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やる気なし勇者の異世界道  作者: 国衣任谷
一章
2/57

使命放棄


 五メートルほど離れた場所から、貫禄のある雰囲気を醸し出している五十過ぎのお爺さんが話しかけてくる。頭には金色の、王冠らしきものが見て取れた。


「ここは十年がかりで作り上げた特別な城でしてね。異なる世界から勇者となる人物を召喚するためだけに存在する、『儀式場』ならぬ『儀式城』というわけです」

「いや、知ったこっちゃねぇよ。つーか誰がうまいこと言えと」

「まずは自己紹介をば。私はここ、ミリンダスト王国の国王、カルテリオ=ヴァンガル=ミリンダスト」


 雄哉のツッコミはあっさりとスルーされてしまった。

 しかもこのお爺さんは見た目通り、国王だった。カルテリオはニコニコと、人のよさそうな笑顔で返事を待っている。さすがに、ここで無言を貫き通すわけにはいかなかった。


「え、と。武山雄哉、です?」

「ふむ。ではユーヤ殿、まずは状況の説明をしましょう。どうも、随分と混乱している様子ですからな」


 実にありがたい申し出だった。ついさっきまで学校の屋上にいたものだから、かなり気が動転している。ここで一度、頭の中を整理しておきたかった。

 王は雄哉の沈黙を了承とみなし、話を始める。


「まず理解してもらいたいのは、ここがあなたのいた世界とは異なる世界であるということ。『召喚儀式魔法』により、別の世界へ照準を合わせ、貴方をこの世界へと召喚した、というわけです」


 整理どころか爆弾を投げられ、余計に収集がつかなくなった。

 非常に面倒くさいが、無理にでも簡潔に頭の中で説明を噛み砕く。

 異世界? ということは、ここは日本ではなければ地球でもないということか。

 儀式魔法? この世界には魔法があるという認識で正しいのだろうか。

 召喚? それが事実だとするならば、一つ確認を取らなければならないことがある。


「よく分からね……ないんですけど、元の世界には帰れるんだろ……ですよね?」

「――――…………、それは」


 慣れない敬語を用いて王に問いかける。しかし、カルテリオは黙って顔を俯けるだけだった。

 背中に、冷たい汗が流れる。

 雄哉は声を荒げ、カルテリオとの距離を詰めた。


「お、おい冗談だろ!? まさか一方通行なのかよ! もう二度と家には帰れないってのか!?」

「……方法は、探しています。しかし今は一刻を争うと言っても過言ではない緊急事態。勇者の、ユーヤ殿の力が必要なのです!」

「力? ふざけんな、俺に力なんてあるはずないだろうが! 頭は悪いし運動神経も良くない。勇者なんて柄じゃねーよ!! こんなの、召喚ミス以外のなんでもない!!」


 異世界から人を召喚するのであれば、別の世界のもっと強い奴を召喚すべきだった。

 緊急事態とやらがどんなものかは知らないが、勇者と呼ぶからには戦わなければならないのだろう。しかし、雄哉は日本という先進国の資本主義社会に産まれたのだ。獣との戦闘などできるはずがないし、スポーツ選手を目指していたわけでもないのだから、運動能力は低い。物理的な力には一切なれないだろう。

 頭脳も、少しだけ頭のいい高校にかろうじて合格できる程度。しかも高校に入ってからはほとんど勉強をしていないから、入学当初よりも学力は下がっているはずだ。とてもではないが貸せる知識など持ち合わせていない。

 勇者になど、なれるはずがなかった。

 力なんて、何も持っていない。

 しかし、カルテリオは首を振った。


「いいや、その点に関しては安心してもらいたい。この召喚儀式魔法には『人々の希望』が組み込まれております。召喚された者には、我々の希望が力となって託されるのです」

「なら、証明して見せてくれよ」


 雄哉の声は震えていた。敬語を使う気はもう失せていた。

 ただでさえもう二度と元の世界には帰れないというのに、それ以上に何かを求めてくる。図々しいにもほどがあった。だからこそ、せめてその託された力ぐらいは証明してもらわなければならない。

 カルテリオは言われるなり、黙って懐から小さな金属のプレートのようなものを取り出す。それは銀色の長方形をしており、大きさは縦が五センチ、横が七センチ程度。ちょうど、名刺が金属になったようなものだった。


「これはこの世界における身分証明証です。血を少量吸わせることで、ユーヤ殿の情報が浮かび上がるはず。こちらの針をお使いください」

「なっ……まぁいいけど」


 注射で血を抜かれたことはあれど、自身の体を意図的に傷つけて血を出すのは初めてだった。

 しかしやらなければ話が進まない。恐る恐る右手の親指に針の先端を突き刺す。するとわずかな痛みと共に玉のような血が出てきた。それを、受け取ったプレートの上に一滴垂らす。

 すると、銀色の表面に赤い字が浮かび上がってきた。雄哉の知らない摩訶不思議な文字だったが、なぜか意味は理解できた。その内容は――



■■■■■■■■■■■■■■■■

 武山雄哉 男 十七歳

 魔力量  1280

 適正魔法 無属性 闇属性

■■■■■■■■■■■■■■■■



 具体的に、どこがすごいのかさっぱりわからなかった。

 雄哉はプレートを王に突き出し、説明を求める。


「で、これのどこら辺が希望を力にして託されてるんだ?」

「な……そんな、バカな」


 カルテリオはプレートに浮かび上がった表記を見て驚愕した。

 しかしそれは、表情を見る限りどちらかというと悪い方向に思えた。


「なんだよ。正直に教えてくれ、どこかおかしいのか? 俺には分からないんだ」

「魔力量は……一般人より少し多い程度です、ね……。適正魔法が二つあるのは少々珍しい、と言えなくもない。それでもこれは……凡人の域を出ない能力値としか」


 頭の中でプツン、と何かが切れた音がした。

 しかし、頭に血は上らなかった。むしろ急激に体温を失い、体は冷たく、頭は冷静になっていく。


「……俺は、何のために召喚されたんだ?」


 雄哉の質問に、カルテリオは視線をそらしながら答える。


「……今、この世界は危機に瀕しています。

 魔物の凶暴化により世界各地で被害が頻発。冒険者の数が圧倒的に足りていない状況です。原因は魔物の王となる存在が現れたからだと噂されていますが、真偽は定かではありません。しかしこの状況が続けば人類が滅ぶのも時間の問題。

 そこで私は、カルテリオ王国に古くから伝わる召喚儀式魔法を行うことにしました。異なる世界から勇者となる者をお呼びし、この絶望的な状況をひっくり返す希望の光となってもらおうと――」

「無理だ。俺にそんな力はないんだろう?」


 雄哉は顔を俯けた。そしてそのまま儀式城とやらを出ていこうと歩を進める。


「ま、待ってくれ! この召喚儀式は何度も使える代物ではない。我々の希望は、勇者は、貴方しかいない! あなたに世界を救ってもらいたいのだ!」

「嫌だよ面倒くさい」


 勝手な都合で召喚され、二度と家には帰れなくなり、召喚された理由、使命も果たせる見込みがない。

 だったらもう、ここに用はなかった。

 帰る手段は自分で探すしかない。生きていく術は自分で手に入れる。


「勇者殿のために作らせた最高傑作の剣と甲冑がある、せめてそれだけでも!」 

「他の誰かに渡せよ。俺より強い冒険者とやらに渡せば、きっと力になるだろうぜ」


 雄哉は一切足を止めなかった。

 国王カルテリオは、呆然とその後ろ姿を眺めることしかできなかった。



無能国王は勇者の召喚に失敗した模様

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