準備
やると決めたからにはそれなりの準備をしなければならないが、冒険者としての依頼は雑用や力仕事しかしたことがないため、雄哉は魔物と戦うための知識がない。
ならばどうするか。
「図書館ってのは便利だよな」
依頼を午前中で切り上げた雄哉は、またしても図書館に来ていた。
書物を読み、知識を得る。実に簡単で確かな方法である。
『冒険者入門』とか、『きっと見つかる! 貴方に適した戦闘スタイル』、『冒険者に必要なものとは?』といった本はわんさかあった。それらを読み、雄哉は戦闘の知識を蓄えていく。
まず最初にすべきことは、自分の戦闘スタイルに合った装備を整えることである。
雄哉が持ち合わせている武器は刃渡り20センチほどのバタフライ・ナイフ。だがこれはあくまで護身用に仕方なく購入したものであり、戦闘には向いていなかった。暗殺用として秘密裏に所持するならばともかく、ナイフで真正面から戦うためには、ほぼ体術、つまり格闘戦をメインにしなければならない。その中で効果的に致命傷を与えるべく、ナイフを用いるのだ。柔道や空手の心得が無い雄哉にとって、必然的に戦闘はヒットアンドアウェイ――効果的な一撃を入れては離脱を繰り返すのが最適となるだろう。
それを最大限に生かすためには、装備は動きやすいものが良い。基本的に相手の攻撃はガードするのではなく避けることに専念する形となる。防具はできるだけ動きやすいように、厚い革で作られた防刃性のある軽い物が正解だろう。
一応、戦闘は誰かに教えてもらうという手もあるにはあるのだが。
「ギルドに知り合い、いないんだよな……」
決して雄哉はコミュ障というわけではないのだが、冒険者になってからというもの最近まで自分のことで精一杯だったし、さらには雑用という依頼主としか接する機会がない依頼ばかりをこなしてきたため、同業の知り合いが一人もいない。
「ライラに頼んでみるか?」
とりあえず、教えを請うのは保留である。
次に持ち物。
持ち物でもっとも重要なのは回復薬だ。怪我をしてしまえば動きが鈍り、戦闘に差し支えが出てしまう。肝心なのは無傷で相手を倒すことだが、それができれば苦労はしないだろう。もしもの時のために、すぐに治療できるようにしておく必要がある。
また、依頼が数日に及ぶ場合は野宿のために、食料や武器の手入れをする小物などサバイバル用品も必要になるが、雄哉はまだそこまで長期間かかる依頼を受けるつもりが無いので特に問題はなかった。
今の段階ではこの程度でいいだろう。まずは最弱の魔物と戦い、どのような感じになるかを掴んでいくしかない。習うよりも慣れよというわけだ。
雄哉は本を閉じ、まずは防具を買うことにした。
◇◇◇◇
お約束といえばいいのだろうか、武器屋の隣に防具屋は建っていた。
さっそく中に入ると、さまざまな全身装備が目に飛び込んでくる。
全身を金属で包み込む重そうな鎧、厚い革でできた見た目だけだと貧相な鎧。兜や籠手などもあり、素材によっても値段も変わってくるようだった。
以前武器を買ったときは何を買えばいいかわからなかったが、今回は目的があったため、雄哉は軽装の置かれている場所に向かう。
「まぁ、全身をくまなく守れたほうがいいだろうな」
つぶやきながら防具を見ていると、店員がやってきた。
武器屋とは違って雄哉と同じぐらいの身長の、細身の男だった。髪は後頭部のあたりでゴムか何かで縛っている。男は雄哉の存在に今気が付いたようで、すまなさそうな表情を浮かべた。
「おっと、いらっしゃい! 俺としたことがすまんな、来店に気づけなくて」
「いや、別にかまわないけどさ」
影の薄さは雄哉も自覚しているところではある。
店員は気を取り直し、話を進めた。
「んで、見たところまだ冒険者になって一度も戦ったことのねぇひよっこだと見受けられるが、当たってるか?」
「正解。よくわかったな」
「そんな貧弱な体してりゃ誰でもわかるだろうぜ。顔つきもひでぇな、今まで喧嘩すらしたことねーだろ」
完全に見破られていた。雄哉は頭を掻きながら、
「その通りだよ。初めての魔物討伐依頼を受けようと思って、準備中だ」
「最近、魔物は凶暴化してるって話だからな。一人でも戦える冒険者が増えるってのは喜ばしいぜ。それで、武器はなんだ?」
「これ」
雄哉はポケットからバタフライ・ナイフを取り出し、片手で刃を開いてみせる。
店員の男は笑った。
「まーそんなところか。新人冒険者の稼ぎじゃ剣は買えねえよな。ナイフで戦うとなると、やっぱ動きやすさ優先だろ?」
「オススメとかあるか?」
「そりゃもう全商品が自信を持ってオススメできるものになってるぜ。ただ、お前さんに合う装備ってんなら……そうだな、これなんかどうだ?」
そう言って男が手に取ったのは、黒のロングコート。前面を金具で留めるようになっており、雄哉は素直にかっこいいデザインだと思った。
「魔物の皮で作られた丈夫なコートでな。通気性はいいわ動きやすいわで初心者には結構人気だぜ。魔物の牙も雑魚ならまったく貫通しない」
「着てみてもいいか?」
「おうよ」
試着して鏡の前に立つ。そして雄哉はひとつ、日本にあるとある服装を思い浮かべた。
(これ、見ようによっては裾の長い学ラン……長ランってやつだな)
「おお、似合ってるなおい。いや、むしろ似合いすぎてないか?」
「はは……」
応援団長が鉢巻をして着ているような、あれである。雄哉は今日も今日とて高校の制服を着ていたので、完全に着こなしていた。しかも男の言う通り動きやすく、かなり気に入ってしまった。
雄哉は即決する。
「じゃあ、これを貰う。いくらだ?」
「他に見なくていいのか? ちなみにそいつは3万リアンだぜ」
「安っ」
いや、実際のところ馬鹿にならない出費ではあるのだが、ナイフ一本の定価が10万リアンだったことを考えれば破格のお値段だ。
雄哉は金を店員に渡して購入する。
「ああ、あと手を守るグローブもいるんじゃねーか? ナイフはリーチが短いからな、戦闘中に結構怪我しやすいぜ」
「そうだな……ここで売ってるのか?」
「当たり前だろ、ここは防具屋だぜ? つっても、グローブは種類がそんなにないけどな」
男の案内でグローブをが売られている場所へ移動する。
「前腕まで鉄で守るガントレットもあるが、ナイフを使うにはちと重いか。やっぱつけるとしたら革製のグローブだろうな。ま、この辺は好みでいいと思うぞ」
「そうだな……」
種類はさほど多くない。見た目は革の手袋で、指ぬきのものや鉄が仕込まれたものもある。色々と見ていく中で、雄哉が目に留めたのは指の動かしやすい黒色のグローブだった。ナイフを扱うのだから、手の動かしやすさは優先しなければならない。手の甲には薄くて軽い鉄が入っているもので、もしものときに防御手段としても使えるだろうとも思った。
「じゃあ、これにするよ」
「そいつは4000リアンだな。毎度あり!」
そんなこんなで、防具の買い物は終了する。
店を後にし、次に向かうのは道具屋だ。
そこで購入したのは動きを阻害しない小さめの丈夫なリュックサック、携帯しやすい簡易食料、軽い素材で作られた水筒、刃を研ぐための砥石、剥ぎ取りその他に使えるサバイバルナイフ、付着した血を拭い取る布、そして回復薬だ。雄哉は飲むタイプと傷口に塗るタイプの両方を念のために買った。
これでおおよその準備は完了である。
後は依頼を受けるのみ。そうなってくると、いよいよ緊張して心臓が高鳴る。
(やってやるさ……これも元の世界に返るための、確かな一歩だ)
心の中でそうつぶやき、雄哉はギルドへと入っていった。
次回は初の戦闘となりますね。さあ、雄哉は魔物に勝てるかな?