人助け
半分怒りに任せて儀式城を出た雄哉だったが、当然ながら行くあてはどこにもなかった。
服は高校の制服である真っ黒なズボンと白いシャツ。
靴は親に適当に買ってもらったスニーカー。
持ち物は国王カルテリオから受け取った身分証明となるらしい銀のプレートのみ。時計や携帯、財布などはすべて高校の教室にある鞄の中だ。と言っても、携帯がつながる可能性は限りなく低いし、金銭も円がこの世界で通用するとは思えなかった。
現状、衣食住のうち食と住が全く足りていない。
「生きていける気がしねぇな」
太陽の光を受けて光り輝く新品のプレートを眺めながら、雄哉は山を登る。
どこに行けばいいのかわからなかったため、とりあえず周囲を見渡せる高い場所を目指して歩き続ける。
そして一時間弱歩いたところで、頂上にたどり着いた。
絶景が広がる。
真っ青な空に浮かぶいくつもの白い雲。
美しい緑の山々を緩やかに流れる川。
光を反射して輝く巨大な湖。
そんな大自然の中に、数十メートルはあろうかという巨大な城があった。そこを起点にして扇状に町が栄えている。いわゆる城下町というやつだろう。
人がいればそれだけたくさんの情報がある。もしかしたら働いてお金を稼ぎ、衣食住を整えることができるかもしれない。
「何はともあれ、行ってみるしかなさそうだ」
雄哉はプレートをズボンのポケットにしまい、城下町を目指して下山を始めた。
◇◇◇◇
一時間ほどかけて山の麓まで降りたところで、雄哉はようやく国王以外の人間と出会った。
「あいたたたた……もう歳かのう……」
よぼよぼの爺さんが道の真ん中で倒れていた。腰を痛めてしまったのか、その場から一歩も動けない様子である。
雄哉は大きくため息をつきながら、近づいた。
「はぁ……面倒くせぇ。おい爺さん、大丈夫か?」
「ぬ? いや、腰をやってしまったようでな。ろくに歩けそうもないわい。この歳で散歩なぞするもんじゃなかったのぉ」
見た目だけならおそらく七十歳は過ぎているだろう。手足はやせ細り、簡単に折れてしまいそうだった。日本なら老人ホームで介護生活を送っていてもおかしくないだろう。
「どこまで行くつもりなんだ?」
「この先の城下町じゃよ。お前さんも散歩の帰りか?」
「……そんなところだ。ついでにおぶって行ってやるよ」
「いいのか? ここから一時間は歩くことになるが……」
「いーよ別に。気にすることじゃない。俺がここであんたをスルーしたら、気持ち的に面倒くさいからな」
雄哉は申し訳なさそうな爺さんを強引に背負って歩き出した。案の定、体は軽くてさほど苦にはならない。それでも一時間歩けば相当体力を消耗するだろうが、そんなことはどうでもよかった。
基本、面倒くさいことはしない主義の雄哉だが、人助けに関してだけは話が別だった。
困っている人がいて、差し伸べて助けることができる手があるなら、伸ばさずにはいられない。
そうしなければ後で気分が悪くなる。それはいつまでも尾を引き、死ぬほど面倒くさいのだ。
爺さんは雄哉に背負われながら呟いた。
「お前さんは、良い心を持っておるな」
「はっ。そんなものを持ってたら、俺は今ここにいなかっただろうぜ」
もし爺さんの言う良い心とやらを持っていたとしたら、国王の頼みを聞き入れて、今頃世界を救う準備でもしていたことだろう。それを断っている時点で、雄哉は爺さんが言うほどできた人間ではない。
そもそも世界の危機など、雄哉が手を差し伸べたところでどうにかなる問題ではないのだ。誰か他の、もっと力のある者に助けを求めるべきである。いや、そうして出た結論が召喚儀式魔法だったのだろうか。
だが、役不足だ。そうとしか言いようがなかった。人間にはできることとできないことがある。ごく普通の男子高校生に、世界を救うだけの力はない。
すると爺さんは首に回していた手を頭に乗せ、ポンポンと軽く叩いた。
「自虐する必要はないぞ。お前さんはこんな爺を助けてくた。だから少なくとも、私からすればお前さんは『いい奴』なわけだ」
「そりゃどーも」
「ありがとうな」
「……どういたしまして」
助けないと面倒だったから助けた。雄哉からすればその程度の感覚でしかない。
しかし、感謝されれば悪くない気分になるのは確かだ。
少しにやけていると、爺さんは話を切り替えた。
「おっと。まだ名乗っておらんかったな。私はキラノ。キラノ=コーガスだ」
「武山雄哉だ」
「ユーヤか。見ない服装に見ない顔だが、どこか別の町から来たのか?」
町どころか世界なわけだが、雄哉は苦笑いにとどめる。そしてこの話の流れに乗り、情報収集をしようと思い立つ。
「まぁな。出稼ぎみたいなもんだ。実は金も家も無くて、手っ取り早く稼ぐ方法を探してるんだが……何かいい働き口は無いか?」
「そうさなぁ、金も家も無いとなると……冒険者にでもなってみればどうかの」
「冒険者、ねぇ」
雄哉は国王カルテリオの話を思い出していた。確か、魔物が凶暴化して被害が増え、冒険者の数が足りていないと話していた気がする。
「それってどんな職業なんだ?」
「早い話が『何でも屋』じゃな。町に必ず一つはある冒険者ギルドには色々な依頼が押し寄せる。それをこなして金を稼ぐというわけよ」
「……魔物を倒したりするのか?」
雄哉の気がかりはそれだった。
根本的に、戦闘はできない。
やはり雄哉は地球に産まれた日本人だ。剣を振り回したり、弓を射るといった行為をしたことが無い。普段から隅でおとなしくしているような毎日だったので、喧嘩もしなかった。魔物と戦うとなると、命の奪い合いになる。血も大量に出ることとなるだろう。
正気でいられる自信がなかった。
しかし、そんな雄哉の心情を察したのか、爺さんは笑った。
「はっは。戦いたくはないか? 安心せい、さっきも言ったが、ギルドには色々な依頼が押し寄せる。それこそ掃除を手伝ってほしい、子供の世話を頼みたい、食事を作ってほしいなんてのもある。それをこなせば一日を生きていくのに苦労はしないじゃろうて」
「そ、そっか。それならできるな」
もともと人助けは嫌いじゃない。そういった依頼をこなせば金が入るというのであれば、やらない手はないだろう。雄哉は町に行ったら、まずは冒険者になることを決めた。
「情報ありがとよ、爺さん」
「なに、ちょっとしたお礼じゃよ」
爺さんの笑顔に、雄哉も顔がほころぶ。
そんなこんなで雑談をしながら一時間の道のりを踏破し、雄哉はようやく城下町へとたどり着いたのだった。
異世界ファンタジーといったら、そりゃ冒険者しかないでしょう