本属性は火、水、土、風、光、闇、無の七つ存在する。しかし、同じ属性の魔法はあれど、同じ種類の魔法は一つとして存在しない。
これは魔法を扱う上でイメージが重要になってくる部分が大きいらしい。
例えば炎をイメージしろと言われて、蝋燭の炎を思い浮かべる者もいれば暖炉の炎を連想する者もいるだろう。すると、使う魔力量にもよるが、魔法はイメージをそのまま具現化するため、炎の出力は暖炉の炎をイメージした方が強い。また、一口に炎と言っても人によっては『炎の剣』や『炎の矢』など、武器として使う者もいる。
このように、人によって魔法は千差万別なのだ。人の数だけイメージがあり、人の数だけ魔法がある。それがこの世界における魔法なのである。
つまり、雄哉が使う魔法もまた誰にも真似ができない唯一の魔法となるのである。それはいわゆる個性であり、他人との決定的な差だ。
「魔法ってのは面白いな」
今日も今日とて、依頼をこなして部屋に帰り本を読む。
そもそも、雄哉は元の世界に帰るために魔法を学んでいるつもりだった。しかし知れば知るほど魔法というのは面白く、興味深い。
例えば魔法陣。これは魔力を流すことで『同じ』魔法が発動するように開発されたものだ。
例えば儀式魔法。これは必要な手順を踏むことで魔法の効果を大幅に増大させるというものだ。
科学とは違う、全く別の法則。それが魔法にはある。すべてが高校の授業では絶対に学べないようなことだらけだ。勉強をしている、という感覚は雄哉にはなかった。
充実していた。次第に雄哉は、今の生活を楽しみ始めていた。
ゆうや は まほう を おぼえた !