耐性
「アギャボルゲゴホォ!!??」
「が、がらだがうごがなああああばばばば」
「お、お腹がっ……下痢が、下痢がァ!!」
「ヒッ、ぐ、ふおぉ!? い、き、が、!」
「ぐ、ぐるじい、死ぬ、死ぬううぅぅぅぅぅっ!!」
美咲の料理修行は続く。
雄哉は深夜に稼ぎ、昼は美咲の料理を食すという生活を繰り返していた。
次々に生み出される謎の物体Xは雄哉の体を蝕んだ。嘔吐、麻痺、下痢、呼吸困難、心臓発作。どれも軽度ではあり、最長数時間もあれば治るのだが、致命的なまでに苦痛だった。だったら食べなければいいだろうという話だが、女の子の手料理を食さない男は男じゃないのだ。
体調不良のまま依頼に出向くことも少なくない。日に日に雄哉は弱っていく。
それでも意地で依頼をこなし、金を稼いで月の部屋代をなんとか貯め続ける。
そして、美咲が料理を学び始めて2週間経った日のことだ。
「こ、これは……!」
完成した鳥のからあげを見て、雄哉は感動のあまりに涙した。
カラッと揚げられた鶏肉。香ばしい匂いが漂い、食欲をそそる。
完璧だった。謎の物体Xではなく、立派なからあげだった。
そう、ついに見た目が料理に変わったのである。
「い、いただきます!!」
さっそく、フォークで突き刺して口に頬張る。
噛めば肉汁が飛び出し、外はサクサク、中はジューシー。
しかし、
「……マズッ! なんで!?」
味は最悪だった。触感も匂いもいいはずなのに、まるで水で薄めた汚泥のような味がする。
が、しかし。一応、食べ物として消化できなくはない。今までのように唐突な死に瀕する体調不良が起きる兆しはなかった。これはとても、とても大きな一歩である。
「いや、でも美咲、この調子だ!! 形はもうできてる、あとは味だぞ! 頑張れ!!」
『かしこまりました』
美咲は無表情に紙を見せるだけ。
しかし、雄哉は心なしか彼女の眼に少しずつ、光が灯り始めているような気がした。
◇◇◇◇
「うまい……! うまい、うまい!! 食えるぞ、というか店にも出せるんじゃないかこれ!!」
さらに二週間。美咲が料理修行を始め、約一か月の時が経ったある日のことだ。
彼女の作ったハンバーグを頬張った雄哉は、号泣した。
あふれ出る肉汁は舌を満足させるに十分な味。いや、むしろ日本にいた頃に食べたどのハンバーグよりもおいしいかもしれない。
ついに、美咲は料理をものにしたのだ。
思わず、雄哉は美咲に走り寄ってその体を抱きしめた。
「ここまで耐えて本当によかった、マジで!! よく頑張ったぞ美咲!! 」
「……」
美咲は何もしゃべらない。抵抗もしない。
それでも雄哉は少しずつ彼女のことを理解しつつあった。表情は乏しいが、彼女は心の中で少なからず喜んでいる。
よく見ると、一瞬だけ口の端がほんの少しだけくいっと上がったのだ。まがいなりにも一か月生活を共にしたわけで、毎日顔を見ていればその微妙な変化も気が付くようになる。
表情が変化するようになったというのは、喜ばしいことだ。なぜなら自分の心を取り戻してきている証拠だから。彼女は奴隷としての自分を忘れ始めている。
雄哉は一つ、欲が出てきた。それはとても簡単そうで、難しいこと。
(美咲の笑顔が見たい)
ただでさえ、人を意図的に笑わせるのは難しい。それに加えて美咲は今まで奴隷として生きていた。心からの笑顔を引き出すことは困難を極める。
具体的にどうすればいいかはわからない。
それでも少しずつ、美咲の凍りついた心を溶かすことができれば。
雄哉は美咲から体を放し、目を合わせる。
「よし。料理はもう大丈夫だ。次は……とりあえず、服を買おう。いつまでもその白のワンピースじゃだめだろうし」
今の今まで、昼は美咲の料理を食べてはぶっ倒れるを繰り返していたため、まだ新しい服は買えていないのだ。貯金がなかったというのもあるが、今は家賃を払ってもおつりがくる程度に貯金はある。
「んじゃ、服屋に行くぞ」
『かしこまりました』
命令に従う美咲は、やはりどこか気分が浮ついているような気がする雄哉だった。
◇◇◇◇
「いかがですか? それにしても、素材がいいと服も映えますねぇ」
「……」
「う、わ……!」
ファッションについて無頓着だった雄哉は、服屋の店員に「美咲に合いそうな服を見繕ってくれ」と頼んだ。その結果は良好である。
美咲は無表情だが、それでも顔の作りが良い。かわいいのだ。髪は一か月の間に手入れされたおかげでつやを取り戻し、とても美しく、明るいオレンジになっている。体も栄養が行き渡ったおかげでふっくらとしてきて、ようやく標準程度に体重も回復している。その上でスタイルがかなり良いため、一言で表すならもう美少女だ。
そんな彼女が今、おしゃれをしているのだ。
襟部分を蝶結びにされている半袖の白いシャツに、膝が隠れる程度の長さの、淡い水色のプリーツスカートというシンプルな格好。しかし、店員が言う通り美咲が着ればとてもよく似合っていた。
雄哉もストレートに感想を口にする。
「かわいいじゃん、似合ってるぞ。これをくれ!」
「ありがとうございます」
その後、さらに何着か試着させて似合っている物を貯金が許す限り買っていく。
財布には雀の涙程度のお金しか残らなかったが、それでも雄哉は満足だった。
「あとは、生活を安定させるだけだな」
帰り道、雄哉は空を見上げながらつぶやく。
美咲を買ってから一か月もドタバタしてしまったが、料理を覚えたとなると留守番も問題なくなる。お腹がすいたら自分でご飯を作り、それを食べればいいのだ。ついでに外食を減らしてお金を節約することも可能である。
今まで昼は美咲の料理に付き合っていたが、その必要もなくなるので夜は思う存分眠り、昼に依頼を受けることができる。難易度Dと共にCの依頼も受けていけば、今までより早いペースで貯金はたまっていくだろう。
「よし、頑張るか……!」
大きく深呼吸して気合を入れる。
異世界に来て三か月。元の世界に帰る手立てには全くたどり着けていないが、それはゆっくりでいい。今はとにかく生活を安定させ、魔法の勉強を続ける。
やることは山積みだが、確かに一歩ずつ、雄哉は前に歩いていた。
◇◇◇◇
「そういえばユーヤさん、身分証明のプレートの情報は更新していますか?」
「え?」
翌日、美咲を留守番させて久しぶりに昼のギルドにやってきた雄哉は、受付をしていたライラにそう言われた。
「更新しないとダメなわけ?」
「いえ、義務があるわけではないんですけどね。情報はできるだけ新しい方がいいと思いますよ。魔力量は日に日に変化するものですし、習得した魔法なんかもプレートには表示されるんです。自分の現状を把握するにはもってこいですからね」
「へぇ……でも、それって血を吸わせるってことだよな」
「そうなりますね」
気が進まなかった。わざわざ情報を更新するために自傷行為をしなければならないのは面倒である。
が、三か月も情報を更新していなかったのだ。多少は雄哉も成長しているかもしれない。そう思い、ライラに頼んで針をもらい、親指に突き刺して一滴の血をプレートに落とす。
「おっ」
情報が更新される。文字が今までのものから変化し、さらに量も多くなっていた。
さっそく内容を読み取っていく。
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武山雄哉 男 十七歳
職業 冒険者(ランクC)
魔力量 2540
適正魔法 無属性 闇属性
習得魔法 無属性魔法 LV2 火属性魔法 LV1 水属性魔法 LV1 地属性魔法 LV1 風属性魔法 LV1 闇属性魔法 LV1
特殊技能 毒耐性LV10 麻痺耐性LV10
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確かに、かなり変化している。魔力量は強化魔法を深夜に使いまくったせいか、最初の頃より1000近く上昇しているし、教本を読みながら魔法を試したりしていたので習得魔法も一気に増えている。だが、とてつもなく気になることがあった。
「……、あの、ライラ。『LV』ってなに?」
「そのままの意味ですね。魔法や特殊技能にはレベルが10まであって、鍛錬によって上がって行きます。LV3ぐらいまでは簡単に上がるんですが、それ以上は適正や努力次第ですね。最大の10に至るためにはそれ相応の試練を繰り返さないと難しいです」
「……特殊技能ってのは?」
「魔法とは違って、その人が持つ常に持っている能力、とでも言えばいいでしょうか? 生まれつき持っている場合もあれば修行で習得する場合もあります」
「へ、へー……」
雄哉は冷たい汗を流す。
毒耐性と麻痺耐性に関して、身に覚えがある。美咲の料理だ。
少なくとも二週間の間、雄哉は毎日のように瀕死状態になっていた。原因はそれしかないだろう。考えようによっては、それ以降の料理も雄哉に耐性がついたからマズいで済んだだけで、実は毒が混ざっていたという可能性すらある。
(あの頃の美咲の料理って、いったいなんだったんだ……)
今更ながらとてつもない恐怖に身を震わせる雄哉だった。
安心してください、美咲の料理はもう安全です。雄哉の努力の賜物です