魔法研究
帰宅すると、美咲が晩御飯の準備をしていた。
「ただいまー」
『おかえりなさい。ご主人様』
美咲は台所から離れ、雄哉の前まで来ると紙に書いていた文字を見せてくる。
これは雄哉が命令してやらせていることだった。単純に、ただいまと言って誰からも返事が無いのは悲しいからである。事務的に命令をこなした美咲は再び台所へと引っ込んでいく。
「あー、疲れた」
雄哉は羽織っていたコートと手にはめているグローブを脱ぎ捨て、リュックを端に追いやってからベッドに体を投げ出した。
魔物と命のやり取りをした後だ、体力的にも精神的にもかなり疲労している。明日は難易度Dの依頼を適当に消化して過ごそうと心に決めた。
ふと、雄哉は今日一日でステータスは変化したのかが気になった。
机の引き出しから針を取り出して、親指に突き差し一滴の血をプレートに落とす。
すると文字が変化し、情報が更新された。
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武山雄哉 男 十七歳
職業 冒険者(ランクC)
魔力量 4050
適正魔法 無属性 闇属性
習得魔法 強化魔法 LV3 闇属性魔法 LV2 火属性魔法 LV1 水属性魔法 LV1 地属性魔法 LV1 風属性魔法 LV1
特殊技能 毒耐性LV10 麻痺耐性LV10
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幾度かの戦闘で強化魔法を使ったおかげか、レベルが3に上がっていた。洞窟では暗闇を感じ取る闇属性魔法――名付けるならば『闇知』――を使い続けたのでこちらもレベルが2になっており、魔力も最大値が上昇している。ただ一点、おかしい。
「光属性魔法だけ、なんで表示されてないんだ?」
今回は洞窟内で光属性魔法『照光』を利用した。レベルの表記があってもおかしくは無いはずなのだ。
試しに何度か『照光』を発動してから再び情報を更新してみるが、やはり変化はない。
「まあいいか。面倒くさいし」
途中で投げ出してしまう雄哉。
実際のところ、プレートにレベル表記がされないのは、光属性魔法に成長の見込みが無いということである。つまり、雄哉はこれからも『照光』以外に光属性の魔法を使うことはできない。そんな事実を知る由もない無知な少年は、美咲の作っている料理の匂いに腹をすかせながら考える。
とりあえず弱い魔物は倒せるようになった。しかし、旅をするのにはまだ実力が足りない。
何より、美咲を守りながらの旅になるのだ。アングボアやフロンティーラビットよりも強い魔物が現れてしまった場合、対処ができずに美咲に怪我を負わせるなんてことはあってはならない。
では、人を一人守りながら旅ができる基準の強さはどれぐらいか?
「取りあえず、冒険者ランクBでも目指してみるか……」
ライラから聞いたことがあった。冒険者ランクがBにもなれば、国境を自力で越えて行けるほどの実力があると。
ミリンダスト王国の王都、カルテリオ城城下町に存在しない帰還のための魔法が、他の町や村にあるとは考えにくい。ならば目を向けるべきは世界だ。国を渡り歩き、ありとあらゆる方法を模索する必要がある。
もしもランクBの依頼を十分に余裕を持ってこなすことができるようになれば、できる可能性は十分にある。
「何事も、目標って必要だよな」
今後の方針を決めたところで、美咲が晩御飯を持ってくる。本日のメニューはハンバーグのようだ。
さっそくフォークで肉を口に頬張る。
「うまい! 美咲の料理は最高だな、マジであの地獄を耐えてよかった!」
美咲には料理の才能が隠されていたとしか思えないほど美味なハンバーグを飲み込みながら、雄哉は満足げにうなずく。以前のポイズンクッキングから考えれば、彼女の習得速度は凄まじいとしか言えない。
晩御飯を完食した雄哉は食器を台所で洗う。料理はいつも美咲が作っているため、食器洗いだけは雄哉がしていた。その他の家事を任せっぱなしなので、これですべてを恩を返せているとも思えなかったが。
美咲も食事を終え、食器をすべて洗い終えたらあとはシャワーを浴びて寝るだけである。が、時刻はまだ19時過ぎ。
「つっても、やることないんだよなー」
いつもならば魔法の勉強をしているところだが、すでに基礎知識に関しては頭に詰め込んである。これ以上は実戦を積み重ねて応用していくしかない。魔法はイメージを具現化するのだから、理屈ばかり覚えても仕方がないのだ。
ちなみに美咲は定位置で壁に背を預け体育座り。一歩も動く気配はない。
そこで雄哉は、いいことを思いついた。
(魔法の研究でもしてみるか)
当然、室内なので戦闘用ではない。日常生活で使えそうな便利な魔法の研究である。戦闘にも転用できれば文句はないが。
さっそく、雄哉は腕を組んで考え始めた。
(やっぱり、適正魔法を全力で研究したいよな。一番魔力消費が少なく済む魔法ってことらしいし。何かいい魔法は無いか……)
無属性魔法は置いておく。なぜなら強化魔法ぐらいにしか使い道は無いからだ。もっと応用性がありそうな、闇属性の研究をしようと試みる。
今日、雄哉は洞窟で闇そのものを感じ取ることで空間を認識する魔法、『闇知』を作りだしたが、実はこれ以外にも周囲を暗くする魔法『包闇』を使える。『照光』の真逆とも言える魔法で、『包闇』の効果範囲は光が侵入できなくなる。つまり暗闇に包まれてしまうのだ。
(全く使い道はわからんけどな)
ともかく、それらから考えると闇属性魔法は「闇」関係のイメージを具現化すると考えていい。
では、闇のイメージとはどんなものか。
(飲み込む、とか?)
闇に飲まれる、などと言う表現がある。そこから発想するならば、「吸い込む」というイメージが思い浮かんだ。ブラックホールなんかも、そのイメージの究極系と言えるかもしれない。さすがにそんなものを具現化したらえらいことになるので自重したが、もっと闇属性魔法のレベルが高くなったら試してみる価値もあるだろう。
とりあえずそれは置いておいて、別の方向からアプローチしてみる。
例えば、もっと身近な闇とはなんだろうか。
雄哉はふと、下を見た。
「陰、か……」
光が遮断されることで生まれる暗い場所。これも一種の闇と言える。
陰と言えば、光さえあれば常に自分の下に存在するわけだ。どれだけ激しく動こうとも必ずついてきて、決してなくなることはない。
カチッ、と。思考の歯車がかみ合ったような感覚があった。
「陰……吸い込む……これは使えるんじゃないか?」
例えば。陰の中に物体を吸い込ませると、収納スペースとして使える可能性がある。どこへ行っても必ず陰はついて回るのだから、手ぶらで荷物を運べる便利な代物になるのではないか?
さっそく雄哉は試してみることにした。自分自身の陰に手のひらを押し付ける。
陰の中には空間があり、そこには物を入れることができ、境界線は水面のように波打っていて、手を突っ込むことで中から色々と取り出せる――そんなイメージ。
具現化する。
手のひらから魔法陣が形成され、陰に張り付く。そこは水面のように波打っていた。
試しに手を突っ込んでみると、中はひんやりと冷たかった。試しに顔を陰の中に入れてみる。
「完全に真っ暗だな。なんも見えねぇ」
陰から顔を引っこ抜くと、美咲が不思議そうな目で雄哉を見つめていた。
「あ。えっと……気にしないでくれ」
『分かりました』
少し恥ずかしくなった雄哉は顔を赤くしながら、とりあえず陰の中に物を入れてみることにした。美咲が筆談に使った鉛筆を拝借し、陰の中に放り込む。
とぷんっ、と。鉛筆は陰の中に吸い込まれた。
一度魔法を解除し、雄哉は部屋の端に移動。距離的には3メートルほど離れただろう。そこでもう一度陰に手をつき、同じ魔法を使う。魔法陣が現れ、水面のように波打っている場所へ手を突っ込むと。
「お。あった」
指先に鉛筆がぶつかる。掴んで取り出してみても、鉛筆に変化は見られない。
(これは……使える!!)
使う魔力の量もたかが知れており、これからはフル活用していくことを心に決める。
さらに。
(というか、物だけじゃなくてもいいんじゃないか?)
さっき、影の中に顔を突っ込んでも特に何も起きなかった。もしかすれば、この陰の中は人が活動することもできるのではないか。さっそく試してみるために、雄哉は天井の光属性魔法陣の中央真下に立った。当然、陰は真下に出来る。
そこに手を付き、再び闇属性魔法を発動。魔法陣が形成され、水面のように波打ったん瞬間――
「おわっ!?」
ドプン! と雄哉の体は陰の中に落ちた。
完全に暗闇の世界がどこまでも広がっている。上を見ると魔法陣があり、そこが出入り口となっているようだ。この空間は水中を泳いでいるような浮遊感があり、自由自在に動き回ることができた。しかし服は濡れていないし、呼吸もできる。気温が少し低いのは難点だが、防寒すれば暮らすことすらできそうだ。
ただし、
「あの魔法陣を出しっぱなしだと、魔力が削られていくみたいだな……」
しかも、バカにできないほど急速に減っている感覚があった。自分の意思で魔法陣を消すことも不可能。おそらく、術者がこの空間に留まり続けることはできないのだろう。また、陰の中には魔素が無いため、もし中にいる間に魔力を使い果たしてしまうと二度と出られなくなる危険性は十分に考えられる。イメージを具現化すると言っても、魔法にもやはり限界があるらしい。
雄哉は魔法陣から手を出し、床に引っ掛けて陰の中から這い出る。
陰の中に空間を作る魔法。ストレートに名付けるとするならば『陰空間』といったところか。
「やっべ、もう魔力が残ってねーや」
ほぼ最大まで溜まっていたはずの魔力は、『陰空間』に入っただけで残りが6分の1近くまで減っていた。仕方なく、これ以上の魔法研究はあきらめることにする。
代わりに一つ、今まで放置してきた問題を解決することにした。
(というか、風呂に入りたいな)
湯船に浸かり、今日の戦闘の疲れをとことん癒したいという欲求。さらに贅沢を言うなら温泉にでも入りたい気分だったが、さすがにそれは無理だろう。ならばせめて、浴槽だけでも準備したいところである。が、そんなものはこの国には無い。
無いのであれば、作るしかない。
「面倒くせぇ……けど、妥協はしたくないな」
本気だった。全力で風呂に入るため、雄哉は脳みそをフル回転させ始めた。
次はお風呂回だ!! ポロリはあるかな!?