覚悟
「んー……、どうすっかねぇ」
夜。美咲はベッドですでに横になっており、寝息を立てている。
しかし雄哉は、光属性魔法の明かりを消した真っ暗な部屋で腕を組んで考え事をしていた。
生活は安定した。美咲が朝昼晩の食事を作ってくれるようになり、家事もしてくれている。おかげで雄哉は思う存分仕事に集中できるようになった。稼ぎも増え、貯金もどんどん溜まってきている状態だ。
だが、一つ問題があった。何を隠そう、魔法についてである。
雄哉の最終目標は元の世界――つまり地球の、日本に帰ることだ。そのためには魔法を学ぶ必要がある。この世界に来た方法が魔法であるならば、帰る方法も必然的に魔法しかありえないのだから。
しかし最初、国王カルテリオは『元の世界に戻す方法は探している』と言っていた。雄哉よりもよほど魔法に精通している学者、もしくは研究者などが必死になって探しているのだろう。それでも見つかっていない帰る方法を、魔法を知って半年にも満たない雄哉が今から学び始めて、発見できるのか。
「改めて、冷静になって考えてみると……厳しいよな」
雄哉の頭はさほど良くない。おそらく何十年魔法について学ぼうが、答えにはたどり着けないだろう。
ならば方法は一つ。アプローチの仕方を変えるしかない。
例えば。この国、ミリンダスト王国には召喚の儀式魔法しかないようだが、他の国には帰還のための魔法が存在するかもしれない。
もしくはこの世界のどこかに、全ての魔法を知り尽くす謎の人物がいる可能性もある。その者に聞けば、帰る方法がわかるかもしれない。
または、魔法はイメージの具現化であることを利用し、自ら世界転移の魔法を生み出してしまうという手も無きにしも非ずだ。
「いや、待てよ?」
そこで、あることに気が付く。そもそも、なぜミリンダスト王国には勇者召喚のための儀式魔法が存在したのか?
当然、需要があったからだろう。
今現在、魔物は凶暴化し、次第に被害が拡大しているという。王都となるここ、カルテリオ城城下町では未だに被害は無いようだが、風の噂によるとそれ以外の町や村ではかなり頻繁に被害が起きているらしい。この町の冒険者は、そういった場所に派遣されるような形で依頼を受けている。
原因は魔王と呼ばれる魔物の発現。もしかするとこのようなことは、過去にもあったのではないか。その時、異世界から勇者を呼び寄せる召喚儀式魔法が生まれたのではないか。
ならば、かつて雄哉のように、異世界から召喚された勇者がいたかもしれない。しかも勇者と呼ばれるような者の話だ、文献も残っていておかしくない。その人物は、いったいどうやって元の世界に帰ったのか?
「調べてみる価値は、あるな」
この結論に至るまで二時間以上を費やしたが、雄哉はようやく足がかりを見つけるに至った。
◇◇◇◇
翌日、雄哉は依頼を午前中だけ受け、昼食を取った後に図書館へ籠った。
図書館で魔法以外の資料に目を通すのは初めてであったが、しかし意外なことに、勇者について書かれた資料は数多く存在した。
というよりも、もはや伝説となっている。
調べたところによると、以前、召喚儀式魔法が行われたと思われるのは約500年前。その頃にも世界は今と同じように魔物の被害を受け、さらには文明レベルがまだ低かったせいか人類滅亡の危機にまで瀕していたようだ。
そこに突如現れたのは一人の謎の男。おそらくこの男は召喚儀式魔法で召喚されたのだと推測できた。
彼は超越的な魔法の才能、そして戦闘力を発揮し、世界各国にはびこっていた凶悪な魔物を片っ端から倒していった。そして最後に残った魔物の王――伝説によれば、海の底に鎮座していた巨大なクジラ型の魔物――を倒し、世界は平穏を取り戻した、ということらしい。
肝心なのはその後、勇者がどうなったのかという話だが。
「……おいおいマジかよ」
そこに目を通した瞬間、雄哉は頭を抱えた。
文献によれば、勇者はこの世界で生き、魔王を倒してからも膨大な力を発揮して様々な魔物を倒しながら生活。その後、普通に結婚して子供を産み、年老いて死んだと記されていた。
要するに、この勇者は元の世界に帰っていない。まったく参考にはならなかった。
「クソッ……!」
さらに調べると、約1000年前にもやはり似たようなことがあったようだった。
しかしそちらは資料が古すぎ、ろくに情報が得られない。わかったことと言えば、その時の魔物の王は巨大な怪獣だったということぐらいか。
「考えろ……考えろ、俺……」
無い知恵を必死になって振り絞る。
やはり、どれだけ考えても思いつく方法は他国に出向くか、魔法に詳しい人物を探し出すか、魔法を鍛えるかぐらいだ。それ以外にいい案は全く浮かんでこない。
そしてそれらは危険である。国家間の行き来は、道中に魔物の出現する恐れがあるし、魔法を鍛えるにもやはり実戦を積む必要があるだろう。それには死のリスクが少なからず伴う。魔法に詳しい人物も、いるかもしれないという希望的観測であり、探すには旅が必要だ。そちらも安全とはいいがたく、とても選択肢としては選びたくない。
わからなかった。どうすれば元の世界に帰れるのかが。
途端に焦りを感じ始める。
今まではいつかは帰れるだろうと楽観視していたと言わざるを得ない。しかし、きちんと現状を把握し、改めて真剣に考えてみると、そこには絶望しかなかった。
「二度と、家に帰れない……?」
思考を巡らせるたびに帰れないという可能性が現実感を増していく。
雄哉はこの世界に来る直前のことを思い出していた。高校の屋上で呆然と考えていたことだ。
『この世界はしっくりこない』
『自分の生きたいように生きたい』
日本とは違うこの異世界では一応、それができる。
冒険者として職に就いた。依頼をこなしていれば金が手に入り、その金でいくらでもやりたいことができる。親もいないし、法を犯さない限りは自由がそこにある。生きたいように生きることができると言えるだろう。
「それでも……」
それでも、帰りたい。
雄哉が感じたその感情は、いわゆるホームシックに近かった。
確かに元の世界はしっくりこなかった。なんで自分は産まれてきたのだろうと、疑問に思う時さえあった。社会構造に不平不満が大量にあったが……自分が生まれ育った場所であることに変わりはない。
自立してもいなければ結婚もしていない雄哉にとって、帰る場所とは元の世界にある両親の住む自宅しかないのだ。今住んでいる部屋は、衣食住を揃えるうえで必要だったから借りているだけである。
少年はここにきて、帰る場所を失っていかけていることを理解した。
◇◇◇◇
夕方。部屋に戻ると、美咲が料理を作っている最中だった。
しかし、とても食事が喉を通るような精神状態ではなかった。
「美咲、今日は俺の分はいい。明日の朝にでも食べるから、置いておいてくれ」
『かしこまりました』
美咲は命令に従う。
雄哉は床に敷いた布団にもぐりこみ、今後のことを考えた。
元の世界に帰りたい。
死にたい願望があるわけでもないので、現状は今まで通り依頼をこなし、お金を稼いで日々の生活を支えながら生きてくつもりではある。
ただ、そんな日々を繰り返しているだけで元の世界に帰れるはずもない。
では、どうすればいい?
国王アルテリオが探しているという、元の世界に帰る方法が見つかるまでこの生活を続けるというのも一つの手だ。ただ、それがいつになるかは不明。
自分で魔法を学び、帰るための魔法を構築するのも、頭の悪い雄哉には無理だ。
ならば、取れる方法はあと一つ。
「……世界を飛び回って、方法を探す」
そのためには、魔物と戦えるだけの力が必要だ。
それも、まさか美咲をこの部屋に放置していくわけにもいかないので、人を一人守りながらでも十分に戦えるぐらいの力である。
「今まで、喧嘩すらしたことが無いのに?」
雄哉は体術や剣術が使えるわけではない。受け身の取り方も知らなければ、人を殴ったことも無い。
そんな人間が、魔物と命の取り合いをする。
できるわけがない。しかし――
「面倒くせぇ……」
――やるしかない。
覚悟を決めるほかに、選択肢はなかった。
戦え……戦え……